先週は大雪でしたが、その後は大したこともなく、結果的に雪の少ない冬になりそうな山形です。周辺の他の県ではかなりの積雪の所もあるようですが、少なくとも山形市は難を逃れているようで、申し訳ないぐらい。
ということで、鶴岡からの帰り道も大した苦労はなく、今日も無事に山形Qのリハーサル。
今回も、弦楽器の3人で團伊玖磨を中心に。
以前、山形の作曲家、紺野陽吉の「弦楽三重奏曲」を演奏した時にも感じたことですが、若い作曲家が習作として弦楽三重奏を作曲した場合、音符の数が多くなってしまうという傾向があるようです。表現したいという意欲に溢れているからだとは思いますが、とにかく弾きっぱなし。ページをめくるチャンスもない。
そう考えると、ベートーヴェンなどは違います。いわゆる名曲には、それぞれの楽器にちゃんと休みがあるのです。譜めくりの事を考えてくれているわけはないとは思います。全体のサウンドに変化を与えるために「この部分ではこの楽器を使わない」という、引き算の計算があるのでしょう。
そういう意味でも、やはり若い作品です。どこで読んだか忘れてしまいましたが、團伊玖磨本人が書いた文章の中にありました。
かつての作品を見直すと、ここは直した方が良いと思える部分がいくらでも目につく。しかしそれをすると、整いはするが、平坦になってしまい、その時に感じていた熱量のようなものが損なわれる。だから、直さないことにしている。
というような内容だったと思います。
ということは、演奏する私たちが、バランスを作るしかない。若い熱量を尊重しながらも、「こう書いてあるから」というだけで音を並べるわけにはいかない。書きすぎてしまっていると思われる部分については、自主的に弱めて、必要な部分が浮き出るようにするなどの作業が必要になります。
今日もその調整などをしましたが、さらに各自が、その余白を作れるような余裕も必要です。音符が多くて大変ではありますが、それを感じさせない工夫が求められるわけです。
本番まで各自、もう少し練習が必要。
チラシを貼らせていただいたり、置かせてもらう活動をしています。
ただいま24箇所及び山形市内公民館
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