Hirakata turezure 四季のなにわ

あるとき、ときどき、いろんな思いをふっと向ける事柄があります。

三保の松原

2016年03月20日 | 日記
『春の海 終日(ひねもす)のたり のたりかな』は与謝蕪村が京都、丹後、与謝郡にある天橋立近辺の海岸で歌った句であったと思う。

さて、動画は三保の松原である。
世界遺産指定後の間もなく訪れた時は肝腎の富士を見ることが叶わず残念な思いをしていたが今回は雄大な富士が松原とつながる浜辺の背景となってくっきりと顔を覗かせてくれた。

打ち寄せる波も穏やかに春の日差しを引き潮の波頭にきらめかせていた。

動画の富士は霞がかっているが実物はもっと、くっきりと青空の中に浮かんでいた。
ここ三保の松原からの富士の雄姿は葛飾北斎の富嶽三十六景『神奈川沖の波裏』に描かれる富士と同じ線上、ラインにあるような気がしてきた。

この浮世絵、膨れ上がったダイナミックな波頭と対比して海側から見た静寂な富士が画面中央部最深部に構えている。ここ三保の松原からみる富士がこの浮世絵の富士と相似形をなしていると思えるのである。

この浮世絵の手前にある中浪の波の形は後方に描かれた富士と相似させて波を描いたものと云われている。こんなことを知るほどに、ますますここ三保の松原から見る富士も北斎の富士と相似形となって構える富士としてオーバーラップするのである。
『入港の 船遅きかな 伊豆のうみ』(柳子)



三保の松原