弁護士法人四谷麹町法律事務所のブログ

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試用期間中なのに本採用拒否(解雇)を争う社員の対応方法

2014-08-19 | 日記

試用期間中なのに本採用拒否(解雇)を争う。

1 試用期間 とは
 試用期間には法律上の定義がなく,様々な意味に用いられますが,一般的には,正社員として採用された者の人間性や能力等を調査評価し,正社員としての適格性を判断するための期間をいいます。

2 本採用拒否の法的性格
 三菱樹脂事件最高裁昭和48年12月12日大法廷判決は,同事件控訴審判決が「右雇用契約を解約権留保付の雇用契約と認め,右の本採用拒否は雇入れ後における解雇 にあたる」と判断したことを「是認し得ないものではない。」とした上で,「被上告人に対する本採用の拒否は留保解約権の行使,すなわち雇入れ後における解雇にあたり,これを通常の雇入れの拒否の場合と同視することはできない。」と判示しています。

3 本採用拒否(解雇)の有効性の判断基準
 試用期間中の社員の本採用拒否は,本採用後の解雇と比べて,使用者が持つ裁量の範囲は広いと考えられています。三菱樹脂事件最高裁昭和48年12月12日大法廷判決も,解約権留保の趣旨を「大学卒業者の新規採用にあたり,採否決定の当初においては,その者の資質,性格,能力その他上告人のいわゆる管理職 要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行ない,適切な判断資料を十分に蒐集することができないため,後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨」と捉えた上で,試用期間における留保解約権に基づく解雇(本採用拒否)は,通常の解雇と全く同一に論じることはできず,通常の解雇の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものと判示しています。
 もっとも,同最高裁大法廷判決は,試用者の本採用拒否は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される」と判示しており,本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由があることを証拠により立証できなければ本採用拒否(解雇)することができないことは,通常の解雇と変わりありません。
 本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由が必要ということは,使用者が主観的に本採用するに値する人物ではないと判断したというだけでは足りず,裁判官の目から見ても本採用拒否(解雇)を正当化できるだけの事情が存在することを証拠により証明することができるようにしておく必要があることを意味します。
  本採用拒否(解雇)の有効性が緩やかに判断される
 ≠本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由が不要
 ≠本採用拒否(解雇)に客観的に合理的な理由があることを証明するための客観的証拠が不要
 抽象的に勤務態度が悪いとか,能力が低いとか言ってみたところで,あまり意味がなく,具体的に,何月何日に,どこで,誰が,どのように,何をしたのかといった事実を客観的証拠により認定できるようにしておく必要があります。客観的証拠確保の方法としては,例えば,試用期間中の社員は,毎日,日報に反省点等を記載させることとし,指導担当者がコメントする等といった方法も考えられます。

4 「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」
 三菱樹脂事件最高裁大法廷判決は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」を以下のように言い換えて説明しています。
 「換言すれば,企業者が,採用決定後における調査の結果により,または試用中の勤務状態等により,当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において,そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが,上記解約権留保の趣旨,目的に徴して,客観的に相当であると認められる場合には,さきに留保した解約権を行使することができるが,その程度に至らない場合には,これを行使することはできないと解すべきである。」
 緩やかな基準で認められる試用期間中の本採用拒否(解雇)は,「当初知ることができず,また知ることが期待できないような事実」を理由とする本採用拒否に限られます。採用当初から知り得た事実を理由とする解雇は,解約権留保の趣旨,目的の範囲外なので,留保された解約権の行使としては認められません。採用面接時に知り得た事実を理由とする本採用拒否は緩やかな基準では判断されず,通常の解雇の基準で判断されることになります。

5 解雇予告義務(労基法20条)
 解雇予告義務(労基法20条)の適用がないのは,就労開始から14日目までであり,14日を超えて就労した場合は,試用期間中であっても,解雇予告又は解雇予告手当の支払が必要となります(労基法21条但書)。
 試用期間の残存期間が30日を切ってから本採用拒否(解雇)を通知する場合は,所定の解雇予告手当を支払う等する必要があります。試用期間満了ぎりぎりで本採用拒否(解雇)し,解雇予告手当も支払わないでいると,解雇の効力が生じるのはその30日後になってしまうため,試用期間中の解雇(本採用拒否)ではなく,試用期間経過後の通常の解雇と評価されるリスクが生じることになります。
 なお,就労開始から14日目までなら自由に解雇できると誤解されていることがありますが,就労開始から14日以内の試用期間中の者に解雇予告義務の適用がないこと(労基法21条)を誤解したのが原因ではないかと思われます。むしろ,勤務開始間もない時期の本採用拒否(解雇)は,「解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合」であることを証明するに足りるだけの証拠が不十分なことが多いため,解雇権を濫用したものとして無効となる事例が多いところです。

6 能力不足を理由とした本採用拒否(解雇)
 長期雇用を予定した新卒社員については,採用後に教育していくことが予定されていますので,労働契約で求められている能力が欠如していると評価されるケースは多くはなく,一般的には能力不足を理由とした本採用拒否(解雇)は難しい傾向にあります。
 賃金が高額でない場合は,高い能力を有していることを要求することはできませんので,賃金額相応の能力が欠如していることを立証できない場合には,本採用拒否が認められない可能性が高くなります。
 地位や職種が特定され高給で採用された社員の場合は,当該地位や職種に要求される能力が欠如していることを立証できれば,労働契約で求められている能力が欠如しているものとして,通常は本採用拒否が認められます。ただし,その前提として,地位や職種が特定されて採用された事実や,当該地位や職種に要求される能力を主張立証する必要がありますので,できる限り労働契約書に明示しておくようにして下さい。
 採用募集広告に「経験不問」と記載して採用した場合は,一定の経験がなければ有していないような能力を採用当初から有していることを要求することはできません。

7 試用期間満了前(試用期間途中)の本採用拒否
 試用期間満了前(試用期間途中)であっても,社員として不適格であることが判明し,解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合であれば,本採用拒否することができます。
 ただし,試用期間満了を待たずに試用期間途中で本採用拒否(解雇)することを正当化するだけの客観的に合理的な理由を立証することができるのか,社会通念上相当として是認されるのかについてはよく検討する必要があります。

8 有期契約労働者の試用期間
 有期労働契約の中途解除を規定した民法628条は「やむを得ない事由」があるときに契約期間中の解除を認めていますが,労契法17条1項は,使用者は,有期労働契約について,やむを得ない事由がある場合でなければ,使用者は契約期間満了までの間に労働者を解雇できない旨規定しています。労契法17条1項は強行法規なので,有期労働契約の当事者が民法628条の「やむを得ない事由」がない場合であっても契約期間満了までの間に労働者を解雇できる旨合意したり,就業規則に規定して周知させたとしても,同条項に違反するため無効となり,使用者は民法628条の「やむを得ない事由」がなければ契約期間中に解雇することができません。
 このため,例えば,契約期間1年の有期労働契約者について3か月の試用期間を設けた場合,試用期間中であっても「やむを得ない事由」がなければ本採用拒否(解雇)できないものと考えられます。3か月の試用期間を設けることにより,「やむを得ない事由」の解釈がやや緩やかになる可能性はないわけではありませんが,大幅に緩やかに解釈してもらうことは期待できないものと思われます。有期契約労働者についても試用期間を設けることはできるものの,その法的効果は極めて限定されると考えるべきでしょう。
 では,どうすればいいのかという話になりますが,有期契約労働者には試用期間を設けず,例えば,最初の契約期間を3か月に設定するなどして対処すれば足ります。正社員とは明確に区別された雇用管理を行うという観点からも,有期契約労働者にまで試用期間を設けることはお勧めしません。


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退職勧奨したところ解雇してくれと言い出す。

2014-08-19 | 日記

退職勧奨したところ解雇してくれと言い出す。

1 経営者を挑発して解雇 させ,多額の金銭を獲得してから転職しようと考える社員
 最近では,経営者を挑発して解雇させ,多額の金銭を獲得してから転職しようと考える社員が増えています。退職勧奨 した社員から解雇してくれと言われたからといって,安易に解雇すべきではありません。後日,解雇が無効であることを前提として,多額の賃金請求を受けるリスクがあります。解雇するようしきりに催促し,解雇理由証明書を交付するよう要求してきたら要注意です。
 当該社員が退職することに同意しているのであれば,解雇するのではなく,退職届を提出させるか,合意退職書に署名押印させて下さい。

2 退職勧奨と失業手当の受給条件
 「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと。」(雇用保険法施行規則36条9号)を理由として離職した者は「特定受給資格者」(雇用保険法23条1項)に該当するため(雇用保険法23条2項2号),退職勧奨による退職は会社都合の解雇等の場合と同様の扱いとなり,失業手当の給付制限等に関し労働者が不利益を受けることにはなりません。つまり,失業手当の受給条件を良くするために解雇する必要はないのです。退職届を出してしまうと,失業手当の受給条件が不利になると誤解されている場合には,丁寧に説明し,誤解を解くよう努力して下さい。
 なお,助成金との関係でも,会社都合の解雇をしたのと同様の取り扱いとなることには注意が必要です。

3 解雇予告手当の請求
 即時解雇した場合,解雇予告手当の請求を受けることがありますが,解雇予告手当の請求は解雇の効力を争わないことを前提とした請求ですし,解雇予告手当は平均賃金の30日分を支払えば足りるので(労基法20条1項),そのリスクは限定されます。

4 解雇無効を前提とした賃金請求
 解雇の無効を前提として,解雇日以降の賃金請求がなされた場合に会社が負担する可能性がある金額は,高額になることがあります。単純化して説明すると,月給30万の社員を解雇したところ,解雇の効力が争われ,2年後に判決で解雇が無効と判断された場合は,既発生の未払賃金元本だけで,30万円×24か月=720万円の支払義務を負うことになります。解雇が無効と判断された場合,実際には全く仕事をしていない社員に対し,毎月の賃金を支払わなければならないことを理解しておく必要があります。

5 無断録音
 退職勧奨,解雇のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまいます。退職勧奨,解雇を行う場合は,感情的にならないよう普段以上に心掛け,無断録音されていても不都合がないようにして下さい。
 退職勧奨は,やり過ぎると不法行為になることがありますが,自分の発言が無断録音されて上司や社長や裁判官や弁護士に聞かれても差し支えないと考えられる言動であれば,不法行為が成立するようなことは滅多にありません。

6 解雇してくれと言われて解雇したところ解雇の効力が争われ,解雇が無効と判断されるリスクが高い場合の対処
 解雇してくれと言われて解雇したところ解雇の効力が争われ,解雇が無効と判断されるリスクが高いような場合は,解雇を撤回し,就労を命じる必要がある場合もあります。この場合,解雇日の翌日から解雇撤回後に就労を命じた初日の前日までの解雇期間に対する賃金の支払義務を負うことになりますが,出社を命じた初日以降については出社しない限り賃金支払義務を負わないのが原則です。
 解雇を撤回して就労を命じた場合,実際に戻ってくるのは4人~5人に1人程度という印象です。解雇期間中の賃金請求をする目的で形式的に復職を求める体裁を取り繕う社員が多いですが,要望どおり解雇を撤回して就労命令を出してみると,いろいろ理由を付けて,実際には復職して来ないことが多いというのが実情です。労働組合の支援があるような場合でない限り,復職は難しいケースが多いのではないかと思います。

7 ありのままの解雇理由を伝えることの重要性
 勤務態度が悪い社員,能力が著しく低い社員を退職勧奨したところ,解雇して欲しいと言われ,本当の理由を告げて解雇すると本人が傷つくからといった理由で,解雇理由を「事業の縮小その他やむを得ない事由」等による会社都合の解雇(整理解雇)とする事案が散見されます。このような事案で解雇の効力が争われた場合,整理解雇の有効要件を満たさないのが通常であり,ほぼ間違いなく整理解雇 は無効と判断されることになります。
 解雇が避けられないような場合は,ありのままの解雇理由を伝えるようにして下さい。無用の気遣いをして,ありのままの解雇理由を伝えられないと,裏目の結果となることが多くなります。

8 解雇が無効と判断された場合に,解雇期間中の賃金として使用者が負担しなければならない金額
 解雇が無効と判断された場合に,解雇期間中の賃金として使用者が負担しなければならない金額は,当該社員が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額です。解雇当時の基本給等を基礎に算定されますが,各種手当,賞与を含めるか,解雇期間中の中間収入を控除するか,所得税等を控除するか等が問題となります。
 通勤手当が実費保障的な性質を有する場合は,通勤手当について負担する必要はありません。
 残業代は,時間外・休日・深夜に勤務して初めて発生するものであることから,通常は負担する必要がありません。ただし,一定の残業代が確実に支給されたと考えられる場合には,残業代についても支払を命じられる可能性があります。
 賞与の支給金額が確定できない場合は,解雇が無効と判断されても,支払を命じられませんが,支給金額が確定できる場合は,賞与についても支払が命じられることがあります。
 解雇された社員に解雇期間中の中間収入(他の事業上で働いて得た収入)がある場合は,その収入があったのと同時期の解雇期間中の賃金のうち,同時期の平均賃金の6割(労基法26条)を超える部分についてのみ控除の対象となります(米軍山田部隊事件最高裁第二小法廷昭和37年7月20日判決,あけぼのタクシー事件最高裁第一小法廷昭和62年4月2日判決)。中間収入の額が平均賃金額の4割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(賞与等)の全額を対象として利益額を控除することが許されます(あけぼのタクシー事件最高裁第一小法廷昭和62年4月2日判決,いずみ福祉会事件最高裁第三小法廷平成18年3月28日判決)。
 賃金から源泉徴収すべき所得税,控除すべき社会保険料については,これらを控除する前の賃金額の支払が命じられ,実際の賃金支払の際,所得税等を控除することになります。
 仮処分で賃金相当額の仮払が命じられ,仮払をしていたとしても,判決では仮払金を差し引いてもらえません。賃金の支払を命じる判決が確定した場合は,労働者代理人と連絡を取って,既払の仮払金の充当について調整する必要があります。
 他方,賃金請求が認められなかった場合は,仮払金の返還を求めることになりますが,労働者が無資力となっていて,回収が困難なケースもあります。


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退職勧奨しても退職しない社員の対応方法

2014-08-19 | 日記

退職勧奨しても退職しない。

1 退職勧奨 の法的性格
 退職勧奨の法的性格については様々な見解がありますが,裁判実務においては,使用者が労働者に対し合意退職の申込みを促す行為(申込みの誘引)と評価されるのが通常です。したがって,労働者が退職勧奨に応じて退職を申し込み,使用者が労働者の退職を承諾した時点で退職の合意が成立することになります。

2 退職勧奨の担当者
 退職勧奨を行うにあたっては,担当者の選定が極めて重要となります。 退職勧奨が紛争の契機となることが多いこともあり,相手の気持ちを理解する能力を持っている,コミュニケーション能力の高い社員に退職勧奨を担当させるのが望ましいところです。
 退職勧奨を受ける社員と仲の悪い上司が退職勧奨を行うとトラブルが多いので,できるだけ避けて下さい。同じようなケースであっても,退職勧奨の担当者が誰かにより,紛争が全く起きなかったり,紛争が多発したりします。

3 解雇の準備と退職勧奨
 解雇 の要件を充たしていなくても退職勧奨を行うことができますが,有効に解雇できる可能性が高い事案であればあるほど,退職勧奨に応じてもらえる可能性が高くなります。原則として,退職勧奨に先立ち,問題点を記録に残し,十分な注意指導,教育を行い,懲戒処分を積み重ねるなどして,解雇する際と同じような準備をしておくべきでしょう。

4 退職勧奨と無断録音
 退職勧奨のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまいますので,退職勧奨を行う場合は,感情的にならないよう普段以上に心掛け,無断録音されていても不都合がないようにして下さい。

5 退職勧奨と失業手当の受給条件
 「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと。」(雇用保険法施行規則36条9号)を理由として離職した者は「特定受給資格者」(雇用保険法23条1項)に該当するため(雇用保険法23条2項2号),退職勧奨による退職は会社都合の解雇等の場合と同様の扱いとなり,失業手当の給付制限等の点で労働者が不利益を受けることにはなりません。したがって,失業手当の受給条件を良くするために解雇する必要はありません。退職届を出してしまうと失業手当の受給条件が不利になると誤解されていることがありますので,丁寧に説明し,誤解を解くよう努力して下さい。
 なお,助成金との関係でも,会社都合の解雇をしたのと同様の取り扱いとなることには注意が必要です。

6 退職勧奨と退職届
 退職届等の客観的証拠がないと,口頭での合意退職が成立したと会社が主張しても認められず,解雇したと認定されたり,職場復帰の受入れを余儀なくされたりすることがあります。退職の申出があった場合は漫然と放置せず,退職届を提出させて証拠を残しておいて下さい。印鑑を持ち合わせていない場合は,差し当たり,署名したものを提出させ,押印は,後から印鑑を持参させて面前でさせれば足ります。

7 退職届の撤回
 退職勧奨を受けた労働者が退職届を提出して合意退職を申し込んだとしても,社員の退職に関する決裁権限のある人事部長や経営者が退職を承諾するまでの間は退職の合意が成立しておらず,労働者は信義則に反するような特段の事情がない限り合意退職の申込みを撤回することができます。退職勧奨に応じた労働者から退職届の提出があったら,退職を承認する権限のある上司が速やかに退職承認通知書を作成して当該労働者に交付して下さい。退職承認通知書は事前に写しを取って保管しておくとよいでしょう。

8 錯誤無効・強迫取消等
 錯誤(民法95条),強迫(民法96条)等を理由として,合意退職の効力が争われることがありますが,退職届が提出されていれば,合意退職の効力が否定されるケースはそれほど多くはありません。
 錯誤,強迫の主張が認められ,退職の効力が否定される典型的事例は,「このままだと懲戒解雇 は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。ただ,退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できる事案であることを主張立証できなかったケースです。
 解雇できるような事案であれば,退職勧奨に応じなければ解雇すると伝えても構いませんが,有効に解雇ができるだけの証拠がそろっている事案でないのであれば,退職勧奨するにあたり「解雇」という言葉は使うべきではありません。退職勧奨のやり取りは無断録音されていることが多いということを思い起こして下さい。

9 退職勧奨と不法行為
 退職勧奨を行うことは,不当労働行為に該当する場合や,不当な差別に該当する場合などを除き,労働者の任意の意思を尊重し,社会通念上相当と認められる範囲内で行われる限りにおいて違法性を有するものではありませんが,その説得のための手段,方法がその範囲を逸脱するような場合には違法性を有し,使用者は当該労働者に対し,不法行為等に基づく損害賠償義務を負うことになります。
 一般的には,退職勧奨のやり取りが無断録音されていて,自分の言動が社長,上司,裁判官等に知られてしまう覚悟で退職勧奨を行えば,よほど退職勧奨に向いていない担当者でない限り,不法行為が成立するような退職勧奨は行わないのではないかという印象です。


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退職勧奨に応じて退職届を提出したのに退職の効力を争う社員の対応方法

2014-08-19 | 日記

退職勧奨に応じて退職届を提出したのに退職の効力を争う。

1 退職勧奨 の法的性格
 退職勧奨とは,一般に,使用者が労働者に対し合意退職の申込みを促す行為(申込みの誘引)をいいます。退職勧奨が申込の誘因と評価できる場合には,労働者が退職勧奨に応じて退職を申し込み,使用者が労働者の退職を承諾した時点で退職の合意が成立することになります。
 退職勧奨を合意退職の申込と評価できる場合もあり,この場合には労働者が退職届を提出するなどして退職を承諾した時点で合意退職が成立することになりますが,労働者側が退職の効力を争っている場合には,裁判所は,労働者に有利に解釈し,合意退職の成立時期を遅らせる傾向にあります。

2 退職の申込みの撤回
 退職勧奨が申込の誘因と評価された場合には,退職勧奨を受けた労働者が退職届を提出して合意退職を申し込んだとしても,社員の退職に関する決裁権限のある人事部長や経営者が退職を承諾するまでの間は退職の合意が成立していません。社員の退職に関する決裁権限のある人事部長や経営者が退職を承諾するまでの間は,信義則に反するような特段の事情がない限り,合意退職の申込みの撤回が認められます。
 退職を早期に確定したい場合は,退職届の提出を受け次第速やかに退職を承諾する旨の決済を得て退職届受理通知を交付するなどして,退職を承諾する旨の意思表示を早期に行うようにして下さい。退職を認める旨の決済が内部的になされただけで,退職届を提出した社員に通知していない時点では,承諾の意思表示がなされておらず合意退職が成立していないと評価される可能性が高いものと思われます。

3 錯誤・強迫・心裡留保等
 退職届を提出した社員から,錯誤(民法95条),強迫(民法96条),心裡留保(民法93条)等が主張されることもありますが,退職届が提出されていれば,合意退職の効力が否定されるリスクはそれほど高くはありません。
 錯誤無効,強迫取消が認められる典型的事例は,「このままだと懲戒解雇は避けられず,懲戒解雇だと退職金は出ない。ただ,退職届を提出するのであれば,温情で受理し,退職金も支給する。」等と社員に告知して退職届を提出させたところ,実際には懲戒解雇できるような事案ではなかったことが後から判明したようなケースです。有効に解雇できるような事案でない限り,退職勧奨するにあたり,「解雇 」という言葉は使うべきではありません。
 退職するつもりはないのに,反省していることを示す意図で退職届を提出したことを会社側が知ることができたような場合は,心裡留保(民法93条)により,退職は無効となることがあります。

4 無断録音
 退職勧奨のやり取りは,無断録音されていることが多く,録音記録が訴訟で証拠として提出された場合は,証拠として認められてしまうのが通常です。退職勧奨を行う場合は,感情的にならないよう普段以上に心掛け,無断録音されていても不都合がないようにして下さい。

5 慰謝料請求
 退職勧奨を行うことは,不当労働行為に該当する場合や,不当な差別に該当する場合などを除き,労働者の任意の意思を尊重し,社会通念上相当と認められる範囲内で行われる限りにおいて違法性を有するものではありません。その説得のための手段,方法がその範囲を逸脱するような場合には違法性を有し,使用者は当該労働者に対し,不法行為等に基づく損害賠償義務を負うことがあります。
 退職勧奨の各担当者が,自分の行っている退職勧奨のやり取りは全て無断録音されていて,訴訟になった場合は全てのやり取りが裁判官にも上司にも社長にも明らかになってしまうことを覚悟した上で退職勧奨を行えば,よほど退職勧奨に向いていない担当者でない限り,違法となるような退職勧奨を行うことはないのではないかと思います。


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社員を引き抜いて同業他社に転職する社員の対応方法

2014-08-19 | 日記

社員を引き抜いて同業他社に転職する。

1 退職後の競業避止義務 
 在職中は,労働契約上の誠実義務として,同業他社に勤務したり,自ら同業他社を経営したりすることは当然禁止されますが,退職後は,競業避止特約がある場合に限り,合理的な範囲内においてのみ競業が禁止されることになります。特約がない場合であっても,労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して,使用者が取引継続中のものに働きかけをして競業を行うことは許されず,そのような働きかけをした場合には,労働契約上の債務不履行となるとする裁判例(チェスコム秘書センター事件東京地裁平成5年1月28日判決)もありますが,競業自体というより,取引先への働きかけが問題とされているように思えます。

2 退職後の競業避止義務の有効性
 社員が退職後の競業避止義務を定めた誓約書を提出したとしても,競業の制限が合理的範囲を超え,職業選択の自由,営業の自由を不当に制限するものである場合は,公序良俗に反し無効となります。退職後の競業の制限が合理的範囲を超えるか否かは,「制限の期間,場所的範囲,制限の対象となる職種の範囲,代償の有無等について,債権者の利益(企業秘密の保護),債務者の不利益(転職,再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ,それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立って慎重に検討していくことを要する」(フォセコ・ジャパン・リミテッド事件奈良地裁昭和45年10月23日判決)と考えるのが一般的です。
 個別の同意がない場合であっても,退職後の競業避止義務を就業規則に定めれば,その内容が合理的なものである限り,退職後の競業避止義務を課すことができます。就業規則の服務規律に在職中の引き抜き行為を禁止する旨定め,在職中の引き抜き行為を懲戒解雇事由として規定しておくとよいでしょう。

3 退職金の不支給・減額・返還
 退職金の不支給・減額・返還事由として,退職後の競業避止義務に違反した場合や懲戒解雇事由に該当する場合を規定しておけば,退職金不支給・減額の合理性がある場合には,退職金を不支給または減額したり,支給した退職金の全部または一部の返還を請求したりすることができます。退職金の不支給・減額・返還の合理性の有無は,
 ① 退職金の性格の中に功労報奨金的要素の占める度合いがどの程度か
 ② 会社の損害,額の大きさ,会社において営業努力により回避できるか,不可避なものか
 ③ 労働者の背信性の存否等
等を考慮して判断されます。

4 損害賠償請求
 競業避止義務に違反したというだけでは,会社の損害の有無,損害との間の因果関係の立証が困難なことが多く,損害賠償請求は必ずしも容易ではありません。
 従業員の引抜行為のうち単なる転職の勧誘に留まるものは違法とはいえず,転職の勧誘が引き抜かれる側の会社の幹部従業員によって行われたとしても,直ちに雇用契約上の誠実義務に違反した行為と評価することはできません。ただし,退職時期を考慮し,あるいは事前の予告を行う等,会社の正当な利益を侵害しないよう配慮すべきであり,会社に内密に移籍の計画を立て一斉,かつ,大量に従業員を引き抜く等,その引抜きが単なる転職の勧誘の域を越え,社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には,それを実行した会社の幹部従業員は雇用契約上の誠実義務に違反したものとして,債務不履行あるいは不法行為責任を負うことになります。
 社会的相当性を逸脱した引抜行為であるか否かは,転職する従業員のその会社に占める地位,会社内部における待遇及び人数,従業員の転職が会社に及ぼす影響,転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無,秘密性,計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断されます。転職の多い業界,代替人材の確保が容易な業界における引き抜きについては,会社の主張する損害の一部しか引き抜き行為との間の相当因果関係を認めてもらえないことが多い傾向にあります。
 社員には退職・転職の自由が認められているため,社員の自由な意思による退職・転職に伴って会社に発生する損害については,原則として損害賠償請求することはできません。ある企業が競争企業の従業員に自社への転職を勧誘する場合,単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合には,その企業は雇用契約上の債権を侵害したものとして,不法行為として引抜行為によって競争企業が受けた損害を賠償する責任を負うことがあります。


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