世界三大美人と言えばエジプトのクレオパトラ 中国の楊貴妃
そして日本では平安時代の小野小町となっている。
まあ、世界的に見ればギリシャのヘレネーで小野小町はホーム特権なる物らしい。
それでもきっと彼女達と肩を並べるくらいの美女だったのは間違いない。
実は楊貴妃にはすでにお会いしている。
っと言っても霊前だが… 詳しくは
こちら
そしてその帰り道に面白い情報をキャッチしたのだ。
実はこの近くに小野小町の墓があるらしい。
なんの因果でこんな山口県の田舎に絶世の美女が2人も眠っているのだろう。
不思議に思わずにはいられなかった。
今回の情報は曖昧な物だったが
世界三大美人の小野小町の事である。
近くまで行って尋ねればすぐにわかると高を踏んでいたが
国道沿いに先を進むが一向に標識らしき物もない。
情報ではすでに行き過ぎている感じだ。
地元の人に尋ねるが、楊貴妃の墓は知っているが
小野小町の墓は知らないと言う。
はて、困ってしまった。
同じ道を何度も行き来し
農作業をしている方に尋ねてみると場所を知っていると言う。
親切にも紙とペンを取って来て地図を描いてくれた。
やはり行き過ぎていたようである。
海沿いの国道から折れて、山の中への道をすすむと
数本ののぼりと小さなお堂の横に案内板を発見した。
案内図のとおりに山の中へ入っていくと
日も当たらない鬱蒼とした森の中に彼女の墓碑があった。
それはとても世界を唸らせた美女の墓とは思えないほど
へんぴな所にある小さな碑であった。
説明によるとだんだん老いてゆく姿を愁いて
京よりこの地に流れ着き人目を憚るように暮らしていたと言う。
美人女性だったが故の悲しい結末だったのだ。
やっぱり美人は薄命の方が幸せなのか?
しかしそれにしてもかなり納得がいかない。
帰宅後少しばかり調べてみると
彼女の墓は日本中にいくつかあるらしい事が解った。
それはずっと昔の話しである。
諸説いろいろあってもおかしくはない。
きっとこの墓の主もあの誰もが思う小野小町ではないだろう。
そもそも小町とはベッピン娘の代名詞にしか過ぎないのだろうから
○○小町が至る所にいても不思議はない。
ただ少し気になったことがいくつかある。
それはこの地を小野と呼ぶ事
そしてこの碑に鏡に使っていた銅鏡が埋め込んであった事…。
今はくすんでいるがきっとピカピカに磨き上げて
毎日覗き込んでいたに違いない。
当時銅鏡を使用していたならかなりの権力者に違いない。
ひょっとしたら…。
それにしても余りにも
寂しい場所にあった。