24 黄釈天 Blog 「My Days」by Oldman(吉住)

コロナ予防接種0回、インフルも0回、30年間健康診断0回の後期高齢、元原告団長の下り坂人生、日々の戯言。

静かな五月晴れ

2022年04月30日 | 日記

ありがたいことに、静かな快晴の青空が広がっている。こんないいお天気に静かだと思ったら、窓の横の新しい家の子供達三人が、埼玉のママの実家に出かけて不在なのだ。

午前中、少し畑に出かけて、完全武装で草刈りを30分ほどやったが、手術した目が痛むし、疲れたので、すぐにやめて戻ってきた。やはり、体力不足は問題だ。今年は足の爪の生剥がしに始まって、この3ヶ月ほど、膝の痛みから背中の痛みと、ずっと長時間、リクライニングシートで横になって、テレビばかり見て過ごしてきたので、今は、それを回復する期間だと割り切ろう。

落ち着くと、手術した目もうっすらボヤけた世間が見えるけど、やはり、ガードレールはべこべこと歪んでいる。どうやら、ほぼ、手術の効果はなかったようだ。スイスイ、読書が出来るようには、なるまい。改善もなければ、「これ以上、悪くならないように」という主治医の言葉が本当になりそうな気配。つまり、手術前の状態に戻るのを、耐えているばかり。(いや、今やっと、ネットで調べてみたが、黄斑上膜が滑らかに戻るには、早くて、いや若くて元気な人で3ヶ月、私なら半年ほどすると、その効果が出るようだから、気長に待つべきだろう。こりゃ、5月2日の術後診察と1週間後の検査診察を兼ねた診察には、仕方がないから、出かけるか。)

何ともくそったれな手術だったとは言い切れないし、普通に、結構、患者はいるみたいだなあ。で、原因は「老化」だ!これまた、何とも、なあ。

まあ、いい。もう済んだことだ。2週間ほど点眼生活が終わる頃には、少し先が分かるかもしれない。少なくとも、初体験人生で、衝撃的に、学んだことも多い。老人入門を馬鹿にしちゃいけない。肉体より、精神面が大事だ。区別は難しいけど。

昨日、逃亡直後に我が家にやってきた、福井市の交番所連絡協議会の会長も、昔からの地元の知り合いだが、同年で長身の至って元気な男だったが、ついこの間、家のまえのコーちゃんと同じ、心臓の大動脈を心臓を停止させて、部分交換手術をしたらしい。静養中の弱々しい姿で、玄関先に現れた。地域の交番所の新任お巡りさんも一緒だった。

何も、静養中にボランティア公務をすることもないのに、昨日まで元気だった同年代の「老人ショック」を活動で癒していると思えば、実によくわかる。団塊世代の、全くの同年なのだ。こっちだって、逃亡の静養中だ。

大半はゴールデンウイーク。それもありがたい。この週末は、楽しみな番組がないのが、いささか寂しいけれど、明日は今日より気温が低くて雨になるとか。ころころお天気が変わるわい!


老人入門

2022年04月30日 | 気象

2022年4月30日(土曜日)午前6時:[  8c/18c/20%  SR0503-SS1841  ]{getup0400} 快晴

昨夜来の雨風と大荒れのお天気が、この時間には急激に晴れ渡って、清々しい、気温の低い、明るい朝になった。東海地方や関東はよくないらしいが、4月最後の北陸は快晴。ただし、本当に信じがたいほど、風が冷たい。業者に灯油を半分ほどタンクに入れておいてもらって、よかったと思う。

たった1泊の入院、手術だったが、背中の痛みと重ならなかったことは、実に「幸運」だったと思える。不幸中の幸いは、ワイフの階段転落も、私の背中、肩、左腕の猛烈な痛みが抜けていくのと交代するタイミングだった。(「何で治ってきたんやろ?」「さあ?」)

28日の手術の日に、私はワイフの車を運転し、帰りに、ワイフは痛む体を堪えて、運転して帰る予定だったが、どうせ日赤に来たのなら、この前も整形外科で何時間もかけて診察してもらったのだし、痛み止めも、湿布もとっくに切れているので、受診したら、と勧める私に従って、3時間かけて(ほとんどは、待合椅子に座っているだけの、馬鹿馬鹿しいほど古色蒼然とした病院運営の福井日赤病院だが)再検査してもらって、再度、痛み止めと湿布を大量にもらって、顔の横から側頭部の軽い頭痛に関しては、連休明けに「脳神経外科」を受信することになったらしいが、転落から10日以上経過した今も、日中のほとんどの時間は布団に入って、横になっている。

従って、朝一に「日赤逃亡」をした私は、片目で夕食作りや片付け、風呂の段取りや片付けなど、家事仕事に大忙し。森の石松にダヤン将軍、仙台の伊達政宗、みんな片目だったではないか?

それでも、亡霊が渦巻く、日赤の特別室で他人の肥やしのような無意味な時間を過ごすより、はるかに、我が人生。まだ、親父の通夜の時に、巨大な福井市葬祭場の建物で、真夜中を一人でウロウロしていた時の方が、はるかに気が楽だった。あそここそ、死者が大空に旅立つ宇宙空港。発射台(火葬装置)は10基もあるが、亡霊は感じなかった。

さあ、今日は連休中の週末だが、畑の草刈り少し、できるかな?  点眼患者生活。 不思議と、ワイフが植えたジャガイモが芽を出さない。畑を見てこよう。隣集落の多くの畑では、ジャガイモが青々と育って、列をなしている。

 


人生初体験

2022年04月29日 | 日記

ご覧の病室は一見、ホテル並だで、これに浴室と洗面所(一度も使用しなかったが)、立派なトイレと流しと、クローゼットが入り口の両脇にある。窓からは、正面玄関を見下ろせ、その前の広い駐車場とそのすぐ向こうに、近い将来走る新幹線用の出来上がった高架が横切っている。

手術直後のおでこには何も貼られていないが、直前には右目の印のシールと、何か横長のシールが貼られていた。大きな日赤マークのCMシールでも貼っておきゃいいのだが、それなら広告料でも頂ける。

人生初は、車椅子。そして、手術台。「黄斑上膜」の手術の都合で、水晶体に手を加えるので、ついでに白内障の手術。2つをしても、1時間少々、と説明した主治医は、先輩格の手慣れた医科大の眼科医に、あれこれおしゃべりしながら、「やってみて」などと言われて、途中で手術に参加。半分は、彼の「訓練」を兼ねている。先輩格が手術するときは実にスムーズ。

目の周り3カ所から、麻酔液を垂れ流すだけの「部分麻酔」だから、二人の会話は全部聞こえるし、不思議なことに、細い手術器具が二本、その先の形状までも、黒く浮かび上がって、液体の中でボウフラか痩せたお玉杓子のような黒い影が蠢くのを挟んだり、切ったりする操作が見えるのだ。

大きな手術室は、片側に透明のビニールカーテンで仕切られているだけのベッドが10台あまり、並んでいる。そこには、一人も患者はいなかったが、私が運ばれたのは、ガラス張りの大きな器具がある、そこも広い手術室の手術台。

まあ、何せ肌寒いし、手術がえらく長い。1時間と少し、と言われながら、その倍以上かかっている。「せんせ、おしっこをこれ以上我慢できない!」「あ、もうすぐ終わりますから、20分ほど我慢できませんか?」「できないなあ、3分か5分だ」と言ったら、周りの看護婦が大慌てて、目のところ以外、全身を覆いかぶせているシーツの下から、手術台のズボンとパンツをずり下ろして、尻の下におむつを敷いて、チンチンを摘んで器具を装着。しかし、腰が上がっているような、おしっこを垂れ流すには、一番無理な体制。漏れれば仕方なし、というわけ。

微妙な目の手術中だから、顕微鏡を覗いているような作業の細かな管が目の周りの3カ所から、突っ込まれている。体が動くのは致命的で、なんとか回復したが、まあ、この辺りでおしまいにしようと、網膜を覆っている邪魔者の除去は、最後を少し手抜きしたと思える。原因は私がおしっこを我慢できなかったせいだが、私に言わせれば、ダラダラと実験道具というか、訓練に私の手術を利用したからに他ならない。先輩格の手術は実にスムースだとわかるし、主治医はもたつく。鼻に近い方の穴が時々痛む。「痛い、痛い!」というと、麻酔液をダラダラ流す。

まあ、お陰で、手術の成功率は良くて70%、悪くて60%だな、と覚悟する。歪んで見えなくなるかどうか、半年先の運次第と覚悟するしかないが、もう、二度はゴメンだぞ。

入院した時の部屋付きのベテラン看護婦は、術後に部屋に戻ると、ご覧の紙切れに目薬を4種類置いて、明日の朝の7時から3時間置きに目薬を差せという。「自分で?」「自分で」

彼女が主治医はK M先生ですけど、手術はKB(超有名)先生です、と言ったので、非常に安心していたのだが、姿形を見なかった。隣のコーチャンの奥さんだって、つい最近、両目の白内障手術して、その日に帰ったのだが、手術はKB先生ではなく「期待外れ」だったという。

最早、ベッドを10台も並べて、短時間で一気に白内障患者の手術をするKB先生の日赤福井の「カリスマ眼科」は、昔話になりつつあるようだ。実態は違っている。そう言えば、地元悪友の金持ちだって、日赤ではなく、別のところで白内障の手術をした。みんな、今年の話なのだ。

そう言えば、入院手続きや、病室案内や担当看護婦や食事を運んだり、夜の夜勤状態や、全てが、大量の書類の上に、二度、三度の同じことを聞かされたりするし、こりゃ、福井日赤など、大勢の老人ボランティアがウヨウヨいるが、肝心な仕事は、誰もしない。術後の目のガーゼを誰も一度も交換しないし、もういいから勝手に自分でしろというばかり。で、目薬だって、「差して見てください」と側で見ていて、「あ、外れました」などという。

「そんなこと、お前に言われなくても、差した自分がわかるわい!」

何のために入院しているんだ?術後は全部自分で紙を読んで、自分でやれというのだから、片目にメガネをかけて、必死で読んで、BSも入らないテレビだし、コーヒーも飲めないし、自由にタバコも飲めない、そんな最悪な「特別室」に金を払って、入院して時間を過ごさなきゃいけない理由は、全くないと、手術後と、夕食直後からずっと眠って、朝方4時に目を覚ました私は、日赤の病室を、出ていくことに決めた。しかも、今日は祭日で、明日は土曜日。

患者を病室に詰め込んで、適当な言い訳をしておくと、平日までに病院は稼げるのだ。逃げ出した私が電話に出ないので、私のワイフに5月2日の平日に、診察に来て下さい、と看護婦が伝えたらしい。連休の合間の、唯一の平日だが、ごめん被る。

手術と術後の目薬を貰ったら、もう、こんなところに用はない。

万が一、術後の経過が悪化して(確率は非常に低い)どうしようもなかったら、他の眼科にかかって、大いに福井日赤眼科の低能ぶりを吹聴しよう。

まあ、それにしても、日赤の他も同様だろうが、入院のシステムや病院の運営は、全体で、かなり問題がありそうだ。だから、あんなに長く待たされ、待合室に大勢が屯しているのだ。

眼科のカリスマ有名先生も、他でアルバイトして、せっせと大金を稼いでいるのかもしれない。私の推測は、かなり当たっているぞ。


日赤逃亡

2022年04月29日 | 気象

2022年4月29日(金曜日)昭和の日:午前11時30分  [  8c/19c/90%  ]{getup0400}  曇りのち雨

雨が降り出したのは、午前11時頃。何せ祭日だから、日赤も静かで人の気配はわずか。5階の5211号室という特別室を後にしたのは、ちょうど午前9時。朝一番にやってきた夜勤病室担当の看護婦に、2度、10時には退院するから段取りして、と言いおいたが、主治医の許可がないと、などと言う。

無論、そんな常識を百も承知だが、1分だって長居したくない私は、着替えて、時間外では入り口から、勝手の飛び出し、たった1台待っていたタクシーに飛び乗って帰宅した。

9時30分から同じ階の処置室で 眼科の主治医の術後の診察があると言われて、一瞬、迷ったが、自分と福井医科大のベテラン先輩と二人で手術したのだから、状況は理解しているし、検査は痛いし面倒だし、それに左右される結果の処置はない。眼科の治療は手術と点眼、それ以外に方法がない。あとは自然治癒。無駄だ。

4種類の目薬は、詳しい点眼表とともに、術後の部屋に用意されて、ベテラン看護婦から説明を受けている。今後は、その点眼患者に徹すればいいのだし、不自由な入院生活など続ける必要がない。

私は信じがたいほど心の弱い、気ままでわがままな老人患者なのだ。たとえ片目になってしまったとは言え、こんな所には、1分も居たくない。逃げ出した!

あっという間に帰宅して、初体験ばかりの入院手術の短期間の出来事の詳しいことは、後で書くが、帰宅すると、バタバタと3組の来客が有って、おしゃべりしっぱなし。あきれ返って怒っていたワイフの携帯に、日赤から連絡が入って、ようやく、ワイフも落ち着いた。

患者のための、病院なのだ。病院のために患者がいるわけではない!

支払い? そんなものは、必ず、請求書が来る。心配ない。


沢山の夢

2022年04月28日 | 気象

2022年4月28日(木曜日)午前5時:[  9c/22c/0%  ]{getup0400} 晴れ

昨日の春祭りの時間帯も、その前後からすっかり晴れ渡って、いいお天気になった。今朝は久しぶりに室温は15度を下回り、外気は10度を下回った。寒さが戻ったというより、異様な暑さが去ったのかもしれない。

昨日はあれこれ随分働いたので、夜は早めに就寝。今朝は「沢山の夢」を見て、午前4時に目が覚めた。

海水浴にきている夕方、寒いから「こりゃ、明日は雪だぞ、ほら降ってきた」と夢の中で言っていたし、ネオン街の夕方、明日は日赤に入院しなきゃ、と思いつつ帰宅途中で、はっと気づいて、「今日だった!」とめちゃくちゃ焦り、「すっかりボケてしまった!」と大反省しながら、今更の時間ではダメだろうと思いつつも、福井市の中心街だから、タクシーを探しに、タクシー乗り場を探し回るけど、街中の風景がすっかり変わってしまって、あるはずの場所が見当たらない。

焦りは募るばかりで、目が覚めた。その前にも、食事処に複数の仲間と行く夢から、昔の職場で図面を見ていたり、講演会会場にいたり、あれこれ、脈絡がありそうでない意味不明の夢が連続していたのを思い出す。

まともな夢は若者に任せよう。老人の夢は幻想ばかり。枯れ野を駆け巡る。

今日の10時頃に日赤に入院して、午後2時に手術予定。寒いからか、首の調子はいまいちだが、これは古いベッドマットと枕のせいで、痛みはないからありがたい。

「箸」? 箸を持参しなきゃ!


避難民

2022年04月27日 | 日記

BS1のNHKニュースで見た映像に、ウクライナからの大勢の避難民が、ビザ不要のメキシコに入って、そこから2年間の限定ビザで、アメリカへの入国を認められて、続々、嬉しそうにアメリカに入っていく。

彼らの2年後を是非ともテレビは取材してほしい。自由な国、アメリカにやってきて、彼らに一体どんな生活が待っているのだろう? 私には想像ができない。

アメリカはウクライナにこれまで、31億ドルの軍事支援をしている。ドイツで1億ユーロ。あくまで、軍事支援。ロシアとの戦争を応援して、金や武器を提供しているのだ。5000億円にもならないけど、避難民の救援には、もっと金がかかる。そんな金を出せない。自力救済が原則だろう。金のある人はいいけど、どんな仕事で稼いで、どんなところに住んで、2年後はどうするのだろう?


超技術革命

2022年04月27日 | 気象

2022年4月27日(水曜日)午前5時30分:[  11c/22c/30%   SR0507-SS1838]{getup0500}曇りのち晴れ

激しく降り続いていた雨も、時計が5時を回ると、急に止んできた。まだ、雨雲に覆われた暗い空で分からないが、雲の上では日の出時刻。太陽が地球の影から現れると、雨雲もそそくさと逃げ出し始める。

5時ちょっとで日の出なのだ。随分、早くなった。今日は午後1時半から村の神社で春祭りの神事。と言っても、神主がやってきて、祝詞をあげ、お祓いをするだけなのだが、神社の掃除からお供物の飾り付け、神主の送迎、玉串料の準備、神社前の草刈り。集まった村人に振る舞う酒とするめの準備など、事前にすることは、いくらでもある。

実に面倒臭いが、これまでは自治会長一人のお役目になっていた。が、私は昨年より、前の自治会長に手伝いを頼んでいる。主に、草刈りや掃除、荷物運びなど。でも、昨日は一人で、雨の中、気になる神社の床の拭き掃除をしてきた。今日は、午前中にふれあい会館の簡単な掃除をしてくる必要がある。目も体もヨレヨレだが、できることはする。

まあ、話は変わるけど、世界に蔓延して、いまだに収束していないコロナの3年で、世界の産業界は、実に大きな変化をしようとしている。私はそういう未来の話は大好きだが、未来ではなく、現実が迫ってきている。

刀と銃、荷車とトラックほどの時代差のある産業革命が起きようとしている。このブログでも書いたが、対戦車用の攻撃機、スイッチブレードなどもその一つ。戦車が意味を持たなくなる。2200万円の60センチほどの兵器だが、多分、中国で、10分のいちの200万円で出来るように、すぐになる。ライセンスに守られているなどというのは、平和ボケ。

海底ソナーで沈没せん発見まで、何日かかっている?冗談でしょ?と言えるほどのノウハウも機器も、すでに人類は持っているのだ。

ただ、その驚くほどの超近代技術の世界がやってくる前に、世界は、ウクライナか、ヨーロッパあたりで、核爆弾が落ちる。G7だ、G20だなどと、仲良しクラブがいい気になって、信用と指導力をなくしたアメリカの言いなりになって敵を追い詰めると、頭に血が上ったら、何をするか分からない。何せ、不条理な人間の作る社会だから。


予報通りの雨

2022年04月26日 | 日記

10時を回ると、小雨が降り出して、お昼前には予報通り雨になってきた。9時に出かけて、銀行ATMとコンビニとガソリンを入れ、ワッセのスーパーの前、「ありゃ、10時開店、30分もある!」と帰宅。

食べ物など、また明日でもいい。何とかなるだろう。ただし、明日は午後一番にふれあい会館に神主が来る。小さな村の小さなオヤシロの中で、春祭りの祝詞をあげる。昔は、米の豊作を祈って、春祭りをするのだ。

で、昔ながら、ゴールデンウイークあたりはあちこちで、田植えをする。季節は変わらないが、人の生活は変わって、我が集落で田植えの準備をしているのは、一戸だけ。

昨日、我が家にやってきた地元悪友も、たくさん田んぼを持っているが、自力で毎年3反田一枚作っていたが、「どうしよう、誰も手伝ってくれんし」とヨレヨレの体で迷っている。「やめろ、やめろ!」怪我でもしたら、悔やまれる。

息子二人、娘もいる。元気な弟も役所を定年退職して、会社に入ってきている。社員はいるが、金を出してまで作業をさせるほど、稲作は割りに合わない。高級車ほども米を買ったら、夫婦二人分など100年食える。

「ゴルフして、遊んでる方が、よほど無難だぞ」

古い同年の友人に電話したら、今年の冬、それまで30年ほども使い慣れてきている除雪機が雪で詰まったので、エンジンをかけたまま、ギアを入れたまま、つい、うっかり直接詰まった雪を取り除いていて、中指と薬指の二本を千切れる寸前の大怪我をして、いまだにリハビリに通い、不自由している、と笑う。

30年も使い慣れた機械だから「つい、うっかりだ」と強調するが、30年間、74歳だったわけではない。老化以外にないではないか?

追記:あまり書きたくはないが、知床の遊覧船の沈没、乗客の大半が、未発見というのは、当然かなりの確率で、一昨日あたりから船内で死んでいると、推測できている。沈んだ船を探せばいいのだから、予定航路の海底。かなり入り組んで、深くて、捜索が難しいと言われながら、今日に入って、民間の漁船が、魚群探知機で、「異物」を発見している。多分、間違いないが、民間にできることを国ができないのは、なぜだ?

必死で働いている現場の人間が悪いのではない。防衛省や、海上保安庁や財務省や、国のトップが悪いのだ。民間のいい加減な遊覧船の会社の責任追及など、アホくさい。それより、なぜ、素早く捜索、救助できないのか、が今後とも大きな課題だ。


来年の楽しみ

2022年04月26日 | 気象

2022年4月26日(火曜日)午前5時30分:[  17c/25c/100%  ]{getup0500} 曇りのち雨?

窓を全開にしていても、室温が21度もある午前5時30分。空は曇っているが、降り出す気配はない。午後には、雨になるらしい。

私は目薬を差すのが下手くそだ。手術3日前から3日間、日に3度、右目に目薬を差すように言われて、苦労している。昨日も、今朝も反対の左目が痒く、ころころするので、こっちには別の目薬を差す。どっちも、苦労する。

昨日は超快晴の真夏日の中、午前中早めに泰澄の杜のサウナ風呂でたっぷり汗を流し、その後車の中で、半袖Tシャツでもたっぷり汗が流れたが、友人の医者のところに出かけて、このところ服用していないが、不安なので痛み止めを1週間分、もらって、よもやま話を1時間以上。気づくと午後1時。

来年の10月の日本女子ゴルフオープンは名門芦原ゴルフ倶楽部で開催される。その実行委員長は彼なのだ。昨年から、JLPGAの最高責任者として、テレビの解説で有名な戸張翔がしょっちゅうやってきていて、コース改善に取り組んでいる。

テレビ局は4日間ともNHKの独占放送。4日間を通じた入場チケットは2万円。どうやら、私は彼のおかげで、4日間自由に好きなだけ観戦できそうだ。金のある有名選手は芦原の旅館に宿を取るだろうが、金のない野望を持った無名選手は車を利用したテント宿泊のはず。予選を通過しなきゃ、一円にもならない。

そんな実態も見てみたい。来年の手帳に(買ってないが)予定を書いておこう。足腰と、目と達者だったら、今、注目する選手の活躍が楽しめるだろう。彼女たちの顔を見て、一致する名前がスラスラ口に出てくるように、今から覚えることも努力しよう。

彼とお喋りしていたら、お昼をとっくに過ぎて、帰り道、買い物など4カ所を回って、帰宅すると、2時半を回っていた。車の中は、完全な真夏。暖かいと、首筋も肩も腕も全く痛まないので元気。

ただ、夕方、畑の周りの草刈りをしようと思ったが、自重した。第一、ゴミ出しと夕飯の準備をしなきゃ、ワイフはまだ、私の痛み止めを飲んでも、「体のあちこちが痛く」て、動けないようだ。「2週間だな」と友人の医者はいう。


大丈夫か?北海道

2022年04月25日 | 日記

なんとなく、情けない気がしたのは、知床の遊覧船の海難事故に、海上保安庁だけでなく、160キロほど離れた自衛隊の基地に、ヘリコプターでの救難要請があったのだが、他の作業中で、すぐには出せなかった。

後に、小型の航空機も出て、沖合の空から捜索にも加わっていたが、ヘリコプターが救難要請から、現場に飛んできたのは、何時間も後だった。広い太平洋の真ん中を捜索するのではない。海岸線を航行する小さな遊覧船で、波はすぐ目の前の海岸線に向かっているし、潮流は海岸線に沿って、半島の先の方に流れている。

陸路のない入り組んだ海岸線が延々と長く続く場所だから、ヘリコプターやドローン、航空機を駆使して捜索するのが一番、効果的だが、午後1時頃の救助要請や2時頃の30度傾いて、エンジン停止の連絡を最後に、日没に至る3、4時間ほどの間には、全く手がかりもなく、夜になってしまった。

その後の捜索の映像などを見ていると、何だか「昭和時代の海難事故」のような捜索風景だった。自衛隊の基地に、ヘリコプターは1台しかなかったのだろう。それも、最新型とは言えそうもない。普通サイズ。スピードも遅い。動物などの熱感知レーダなども備えていたのだろうか?まあ、海や海岸に投げ出されていても、死亡していたら熱感知しなけれど、海岸線を動き回る熊や狐を感知する能力がなければ、北朝鮮の兵士が夜間上陸しても、見つけられない。

その程度の機器類が最新などとは言えない時代だが、夜間に捜索できるだけの能力のないヘリコプターなら、自衛隊の装備品とは、とても言えない。まさか、同乗隊員が双眼鏡など使って、目視捜索? そんなもの、遊覧ヘリコプターじゃないか?

岸田くんはヘリコプターで全国を飛び回って、今回の事故報告を受けて、いみじくもヘリコプターで首相官邸に戻ったが、日本の防衛上、一番大事な北海道、そして日本海の海岸線上を監視するのに、最新型の超高速ヘリコプターを配備しなきゃ、ほとんど意味がない。

富士の裾野でどんな最新型の戦車を何千台用意して、演習を行ったところで、40キロも離れたところから、兵士一人が飛ばした2200万円のスイッチブレード一機で、搭乗員も戦車も一瞬にして、鉄屑と棺桶になる。数十億円がパーだ。

しっかりしてくれよ、防衛省。庁が格上げされて、待遇が変わっても、世界ははるかに進化している。ウクライナ戦争を、嫌というほど研究してくれよ。わずか、二十人の命も助けられなきゃ、1億2000万人の命は、風前の灯火だ。