ここにきて「プーチンの暗殺」が現実味を帯びてきた…引退した「凄腕のスナイパー」参戦のワケ
「伝説の狙撃手」がいるという。ワリと呼ばれるその男は、カナダ人で名はオリバーという。前編記事『侵攻激化のウラで…プーチン暗殺に送り込まれた「凄腕スナイパー」の正体』では、なぜ彼が世界最強のスナイパーと呼ばれるまでに至ったのか、その経緯をお伝えした。
3/30/2022
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現在40代のワリは戦争から足を洗い、最愛の妻と3人の子供にも恵まれプログラマーとして安定した暮らしをしていた。そんな彼が家族を残し再び戦地に戻った最大の理由はなんだったのか…?
カナダとウクライナの絆
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「ウクライナで街が破壊される映像を見ていると、危険な目に遭って苦しんでいるのが、自分の息子に見えてきました」
ワリは海外メディアの取材にこう答えた。だが、最愛の妻はワリが再び銃を取ることに反対だった。もうすぐ息子の1歳の誕生日が来るのに、そんな場所に行くなんて……。
しかしワリには戦うべき理由があった。ウクライナ人は他人なんかじゃない。見捨てられない「隣人」だからだ。
そもそもカナダとウクライナは特別な絆で結ばれている。移民大国カナダには、150万人を超えるウクライナ系住民がいる。ワリと同じく義勇兵に参加したカナダ人退役軍人の中にも、ウクライナ人の妻と幼い娘がいる者がいた。
'14年のロシアによるクリミア併合の際も、カナダは強硬に反対し、ウクライナへの支援策として約2億ドルを融資している。ワリはこう語る。
「(ウクライナの人々は)ロシア人ではなく、ヨーロッパ人でありたいという理由だけで、爆撃を受けている。だから、助けなければならない」
ケベックから7500km以上離れたウクライナを目指し、ワリは3人の元カナダ兵を連れてポーランドに飛んだ。陸路で国境を目指す途中、国外避難のためのバスや、寒さに耐えながら凍てつく大地を歩く人々とすれ違った。故郷を追われた人々の群れに逆らいながら、ワリは進む。
ウクライナの領土に入ると、景色が一変した。道端にはゴミが散乱し、持ち主を失った自動車が放置されている。商店は営業を続けられず、道には鉄骨をX形に組み合わせて戦車の進行を防ぐ、通称「チェコのハリネズミ」が設置されていた。
だが、荒廃した街にもしぶとく抵抗を続ける人々がいた。ワリたちが街に辿りつくと、ウクライナの人々が熱い抱擁で歓迎してくれたという。「伝説のスナイパーがやってきた」というニュースは、プーチンに反抗する人々に大きな勇気を与えた。
ところが、ワリが戦地に赴いて間もなく、衝撃的な情報が流れた。
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〈ロシア軍が世界最強のカナダ人スナイパーを殺害した。マリウポリの戦場に入ってからわずか20分だった〉
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雷のような戦闘機の騒音が響きわたり、街のどこかで毎日爆発が起きている。ワリが参戦したウクライナ東南部の港湾都市・マリウポリは、最大の激戦地だった。
空からは爆撃機が、海からはクリミアの黒海艦隊がミサイルの雨を降らせている。避難所となっていた劇場は空襲に遭い、住宅の8割が破壊された。3000人以上が亡くなったとも報じられている。
「義勇兵が配置される戦場は、基本的に戦火が激しい場所です。私が'94年にボスニア・ヘルツェゴビナで紛争に参加した時も、初めに外国人が投入されました。
正規軍であれば『戦闘で○人が亡くなった』と発表されますが、義勇兵の死亡者数は公表されない。結局、義勇兵は最前線で敵を削るために使われる、便利な戦力なのです」(元傭兵で軍事評論家の高部正樹氏) いよいよ西側のメディアでも、ワリの生存を疑う記事が出始めた。ワリは生きているのか。それとも儚く散ってしまったのか……。
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〈私の安全は心配ご無用。すでに昨日爆撃された基地から離れています〉 ----------
沈黙を破ったのは、Facebookの投稿だった。3月14日、ワリはマリウポリの爆撃を生き延びたことを報告したのだ。そして23日にはこんな投稿をしている。
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〈私が戦死したという噂は馬鹿げている〉 〈この戦争は情報戦だ〉
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ロシア側は「ウクライナ兵471人が戦わずに投降した」「ゼレンスキー大統領が逃亡した」といったプロパガンダを発信し、ウクライナ軍の士気を低下させようと仕掛けていた。「ワリが死んだ」という情報も、その一つだったと考えられる。
戦場こそが、生きる場所
反撃に出たワリは、ロシア軍の弱点をすでに見抜いているようだ。
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〈ロシア軍は爆撃をしてくるものの、接近戦を恐れている〉
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ウクライナに降伏を迫るために、ロシア軍はいよいよ市街戦に突入する。だが、街での戦闘は「守る側」が圧倒的に有利だと言われる。戦車は物陰から小型ミサイル「ジャベリン」を撃ち込まれ、破壊される。そして歩兵部隊は、建物に潜むスナイパーによって次々に射殺される。
ドローンやミサイルの時代が来たとしても、スナイパーの存在感に揺るぎはない。3月3日には、ロシア第7空輸師団長のアンドレイ・スホベツキーが、演説中にウクライナ軍の狙撃手に撃たれて命を落としたと報じられている。
ワリは現在、戦術スナイパー特殊部隊の司令官を務め、ロシア軍を迎え撃つべく備えている。幾多の死地を乗り越えてきたワリに恐怖心はない。
アフガニスタンやシリアで、共に戦った兵士たちが心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ姿をワリは見てきた。殺されるかもしれない恐怖感と、「自分が殺した敵も同じ人間である」という罪悪感に心を蝕まれ、戦場を去る者もいた。
だが、ワリは違う。昨年発表された自伝『MISSION:SNIPER』には、ワリの本音が綴られている。
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〈私にとって戦場は家のようなもの。私が家のように寛げる場所は二つ:湿った森の中と、戦場の硫黄の煙の中だけです〉
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妻子を残し、命を失うかもしれない戦場へと戻ってきた。ワリが戦う理由は隣人を救うという義侠心だけでは説明がつかない。戦場こそが、彼が生きる場所なのだ。ワリは今日もスコープを覗き、敵に狙いを定めている。
『週刊現代』2022年4月2・9日号より