マイペースで行こう

東村山市内のキリスト教会の牧師のブログです。更新も内容もマイペースですが、18年目に入りました。

前期の期末

2014-09-30 18:52:44 | 神学校・講座
前期の期末を迎えて、忙しく過ごしています。
今日、期限になっていた日本キリスト教史のレポートは何とか提出できました。

明日は、その日本キリスト教史の試験があります。
土曜日は、旧約神学の発表の当番になっていますので、資料も並行して準備しています。
夏の間に課題をほとんど進められなかったので、ここに来て、ギリギリのペースになり反省。

ヘブル語の期末試験も予定があるので、今週の試験と発表が終わったら、今度はそちらの準備です。
毎回の講義時間内の単語のクイズも、なんとかほどほどにクリアしています。

今度のクイズの範囲は、動詞のPualの活用です。
毎回、覚える範囲をiPhoneで写真に撮って、持ち歩きながら、電車移動など、ちょっとした合間の時間に覚えてます。




さて、月末を迎えましたので、月報に掲載した説教のあらすじ(旧約聖書講解分 申命記16,17,18章)をアップしておきます。

 イスラエルの男子は年に三度、祭りへの参加が命じられた(16:16)。その定められた時と場所に集うことを『御前に出る』と言う。しかも、「主の前には、何も持たずに出てはならない」(16)とし、「主が賜った祝福に応じて」(17)とあるので、神の祝福への応答と言えよう。過越の祭り(種なしパンの祭り)、七週の祭り、仮庵の祭りは、エジプトからの解放とカナンの所有という神の贖いの御業を覚え、共に喜ぶという意義を持つ(16:1-15)。私たちは、礼拝や聖餐や諸行事において御前に出て、共に主の贖いを喜び祝う。
 主は民に『正義を、ただ正義を』追い求めよ、と命じた(16:20)。その場合の正義とは特に公平な裁判を行うことを指す。主は、民を治める権威を、さばきつかさ(16:18)、祭司(17:9-12)、王(17:15-20)、預言者(18:15-22)に託し、主の教えに通じるよう命じ(17:19)、不公平や偏見や賄賂(16:19)、勝手に主の御名を用いて語ることを戒めている(18:20)。自らの利益のためには不正や偽装もいとわない風潮の中で、互いにみこころにかなう正義を追い求めよう。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


さて、明日のために試験勉強の続きをすることにします。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする