トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

喰い散らかしはいけません!

2024-06-05 | 感じるままの回り道

 林道の真ん中に黒い物体があったのを通りすがりに目にとめたのだが停車して確認する幅は無いので通り過ぎ広くなった場所に停車させて徒歩で現場に戻ったら案の定、カラスの死骸だった。山域の活動に入って長いけれど野生動物の喰い散らかしされた残骸を見る機会は殆どないのだ。鳥類で食痕は羽毛だけでサギの捕食された現場では長い脚だけが残っていた程度でしかない。四つ足では沢のゴミ溜まりの下で尾骨の長い骨格だけになった一体を見ただけで、野生動物の死骸はホントに目に留まらないのである。

 今回のカラスの捕食体、太腿と内臓だけが綺麗に失われており大胸筋は食べられてなかった。そこで気になったのは「捕食者はだれか⁉」と言う事だけれど鳥なのか四つ足なのかどっちだろう。捕食者が鳥類ならば羽毛を抜くはずと理解しているしアライグマやキツネならば頭部も齧るだろうし、そこで思い出したのは野猫ではないかと言う推理である。捨てられて野猫となった個体数は確認できただけでも4個体ほど存在するので「猫かなあ…」が孤爺の暇つぶしに推理した顛末だ。 

                    獰猛なカラスも餌となりて消ゆ

     


今日のエッ!品「思い立ったが実食」

2024-05-26 | 感じるままの回り道

 連日の小雨模様を幸いとして孤爺さんは夜鍋をしてまた未明から粛々と孤軍奮闘、甚平作りに励んでいるのであった。そういう状態だと待てない孤爺さんは飯抜きをしたくなるのだがこれ以上の老衰は避けたい。まあでも、夜間の漏水は避けられそうも無いので受容と寛容の精神で臨むしかないのが人生だなあ。さて、そんな訳で台所では立食で済ますかと雑炊が早いので仕掛けたのだが直ぐに気分は変り「そうだ!リゾットが良い!」となったものの材料は無し。そこでなんとかあり合わせてリゾット風紛い物で誤魔化したのであった。でも美味しさは犠牲にしないのが大和男の心意気なのである。

 前日の残りご飯をフライパンで煮たてイナゴの佃煮、粒コーン、魚肉ソーセージ、インゲン、粉チーズで煮込み、黒コショウを掛けて実食する。心はミシン掛けにあるのだが「旨い!」を感じる余裕もあるのだ。食べながら何時もの妄想、いいえ降臨レシピは「イナゴご飯」であった。「蜂の子も虫、イナゴも虫」であるから炊き込みごはんで美味しいはずだ。既にハチの子飯は30年も食べていない。「昆虫食は世界を救う」はずであるからして老衰も夜間の漏水からも救ってくれるだろうと早速夕食に炊き込んでみた。

 材料は写真の通りなのだがまたもや待てない性格ゆえの準備不足でニンジンが欠けてしまった。いろどりが寂しいけれど鮮やかな色彩満載のコース料理一食を楽しんでも最後は一色に変換されるのであるからしてニンジンが無くても中長期的には何の支障も無いのである。味付けはイナゴの佃煮任せだったので少々薄味仕立てだが年齢を考慮すれば減塩はベストだ。炊き込んだイナゴの歯ごたえは佃煮時とほとんど変わらず、この点が不満と言えば不満で、奥歯の不調で好きな固いものを控えなければならず、バリバリ齧りたいイナゴも炊き込んでも少々固めだったのは裏目で恨めしい。まあ、冷や飯喰いでないだけ有難いのう。

 それもこれもご先祖様のご加護のお蔭でありがたや!。食べて快腸ミシンも快調泥浚い不調・・・。

 

 


対象が小さく広角では・・・

2024-05-12 | 感じるままの回り道

 玄関の庇、雨樋カバー内に営巣を初めて20年くらいたつイソヒヨドリ。同一個体が20年も営巣するとは思えないから代替わりしているのだろうが、もちろん確認など不可能なのだった。今までの撮影は庇直ぐ上の小窓窓枠に箱を挟みこみあけた穴からデシカメで撮影していたのだ。いわゆる「出っ歯の亀さん」ならぬ「出箱の爺さん」をやったのだが端的には隠し撮り、盗撮なのであった。それでもお縄頂戴に至らないのは自宅内という限定空間に由るのだろう。育雛期間、午後の数時間を費やして餌を咥えて降りた瞬間を撮影していたのだが加齢とともにその根気が薄れて来る。その上、座布団を当てては居ても肘は痛くなるし肩は凝るし首にも堪らない苦痛をもたらす姿勢のなのでここ数年は撮影しなかった。まあ、一言で言えば我慢我慢の匍匐狙撃兵に近い。

 ところが思いもかけずトレイルカメラを付与していただく事になってチャレンジ再会したのである。トレイルカメラで撮影・確認したかったのは冬の夜、塒として飛来している水鳥の確認と夏の夜間に飛来している恐らくヤマシギらしいのだがその確認に使えると判断して少しだけだが高級機が入手出来たのだ。しかし冬鳥は来期になるし夏の夜間は時期的に早い。そこで今期も巣材を運んでいるイソヒヨドリの営巣・育雛、特に給餌回数や餌の種類を巣立ちまでの期間すべてを撮影する気概を持って準備を急いだのだ。

 餌を運ぶ頃になっての設置では放棄される心配があるし、巣材を運ぶ頃合いなら多少はリスクは減るだろうと思いつつ、日中の出入りする時間帯に造作をする訳にはいかない。いきおいセットは暗くなって出入る心配がない時間となった。しかし初めてのトレイルカメラとの付き合い、撮影するためには通常のデジタルカメラのような簡便さが無かった。夜間にセットしたカメラを翌日の夜まで待ってから画像を確認して再セットの繰り返しを何日か要して出た結論は「この条件での撮影は用をなさない」と言う事で残念無念の結果である。

 カメラと巣への入り口までおよそ150cmあるがトレイルカメラの性質上撮影角度が大きく、そのためイソヒヨドリは小鳥とは言えないものの小さすぎたのだった。その上、機敏な動きで巣を出入りするのでカメラの検知速度に勝りONにならなかったり撮影開始してもすでに遅く巣内に入ってしまい姿なし、飛び立ってしまい姿無しの画像ばかりになった。時折写し込まれる鳥自体も小さいので拡大しても詳細は判り難いのであった。自動式で撮影・記録するためには現在の位置関係では光学式ズーム機能を要したカメラで無いと役に立たないと判断するしかない。

 そうなるとカモやシギなどはイソヒヨドリより何倍も大きい体格ではあるけれど夜間の赤外線撮影と距離的にも10mを越える条件下では役立つ映像が撮影できるかどうか心もとない。シカやイノシシ、テンやアライグマのような哺乳動物なら楽なのだろうけれど撮影したところでどうと言う事も無し。さーて、苦労したカメラ取付架台と太陽光発電パネルの設置、トレイルカメラ本体の扱い、どうする⁉・・・。実はカメラを取り付けたフラワースタンドのもう片方、向こう側底面に見える木製直方体の物体はイソヒヨドリ用の巣箱なのだ。快適性で勝るはずで使ってくれると思っていたのだが今期も目もくれなかった。ここの中で営巣してくれれば巣内カメラを購入するつもりだったけれど頓挫中。人生、宝くじも当たらないし姥捨て山の孤爺だし、我が周囲に前向きの兆しはひとつとて無し。これって前世のなんの因果かいなあ。

  さて11日、修理に出したカメラが戻ってきた。PCと接続できなかった理由はソーラパネル充電用のコードだったのだが説明書にはどれがどのコードなのかの説明がないので素人には判るはずもない。どのメーカーもコスト削減のために説明書を簡略化する傾向があるし、スマホを例にとればネットで閲覧できるタイプは100ページもあったりするから理解はするけれど今回のトレイルカメラの取説は省略し過ぎに感じた。それはともかくPCと繋がせるために四苦八苦したのだが画像をファイルしてもブログ画面に取り込めないのだ。

 動画だからと予想はしても色々と登録するのもリスクがあるし面倒で、とりあえずはカメラでPCモニター上の部分を切り取ってみた。画質は下がるがイソヒヨドリのオスメスの区別はつく。しかしこれは修理前の画像なので給餌体勢でもなさそう、ましてや運び込む餌の種類は判明しないだろうなと少々ヤケッパチだ。とりあえずは数日はそのままにして様子見である。一応、スマホとの連携が済んだので毎回外さなくても画像のチェックは出来るはずなのだが我が人生、何処に石っころが転がっているか判らんから、はたしてどうだかまあ、台所にも芋の煮っころがしがあるしなぁ・・。

 

 

 

 


バンビーノ通信

2024-02-29 | 感じるままの回り道

 この日、夜半まで降雨でフイールドは濡れているから出かけるのは止めて久しぶりにバンビーノガーデンに行ってみた。半年ぶりくらいになるだろうか。小生、生まれも育ちも由緒正しき雅な南魚沼の米作水飲み百姓が出自であるにもかかわらず農作業にはとんと興味が湧かない。既に出来上がった体系を踏襲するだけでは面白くも無いのだ。フイールド作業は年年歳歳定型作業はあるけれど作物では無いのでその場その場での対応が必要でここが面白いのである。目的は「生物生産型の森づくり・環境保全」なのだが、ある意味「創出・創成」的部分が大きい。ここに「他をもって代えがたし」の面白味と魅力があるのだが実態は自転車操業・水商売。まあ、丁稚で追い回しと言う処が妥当だろう。

 ウダはそのくらいにして出かけた理由はテーブルの再塗装であった。従前、出かけた折りに白く塗装した皮膜が剥がれて天板の腐食が始っている。最初の油性塗料の上に水性塗料を塗付したので皮膜の耐久性が損なわれてしまった。そこで今回、フイールドで柵の再生作業で使った油性塗料の残りで仕上げに行ったのである。缶詰の空き缶にスチールたわしを入れて、これで表面の皮膜残渣を取り除いた。電動工具があれば造作もない作業だけれど文明の利器は持っていないのであった。この被膜取り、ワイヤーブラシより肌を傷めないしサンドペーパーより簡単で安上がりだ。

 塗装は念入りに木地に吸収される部分には何度も塗装を重ねて大小のテーブルの塗装を終えた。これで数年は持つはずである。乾燥して出来上がりが気になるところなれど、そのうち出かける機会もあるだろう。


タイアザミは避けている・・・

2024-02-22 | 感じるままの回り道

 一時期、豚熱の流行で威之志士様の跋扈蹂躙は影を潜めていたもののこの頃は復活してしまい従前より広範囲に地面を掘り返すようになっている。きっとしぶとく生き残った家系なので繁殖力も旺盛なのだろう。しかしながら農地では無いので跋扈蹂躙から守るべき手立てがない。弱い定植したての草本や木本は周囲に竹酢液を噴霧して「気分防御」しているのだが、広範囲に出来る事でも無いし費用も掛かる。

 そこで昨秋末、刈り取ったタイアザミを掘り返しの激しい一画に伏せておいたのだがその部分だけいっこうに触れた痕跡がない。タイアザミから外れたところは掘り返しがあるのにである。これだけで結論を言うには早いけれど、少なくとも鼻面にチクチクして場合によっては突き刺さる棘が嫌なのだろうとは想像がつく。タイアザミの棘はノイバラの棘より小さく弱いけれど細かさが優位に立って軟らかい皮膚に刺さると取り除き難い。そんな事で鼻面で押しのけるのさえ「遠慮します!」と跋扈蹂躙罷り通る威之志士様ではあるが意外に繊細なのだと思ったのである。

     


トッポギ初食!

2024-02-16 | 感じるままの回り道

 スーパーの棚にトッポギがあった。チーズベースと標準ベースの二種類並んでいたのだが迷うことなく標準ベースを選ぶ。自動録画されていた韓国時代劇を御腰痛い痛い病で自宅軟禁中、暇つぶしに視聴していたらこれが意外に面白い。中身はたわいも無いけれど子どもにも十分視聴させられる作りだった。日本製のテレビドラマは全く見ることは無い。見なくてもお決まり通りの泣き喚き角突き合いの構成だから敢て見る程のことは無いのだ。この激した感情や行動でしか演出や演技が構成できないのだとしたらお先真っ暗で芸術性など皆無になる。深夜放送で誰だか言っていた「笑顔を引き出したり笑わせる事は一番難しい」けだしその通り。陽出ずる国の電影、文化果つ・・・。

 さて閑話休題、ドラマ現代版では屋台や食卓に出て来るトッポギと言う食べ物。「トッポギとは何ぞや⁉」と関心を持って調べたらいわゆる餅料理の範疇だった。小生の関心は外食で食べるトッポギでは無くて時代劇に出て来る串刺しの焼きご飯、いわゆる「キリタンポ風か五平餅」の類似と分析して自作は生姜味噌で食べたのが1月の事。その後、ようやく本物に出会えたのだから買わずばなるまい、喰わねばなるまい。

 説明書通りにチンして出来上がり。主食の量とすれば少ないけれどスープと発酵惣菜を添えて実食してみた。食感は餅風だけど棚にある餅を短冊にして加熱すれば崩れてしまうから餅では作れない。やはりご飯を半殺しで無ければならないようだ。でもしかし、この実食で思ったのは「ご飯を半殺しにして焼いた」物の方が断然美味しいと言う事である。商品として綺麗な出来上がりでも美味しさを呈している訳でも無く、おこげの香ばしさは永遠であることが理解できた。

 少年時代は敢て釜底のおこげを盛ったものだったが電気炊飯器になってからはおこげは夢のまた夢であるものの中東向けの商品にはおこげの出来る炊飯器があるのだとか。購入できるなら購入したいもんだわ。で、渦中と言うかドラマの中の少年は何時もおこげを入れた袋を腰に下げていた。ドラマ作りも共感や微笑み、はてまた大笑い出来るものが欲しい小生である。


*日々是好日

2024-02-09 | 感じるままの回り道

         山の日はヒタキ迎えてまた送り

         冴ゆる谷地やまの端木立朝日抜く

         遠山に風花の雲辰の年

         氷盤の下に卵塊寒の内

         暁や霜夜と知れり明け三日

         腰痛や痛や痛やで寒は明け

         


行きはよいよい帰りはつらい…

2024-02-03 | 感じるままの回り道

 寒い季節もあって無理がたたった事もあったろう、腰痛で1月は棒に振ってしまった。とは言え自分なりの回復努力はしていたのである。まあ、思う様な効果が無かったと言えばなかったのだが・・・。

 立ち居振る舞いで痛みが出る状態であったものの「安静」を要する程でも無く、かといって座姿勢を続けると痛みが増すから結局は自宅軟禁徘徊日課、のようなもんだった。小学5年、6年生の当時は担任と戦闘状態でしばしば廊下で、時には職員室で立たされていたのだが職員室を抜け出しても居残っていた先生たちはニヤニヤするだけで無干渉だった。まあ、鑑賞に堪えるような餓鬼では無かったのであろう。さて閑話休題、それはともかく自宅で立ちんぼ中だから客引きでもして小遣い稼ぎしたくても通行人は居らん。仕方なしにストレッチや腰痛体操、お台所に立つ事になる。辞書を開いたら「お台所」とは元々は「男台所」であって大和男の領分だったそうな。これは四月一日用・・・。

 さて腰痛に難儀していたその初めの頃は「静的平衡」を心掛けていた、とも言えるがそれはあくまで攻めではなく守りの姿勢である。籠城が長引けば衰えも忍び寄る。そこで攻めに転じた訳なのだが初っ端からフイールド作業では大きく過ちを犯してしまう。そこで「動的平衡」を繋ぎに入れてみた。早く言えばこの場合は「しっかり歩き」で、二本ストックで歩こうかとも思ったのだが、まずは着の身着のまま、万歩計だけ装着して近くの土手、右堤左堤を往復コースにして歩いたのだ。ところどころに橋があるから歩程の目印になる。

 3000歩程度まで歩くと背中も汗ばみ臀部の不快感も消えてくれるし腰回りの痛みも和らぐ感じもして「効果あり」を実感した。この日は前日より気温が10℃も低下して寒い1日となったものの下流の街道筋まで歩きながら橋ごとの歩程を確認した。結局、総歩数は7300歩あまり、これを1時間で達成したのだから通常の散歩よりは大股で早い歩きである。さすがに帰路の後半は「まだ先なのだ…」と気も滅入る気分になったけれど昼の粗食は美味しかった。


*澄むと濁るの違いにて

2024-01-30 | 感じるままの回り道

          アカハタは赤肌見せて船の上

          悪女とは悪所ばかりじゃなかったわい

          悪しカラス頭下げ下げ悪しからず

          あしたから足駄を履ける中学生

          明日刈ると鎌を預かる暮六つ

          人溢れ今日も仕事にあぶれたり

          甘酢漬けそんな出来では余すすけ        


ハリガネムシ、大漁でもねえー

2024-01-08 | 感じるままの回り道

 4日、自宅でソーイング中にSさんから「ハリガネムシがいる」とお誘いがあったので出かけた。トンボ池を覗き込めば見慣れた太いハリガネムシでは無くて細くて長いのが水底に見える。長さは40cmを越えている。更に水底を見渡すと数匹が見えたから容器を取りに戻り池内で採取してみた。太い種は1匹もおらず細長い個体ばかりだった。この形態のハリガネムシは初めて観察した。通常はカマキリの生息期間内で発見する事ばかりで、今回のように冬の真っただ中で見るのも初めてである。

 ハリガネムシに種類があるかどうかは知らないけれど夏場に見る太く短い個体とはあからさまに異なる姿だ。池の底から拾い上げた数は10匹はあっただろうか。後から数を数えようとしても絡まってしまい数など数えられる状態では無かった。撮影して池に戻し1件落着す。祖父母、父母らの子ども時代には回虫などのいわゆる虫塊を観る機会があったと記憶しているが写真のような塊だったのだろうか…。小生の小学生の頃はマッチ箱に検体を入れて提出したものだったけれど最近は学校での検便は実施していないのだそうな。

 一説には「寄生虫が排斥された結果、免疫暴走が始りアレルギーが増加した」という説もあり、その書物には「東南アジアの流域に住む子どもたちは糞尿を流れる川で水浴びしているがアレルギー患者はいない」という指摘もあったり、ドイツでの研究でも家畜と同居している農家の子ども等にはアレルギー発症は少ない」との指摘もある。小生も家畜同居群だけれどなんでも喰えるのは家畜様のお蔭か⁉、それとも喰えるのは何でも喰わなければ空きっ腹になってしまう貧乏のお蔭なのだろうか⁉。老いたベルテルは今日も悩むのだった「そうなのか⁉、そうでないのか⁉」。この疑問、若きベルテルの時代からの難問で、だから若禿げの人生でもあったのだろう。思考があまりにもインテリジェンスで持続させると毛根は衰退するらしい・・・。そうなのか、そうでないのか、疑問の泉は尽きる事が無いわい。仮説だけれど「あまりにも脳内でエネルギーを消費すると頭頂部まで栄養が届かない」と実体験として想えてきた。


**深川どぶ板長屋店子初夢之惨照

2024-01-05 | 感じるままの回り道

   孫子を搾取先取り喜々と手足喰いゆく蛸の民 ハアコリャコリャ

   ふところ痛まぬ国債増々半分飴玉あとぽっぽ ハアコリャコリャ

   海の向こうは戦禍に災禍代官越後屋喜々の国 ハアコリャコリャ

   まつりごとには君子は居らぬ吸血動物極楽園 ハアコリャコリャ

   開けパーティー立法腐員ヘビ舌猫撫で手前膳 ハアコリャコリャ

   立法するのは己のために情け余のため立法腐 ハアコリャコリャ

   夢も見れないその日の暮らし一無事二あし三寄る辺 ハアコリャコリャ

   除衆除衆と戦車は進む除衆つぎつぎ弾の的 ハアコリャコリャ

   陰漢統領湿漢統領ゲヘナの蛇蝎その所業 ハアコリャコリャ

   戦禍に災禍この世の地獄浮世ためいき年の明け ハアコリャコリャ

   


ミツマタの蕾

2024-01-02 | 感じるままの回り道

 暮も押し詰まった晦日、年内最後の水見回りをしてきた。インフルエンザやコロナでは無かったものの月半ばから鼻汁と咳に悩まされて10日ほどフイールドへの出勤は休んでのブラブラ病だ。溜まりに溜まった役所での窓口手続きに振り回された結果だと信じて疑わない。何を隠そう、小生は斯様なストレスには皆目弱いのだった。

 それはともかく数年前に挿し穂を取り密閉挿しから育てて定植したミツマタに蕾がついている。「漸くここまでになったか…」と安堵もするけれどまだまだ予断は許されない幼樹である。丈は40cmほどには成長しているがまだまだ周囲の草勢に負ける大きさでせめて樹高1m越えともならなければ安心が出来ない。ミツマタは二本存在していたのだが下草刈りの時に切り取られて復活せず、立ち入り難い場所にあった1本だけが命脈を保っていた。母樹1本だけでは先々心細いので挿し穂を取り数を増やしたのである。

 さて、これらのミツマタ、早春に開花してくれるけれど蜜源としての効用があるのかどうか小生は知らないが多少とも蜜源になるようなら成虫越冬するチョウ類には多少は飢えを凌ぐ助けにはなるのかならないのか、どうなのだろう…。このミツマタ、生まれながらにして先祖代々ミツマタで通っている。現代ならさしずめ「セクハラまがいの行為」と断じられる恐れのある呼称だけれど人生二股も出来なかった小生にとってはまことに羨ましい名前なのである。

 姥捨て山から世間に目を転ずれば、どう見たってミツマタなのに「知らぬ存ぜぬ」、どう見たって不正なのに「差し替えました」や「秘書が、秘書が」なんて輩が多すぎる。それに引き換え灌木になるであろうこのミツマタ、そう言われつつも寒風吹きすさぶ中で開花する。ミツマタと呼ばれようと「天知る地知る。我に恥無し」という処なのだろうか。まっこと漢木である。山に入るようになってからミツマタとコウゾを空き地で育て和紙を作ってみる算段もしたのだけれど、そのための手間が惜しくて頓挫した。まあ、せめてもの償いでもあるが、ちなみにコウゾは鳥がばら撒く糞で増える厄介者でもあった。


赤い花なら曼殊沙華

2023-12-17 | 感じるままの回り道

 「赤い花なら曼殊沙華 オランダ屋敷に雨が降る・・・」なんて歌謡曲があるが自宅前の道路はドウダンツツジの落葉で酷い有様になった。雨風の一夜が去った後は通りを隔てた住宅前まで紅葉模様なのだった。こうなると掃除をしない訳にはいかず竹箒で路面清掃となって姥捨て山はお休みの手太楽だ。早めに清掃しないとご近所様の手を煩わせる事になってしまう。

 小生的には路面に紅葉が散っているのを「汚い」とか「煩わしい」とか感じる感覚は無いのだが世間一般のご近所付き合いではそう考えるのは邪道でもあろう。かくしてザーザーと掃き集めた落ち葉はそのまま庭に放り込む。ゴミではなく土を良くする資源であるからだ。とは言え毎年、落ち葉を庭に戻していても土質が改善された兆候を感じる事も無く幾星霜、そうまあ、幾清掃続けているのだわい。

     


今朝は朝露ビッショリ

2023-12-09 | 感じるままの回り道

 師走ともなればフイールド到着は9時近くになる。夏時間より1時間は遅いけれどそれなりの理由があって、作業場所のほとんどが日照が届かなくなることもあり気温が低かったり朝露で濡れているからなのだ。昔々、週刊誌だったか「濡れにぞ濡れし」とか言う連載があったけれどまだ中学生だった小生には読む事は憚られたのだった。

 この朝のフイールドは朝露ビッショリでまさしく「濡れにぞ濡れし」を眼前一望のもと、晒していた。だからこそ日陰の植生部には入らずとも眺めれば地味なものの結構美しい風景でもある。朝露をビッショリと付けているのはチゴザサだったか名前が出てこない昨今では断定も出来ないのだが風景を楽しむだけなら名前など野暮である。通りすがりに美人だからとて「君の名は?」なんてセクハラまがいだし美人ではないと思われた側からはそれまた問題が生ずる。まあ、姥捨て山の草本・木本相手なら気兼ねは無い。

 ロシア民謡の一節「朝露踏んで 牛を追っていたら 森の中から熊が出た云々」は少年期にソノシートで覚えた歌だが近年は街中にも熊が出没する。平たく言えば野生動物も文明開化の時代になったのだろう。近々、九州・四国地方にも熊が海を泳いで生活圏を広げそうだというニュースがあったが、生き物である限りフロンティア精神にあふれた先駆者は必ずいる一方で絶滅への道程を辿るしかない生物もいる。しかしなあ永田町界隈の動物は威之志士様の跋扈蹂躙より手に負えない絶滅には程遠い獣たちであることよ。「嘘つきは泥棒の始まり」とか「恥を知る」なんてしつけは無かった獣なのだろう。強いて言えば、なあなあ仕立ての脚本とセットで嘘ッ腐物語の三文芝居が生活の糧かあ。世の中には太平安楽の場所もあるのだった。


初霜・初結氷

2023-12-04 | 感じるままの回り道

 朝の気象情報で最低気温が2.8℃となっている。3℃程度まで下がると降霜の頃合いになったと言えるので期待してフイールドに向かったのだ。「ただ一面に降り降りた…」降霜でも無かったけれど初霜日となった。今期はどういう訳か「朝露びっしょり」の日々が無くていきなり降霜なのでやはり雨量も少なく乾燥していたのだろうと妄想は老いる事無く逞しい。

 上の池の護岸保全がジョレンの先が抜け落ちたため途中撤退しケリをつけていなかったので直したジョレンを携え棚田部を通り過ぎようとしつつ「夜間、鴨の飛来はなかったのう」と独り言ちして水面を見たら放射状のきらめき線が見えるではないか。初霜だったし「もしや⁉」ととばかり立ち寄って手を伸ばして触ってみたら紛れもなく氷であった。初結氷と初霜が同日に観測されるのは珍しいともいえるのだが不思議な事は他の水面には氷結が観られなかった事である。微妙な環境差異の故だろうと妄想邪推したけれど真のところは不明なのだった。「隣の芝生は云々」の諺があるけれど「隣の水域は結氷無し」とはこれいかに・・・。