四人が選んだのは、地元で人気の料理店だった。
夜には酒の注文も増え、毎夜賑わいをみせるのだ。
白っぽい石造りの建屋に、掠れた緑色の扉が付いているが、それは開け放たれていた。
入り口近い木のテーブルに、オグとムンが扉を向く形で四人が座る。
客達がセランの美貌に度肝を抜かれたり、ルージュサンの華麗さに見惚れたりしていたが、ムンとオグももう慣れて、気にも止めない。
《ここは蒸し饅頭が看板料理です。ふかふかでキメの揃った皮に、美味しい餡がたっぷりと入っていて、種類も豊富です。大きさも女性の掌に余る程です》
ルージュサンに言われ、オグとムンが周りのテーブルを見回した。
確かに何人もの客達が、大きな饅頭にかぶりついている。
オグが入口の方に向き直り、壁のメニューをサス語にして、ムンに聞かせ始めた。
全てを読み上げる前に、頬を紅く染めた若い女が、注文を取りに来た。
《難しい》
オグの呟きにムンも同意する。
《では、饅頭を全種類頼んで、お二人で分けてはいかがですか?それと、蒸し上がるまで皆で二、三品。余されましたら私が引き受けます》
ルージュサンが二人に提案した。
《僕達もそうしない?》
目顔で同意し、ルージュサンが注文する。
「饅頭を全部二つづつ下さい。根野菜の酢漬けと、潰した豆のサラダは大皿で、そして濃い目のお茶を四人分お願いします」
店員が困り顔になる。
「うちの饅頭は十二種類あって、とても大きいです。無理です」
「そのお客さんなら大丈夫!いくらでも受けて!」
厨房から太い声が飛んだ。
「お久しぶりです。お元気そうて良かった!」
店主が覗かせたのは、丸い頬と半月の口だ。
「ご無沙汰しています。相変わらずのご盛況ですね」
ルージュサンが返した笑顔は、金色に煌めくようだ。
店主は少し眩しげに、それを受け止める。
「とんでもなく美男の学者さんと結婚したって噂だけど、その方ですか?」
「はい!そうです」
セランが手を上げて答えた。
「僕がルージュサンの夫!とんでもなく美男の学者です」
乾ききらない銀髪が、肩にまとわりつく。
それでもカラッとしたその笑顔は、全ての色を含んだ、透明な光を撒き散らしている。
「噂通りの美しさですね。実にお似合いです」
「そうでしょうそうでしょう。僕はこのルージュサンに選ばれたただ一人の男、僕が知る限り、世界一の男なのですから」
セランが立ち上がって、右手で胸を叩いた。
店主は一瞬表情を失くしたが、すぐに立ち直る。
「お祝いの気持ちも饅頭に包ませて頂きます」
そう言って顔を引っ込めた。
「嬉しいなあ。ルージュのお陰だ」
にこにこと椅子に座ったセランが、身を乗り出してオグの手を掴んだ。
「『お祝いの味』がどんなのか知りたいから、半分交換してくれない?」
その声を聞いた者達がセランを見る。
オグはセランをまじまじと見つめた。
セランは真顔だ。
オグが念のためルージュサンに聞いた。
「あんたは、いいのか?」
「私は何度も頂いているので判ります。有難う」
ルージュサンが微笑んだ。
「分かるのかっ?」
オグの目と声が大きくなる。
ルージュサンは悪戯っぽく見つめ返しただけだ。
オグが口を引き結んだ。
その顔は赤く、頬も少し膨らんでいる。
ムンの肩が細かく揺れた。
それはすぐにくっ、くっ、くっ、という笑いに変わる。
次はルージュサンだった。
遠慮なく大口を開け、愉快そうに腹から笑う。
ルージュサンから放たれた笑いの波動が、熱を帯びて周囲を呑み込んでいく。
先ずはセランと隣のテーブルの男が、そして後ろの席の女達、そのまた隣の五人連れへと、笑いは伝播していった。
それは理由も知らない客達にも及んで、店中が笑いに包まれる。
その波が引くと、斜向かいの男が立ち上がった。
三色の丸い帽子を被って、鼻の下には巻き貝の様な髭が二つ、並んでいる。
ルージュサン達のテーブルを覗き込み、陶器の瓶を真ん中に置いた。
「飲んでくれ。あんた達は愉快だ」
三人が口々に礼を言う。
一人仏頂面のオグの肩を、貝髭の男が軽く叩いた。
「あんた幸せ者だよ、こんな連れがいるなんて」
オグが横目でじろりと見たが、貝髭男は構わず続ける。
「気楽に構えて任せときゃいいのさ。全部いいようになる」
「あんたに何が分かる」
オグが噛みつくように言った。
「分かるさ。あんたはこの中で一番年下で、他の三人はかなりタフだ。あんたの場所は決まってるんだよ。その場所にいるのは甘えなんかじゃない。役割分担というものさ」
オグがあからさまにそっぽを向く。
そこに大きなトレーが運ばれてきた。
「お茶と酢漬けとサラダ、それと店主からお祝いのお酒です」
手際よく並べると、感謝の言葉と伝言を持ってすぐ戻る。
「では、貴方も」
ルージュサンが貝髭男のカッブに、酒をなみなみと注いだ。
つぎにムン、オグ、セラン、そして自分だ。
度数が低く、スパイスや果物で風味付けした透明な美しい酒だ。
貝髭男が乾杯の音頭をとると、数人の客が杯を掲げ、オグも仕方なく調子を合わせる。
酢漬けは体の淀みを取るようで、サラダの豆は滑らかに濾してあり、喉に優しい。
次第に気持ちが落ち着いて、再びサラダに伸ばした手を、オグが不意に止めた。
ムンも目を上げ、オグを見る。
《夕陽を見てくる》
オグが早足で出口に向かった。
《料理より夕陽、なんだ。意外だなあ》
セランがのんびり言う横で、ルージュサンがサラダをオグの皿に取り分ける。
《そうですね。どう思われますか?ムンさん》
《少し、いつもは違う》
《そうなんですか。お酒をもう少しいかがですか?》
《気にするな》
「ご結婚はいつされたんですか?」
オグが座っていた椅子の辺りに
、二人連れの女が斜めに並んだ。
「六年になります。それでも祝って頂けるのは嬉しいです」
セランの微笑みに、女達の目が潤む。
「なあ、どこに行くんだ?」
ストールを巻いた若い男も、カッブを持って寄ってくる。
「『エクリュ村』はご存知ですか?」
答えたのはセランで、カッブに酒を注いだのはルージュサンだ。
男は首を傾げた。
「いや、どこにあるんだ?」
「北だよ。サス国の西の外れだ」
他のテーブルから年嵩の男が答える。
ルージュサンが酒を大きな瓶で頼み、店は三人を囲んで、立食パーティーさながらの様相を呈していく。
蒸かしたての饅頭が運ばれて、セランが腰を浮かした。
《オグさんを呼んで来る》
ムンが顔を上げてセランを見る。
《ずっと四人でいたんです。少し一人にさせてあげましょう》
ルージュサンがセランの右手の上に、左手を置いた。