ダリアの元に、フレイアから使いがあった。
まだ服も着替えていない早朝だ。
例の件が無事片付いたので、王の私室で会おうという。
これで二月ぶりに、ぐっすり眠れるに違いない。
忌々しく思っていた鳥の声も、急に爽やかに感じられる。
それにしても何故、王の私室なのだろう。
朝食を終え、王の元へ向かったダリアは驚いた。
開けられた部屋の中央には王、右にはフレイアとナザル。これは分かる。
けれど、左に立つ精悍な女と、とんでもなく美しい男は誰だろう。
女はフレイアに良く似ている・・・まさか。
「お前は、フレイアの!?」
「初めまして王妃様。私はルージュサン=ガーラント。フィリア=アダロンの娘です」
ルージュサンが一礼する。
「フレイア。どういうことです?」
ダリアがフレイアを見た。
「私がお呼びしたのです。そろそろ姉上の立場を、はっきりさせた方が良いかと」
「だからといって、何故私と会わせるのです。フレイアの身代わりに、人質に差し出そうとした私に」
「あり得る策です。前王が決めたことですし、王妃様に責任はございません。お気になさらず」
ルージュサンがさばさばと言った。
ダリアがその顔をまじまじと見る。
怒りに任せて動いたものの、酷いことをしたと思った。
慣れない苦労をしながらフィリアが築いた、細やかな幸せさえ奪ってしまったのだ。
申し訳なさに、父母を避け続けた。
デザントも十年近く、よそよそしかったではないか。
なのに、当人は。
ルージュサンが微笑んだ。
「私は母は今、幸せです。それで十分ではありませんか?」
ダリアの肩から踵まで、すうっと力が抜けた。
デザントが駆け寄り、その背中に手を回す。
ルージュサンが片眉を上げた。
「さて、私がここに来たのは、フレイア殿から『王妃の不貞の証拠がダコタ殿下に渡った』と、手紙を頂いたからです」
ダリアの顔から血の気が引いた。
「大丈夫。殿下は昔からご存知です」
デザントが軽く背中を叩いた。
そうか、この手だ。
この手は全てを分かった上で、私に触れていた。
温かく触れ、長い時間を過ごしてきた。
赦しはとうにあったのだ。
その上に積み上げられた、確かな交感。
ダリアはデザントを見つめ、その胴に両腕を回した。
ルージュサンは、全てを公にすれば良いと言った。
『直系王族の求愛を拒めない』規則を楯にして、王妃を守れる、と。
その上でデュエールの王位継承権を復活させれば、ラウルが王になれるとも。
ラウルが傷付くとの心配も一蹴した。
快刀乱麻だった。
王の部屋を出、楽しい話でもしようと、フレイアはルージュサンを自室に誘った。
どちらからともなく、見つめ合う。
フレイアは染々と、姉と自分を比べた。
そっくりな赤い縮れ毛、良く似た顔立ち。
けれどもルージュサンの凛々しさは、自分には無い。
バシューを王座に着けるには、まず自分が女王になるしかない。
そう心に決めて、努めてきた。男勝りと言われる程に。
けれどそれは、なんと中途半端なものだったのか。
その上、無駄であったとは。
「ずっと、耐えてきたのですね」
ルージュサンがゆったりと微笑んだ。
慈愛に満ちた聖母のようなその眼差し。
「貴女は長い、長い間、その重さに耐え、大変な役割を全力で果たしてきた。たった十歳の時から。だからこそ、この解決があったのです。どんなに大変なことだったでしょう。なんと健気な」
ルージュサンがフレイアの両肩に腕を回した。
「有難う。もう大丈夫ですよ。荷を下ろして良いのです。ゆっくりと休んで下さい。可愛い、可愛い、私の妹」
フレイアの目に涙が滲み、溢れ出した。いつまでも止まらない。
困るフレイアに、
「二十五年分です」
ルージュサンが言い訳をくれた。
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