フレイアは、ルージュサンに手紙を出すことにした。
王妃の不貞の証拠がダコタに渡った、と書いて使者に託すのだ。
姉が居ること自体は、ダコタも気付いているはずだ。そちらに注意が向くように、目立つ馬車で発たせよう。
姉は時間を惜しみ、海路を選ぶだろうから、密かに船を押さえて見張りを付けるのだ。
姉とは何度も、書簡を交わした。
その評判も耳に入っている。
彼女ならきっと、秘密裏に上手く処理してくれるだろう。
いい加減、彼女の立場もはっきりさせておくべきだ。
一石二鳥だ。
フレイアは一人、頷いた。
見張りのナザルから来た最初の連絡は、ルージュサンが予想通り船に乗ったというものだった。
向こうから近付き、同行することになったという。
想定外だったのは、男の道連れがいたことだった。
二度目の知らせは、金狼と恐れられていた野犬を捕らえ、峠の山賊がカナライ側に出ないようにしたとのものだった。
ルージュサンと連れが都に着いてからは、見張りをメディに替えた。
その日、二人は観光がてら、王室の評判を聞き回っていたとのことだった。
二人は朝から、蹴鞠大会に出場。
ルージュサンは優勝し、祝勝会では、ダコタの一人息子フォッグと接触。
宿に帰るのを見届けて、今日は終わりだろう。
メディは半ば安堵しながら、二人の後を付けた。
推測通り、小路を左に曲がる。
少し間を置いて覗き見ると、ルージュサンの姿が無かった。
慌てて辺りを見渡すと、後ろから声を掛けられた。
「今晩は」
ぎょっとして振り返ると、ルージュサンが微笑んでいた。
「今晩は。ご旅行の方ですか?」
平静を装い、メディが返す。
「いえ、野暮用で。伝言を頼みたいのですが、念の為、身分証を見せて下さいませんか?」
気付かれたのだ。
メディが身を翻す。
その左手を捕まれ、捻じ上げられた。
「手間を省きたいのです。ご協力頂けませんか?」
言葉と行動が不一致だ。
「失礼致します」
そう言って懐をまさぐられた。
フレイア王女の印が打たれた、身分証を確認される。
「間違いありませんね。メディ=セーロさん。王女にお伝え下さい。明日の午後、ダコタ殿下の屋敷に伺うので、紫色の煙が上がったら、私が襲われる現場を押さえてください、と」
「いつから気付いておられたのですか?」
メディの口調に悔しさが滲む。
「大丈夫です。これもきっと、折り込み済みですよ。安心してお伝え下さい。逆にもし、隠そうとなされば、ことは重大です」
ゆったりとした微笑みにも、圧倒的な強制力を忍ばせることが出来るのだ、とメディは知った。
夕刻からフレイアは、近くの民家で待機していた。
先発隊のナザルとセラン、十二人の私兵も一緒だ。
日が落ち切って、明るい月が東の空を飾っている。
その右には、赤い星だ。
上手くいくだろうか?。
じりじりと、待つ。
やっと煙が上がった。
三人で駆け付ける。
「開門っ!!開門~っ!!」
ナザルが声を張る。
続けた警告にも回答が無い。
ナザルとセランが鉄柵をよじ登り、閂を外した。
素早く庭に駆け込む。
ならず者達の向こうに、赤毛の女の姿が見えた。
背筋が伸び、無駄な力が入っていない。
立ち姿が雄弁だ。
迷わず声を掛ける。
「お待たせしました。姉上」
「会うのは初めてですね。妹殿」
二人の予想通り、ダコタは四人を殺そうとした。
ナザルは鞘付きの剣をふるい、セランは吹き矢を構える。
ルージュサンは、素手で相手を倒していく。
フレイアは見惚れた。
無駄の無い動きとは、こんなにも美しいものなのだろうか。
瞬く間に捕り物は終わった。
ルージュサンは、ダコタの本当の思いを看破し、フォッグの望みも解放した。
全てが思い通りに進んだのだ。
けれどもフレイアには、浅い敗北感が残った。
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