「伯母さん。この前言った色の件、サキシアにおねがいしたいんだけど、いいかな?」
「それもいいけど、この娘は刺繍の腕もピカ一だよ。勿体なかないの?」
「サキシアは頭もピカ一なんだよ。その上、努力家だ」
「ふうん。なら、いいんじゃない?王宮で綺麗な布も、山程見ただろうし」
「じゃ、決まりね」
ギャンがサキシアに向き直った。
「この辺の染め物は、色が少ないし皆くすんでるんだ。だから明るい色の布は遠くから仕入れてて、値段も高くなる。俺はこの町で、沢山の色の布を作りたいんだ」
サキシアは昔の疑問を思い出した。
「ああ、だからだったのね。学校の女の子達の服は皆、色が綺麗で憧れてた」
サキシアの呟きに、ギャンが目を丸くした。
「えっ?全然そんな風に見えなかった。色は地味だけど、いつも素敵な刺繍が入った服を着て、誇らしげだったじゃないか」
「母が私の為に作った服だもの。それとは又、別よ。誰にも言えなかったけど」
「俺には言えるんだ」
ギャンが嬉しそうに鼻の穴を膨らませる。
「『今』だからよ。でも良い仕事ね。詳しく聞かせて」
サキシアが仕事の話を促した。
「おや、上手だねぇ。どこかでやってたの?」
大きな炭アイロンを操る手を止めずに、サキシアが答える。
「小さいのはよく使っていました。けれどこんなに大きいのは初めてです。メイさんは大変ですね。こんなに重いものを、一日中動かしているなんて」
「あんたこそ大変でしょ。家が遠いのに朝早く来て掃除して、まめに片付けもしてくれて。凄く助かってるよ」
「教えて頂いてるんですから当然です。役に立っているなら嬉しいです」
サキシアは布の染め方を学んでいた。
ギャンが謝礼を包み、取引先に頼んでくれたのだ。
迷惑がっていた職人達も、サキシアを徐々に受け入れてくれた。
筋が良いので意外と手間が掛からず、質問もタイミングを読むのでさほど邪魔にもならない。雑務は率先してこなすし、見事に片付けてくれた仕事場は、動きやすくなった。
仕事は楽になり、効率も上がったのだ。
おまけに、まめに作ってくる菓子も美味しい。
「本当に今月いっぱいなのかい?ずっといてくれりゃいいのに」
「親切な方が多くて、名残惜しいんですけど」
サキシアの本心だった。
ただ、主はいただけないと思った。
謝礼として、始めにそれなりの金額は渡してある。
けれども、それとは別に職人達にと頼んだ分を、配る気配が無いのだ。
サキシアは職人達には何も言わずに、お礼に渡すつもりのスカーフの生地を、少し高価なものに変えていた。
「ところでサキシア」
メイが声を低くした。
「『ちゃんと給金払ってるんだからこき使ってやれ』って、言われたんだけど、本当?どうも信じられなくて」
アイロンに炭を足す手を止めて、サキシアが目顔で驚いてみせる。
メイが深く頷いて、更に声をひそめた。
「そうだよね。あのケチンボが」
サキシアが思わず吹き出すと、メイも丸いお腹を揺らして笑い始める。
「二人で楽しそうじゃねぇか。俺も入れてくれ」
顎髭が濃い、中年男が寄ってきた。
乾いた布を乗せた台車を押している。
「そういやティグ、あんたも布を持ってきてくれるようになったね」
メイがからかうように言う。
「そうなんだよ。こっから染め上げ場の通路が、すっきりしちゃってさあ。洗って干したついでに、取り込んでこいっていうんだよ」
「通路が?」
「もちろん」
ティグがすまして顎を上げてみせる。
三人は一頻り笑ってから、其々の仕事に戻った。
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