ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーPの物語ー認識

2021-07-30 21:52:23 | 大人の童話
 工場で三月の実習を終えると、サキシアは自宅で作業を始めた。
 染めの工程は把握出来た。
 細かく刻んだ木の皮や、実や花を煮出した染め液で布を煮込み、触媒に浸した後、水で濯ぐのだ。
 分量や時間や回数、細かいコツも、メモしてある。
 サキシアが気になったのは、触媒だった。
 錆びた鉄を煮立てた酢水の、濃さを変えるだけなのだ。
 王宮で調度品を磨き上げる時も、様々な液体や粉を使った。
 材質や汚れによって、使い分けるのだ。
 選び誤ると、逆効果になることもある。
 サキシアはまず、他の金属を試すことにした。
 最初は銅だ。
 錆びた銅は既に、用意してある。
 竈の湯に木片を入れた時、ふいにメイの笑顔が浮かんだ。
 さばさばとした職人が多い職場だった。
 家柄で差別する者も、腫れ物に触るように扱う者もいなかった。
 王宮より遥かに居心地の良い、楽しい職場だったのだ。
 サキシアは苦笑して、首を横に振った。
 孤独には慣れているはすだ。
 サキシアは自分にそう言い聞かせ、手元に集中し、寂しさに蓋をした。

半月後、サキシアは仕立て屋にいた。
 初めての定期報告だ。
 早々に成果が出たので、意気揚々と扉を開ける。
 店にはギャンとアルム、店主のバスまで揃っていた。
「やあ、いらっしゃい」
 ギャンは遊びに来られたような気軽さだ。
「おはようございます。バスさん、アルムさん、ギャンさん。報告はどちらで」
「遠くて大変だっただろ?先ずは休んで。大丈夫。十日やそこらで結果が出るなんて思ってないよ」
 バスが先に、奥へと入った。
 そこは採寸所兼応接室になっている。
 その隣の部屋は、お針子達の作業場だ。
「そうだよ。お菓子も焼いたんだから。中入って」
 アルムがサキシアの手首を掴み、奥へと引いていく。
 サキシアが困りながら付いていくと、卓の真ん中に大きなパイが乗っていた。
「座って座って。美味しいんだよ。はい、どうぞ」
 そう言いながら、ギャンが一番大きな一切れを取って、サキシアの前に置いた。
「お茶ちょっと冷めちゃったけど、丁度いいね。ごくっといっちゃって。すぐ熱々のを淹れるから」
 アルムがお茶を注ぎながら言う。
「有難うございます。では、遠慮なく頂きます」
 サキシアはカップを持つと、香りを吸い込み、一口飲んだ。
「良い香りですね。喉もすっきりします」
 サキシアの頬が緩んだ。
「やっとちゃんと笑った」
 アルムがにんまりとした。
「いつも笑った顔まで堅苦しいんだから。もっと気楽にしていいんだよ」
「そうですか」
 サキシアは驚いた。
 仕事を変わって、随分肩の力が抜けたつもりだったからだ。
「申し訳ありません。以後気を付けます」
「ほら、そういうところだよ。あたしたちはあんたの母さんの知り合いで、ギャンの親なんだから」
アルムが片目をしかめてみせた。
「そうそう。こんな田舎のちっさい店で、畏まったって始まらない」
 バスも両眉を上げ、同意する。
「有難うございます」
 サキシアが照れたように話題を変えた。
「まず、見本を見て下さい」
 そう言いながら、皮袋から小さな布の束を取り出した。
 ピンク系と茶系、紅系に分け、が九枚づつ、左右と中央に置いていく。
 他の三人が揃って短く息を吸った。
「今までとは触媒を変えてみました。染料一種類につき九本づつ、染料と触媒の濃度を変えて、染めてみました」
「たった半月でねえ」
 アルムが溜め息をついた。
「工場で学ばせて頂いたお陰です。その間色々考えていました」
「ねっ、言ったでしょ?サキシアは頭も抜群で、その上努力家だって」
 顔を紅潮させて、ギャンが言う。
「たいしたもんだ」
 バスが唸った。

「お昼の前にどっか行こうよ。今日は市が立ってるよ?」
 ギャンが上機嫌でサキシアに尋ねた。
「そうね。折角だから覗いてみようかしら」
「じゃ、右だ」
 ギャンが先に歩き出す。
 歩みは遅いが、スキップと同等の軽やかさだ。
「初めてだね。デート」
 左を歩くサキシアを、嬉しそうにギャンが見つめる。
「えっ?そんなつもりじゃ」
 サキシアが眉をひそめる。
「解ってるって。伯父さんと伯母さんに言われたからでしょ。いいんだ、理由なんてどうでも。大事なのは、これから二人で遊んで、お昼を食べるってことだよ。次からの分も了解取ってあるから、覚悟しといてね」
 サキシアが力無く笑った。
「ところでギャンは、伯父さん伯母さんって呼ぶのに理由があるの?」
「ううん、別に。今までそう呼んでたからそのまま。変かな?」
「息子って言われてるんだから、合わせた方が良いように思うわ」
「そっか。そうだね。そうしてみる。気付かなかった。ありがと」
 機嫌よく話をしながら、ギャンがゆっくりと歩く。
 その歩調に合わせて、サキシアの足早に歩く癖が抜けていった。
「じゃあ・・・あれ?あれは何?」
 サキシアが広場の人だかりを指す。
「ん?何が発表されたんだろ。行ってみよう」
 高く掲げられた公示を見ようと、人が集まっているのだ。
 近づくにつれすれ違う人が増え、会話の端々が耳に入ってくる。
ー新国王ー
ーダコタ様がー
 他にも王族の名が、いくつも上がっていた。
 群衆に混じり、少しづつ前に進むと、群れから出ようとしていた癖毛の男が、ギャンを認めた。
「ギャン、もう見たか?」
「ううん。まだ」
「ラウル王子は、昔亡くなったデュエール様の子供なんだってさ。そしてデュエール様の王位継承権を復活させるから、王になるんだって」
「ええっ?王妃様が不貞してたってこと?」
 ギャンの目が真ん丸になる。
「うん。でも貴族の姫は王族の直系を拒めないって決まりがあるから、いいんだそうだ。まあ、王様も外に女の子がいたっていうから、なんかな。で、その姫とフレイア姫を殺そうとした罪で、ダコタ様とフォッグ様が王族追放。んで、フレイア姫がサス国に嫁ぐんだって。ま、そんなとこだ」
「苦しい言い訳。誰の入れ知恵よ」
 サキシアが吐き捨てるように言う。
 それは小さな声だったが、ギャンはぎょっとしてサキシアを見た。
 その動きを追って、男がサキシアに気付いた。
「あれ?『青のサキシア』さん?」
「そうですが」
 久しぶりにそう呼ばれ、サキシアが不審顔になる。
「俺、トーマといいます。覚えてないと思うけど、学校で一個下だったんです。青いバッチ沢山着けて、いっつも真っ直ぐ前向いて歩いてて。とっても格好良かったんですよね」
「そう見えたんですか」
 自分の孤独と意地が、思いもよらない捉え方をされていたことに、サキシアは面食らった。
「うん。それでギャンも夢中だったんだ」
 トーマがギャンに視線を移した。
「二十年越しで実らせたんだね。凄いねギャン」
 ギャンが左手を顔の前で振った。
「ううん。そうなるように頑張ってるとこなんだ」
「じゃあ邪魔者は去るよ。サキシアさん、ギャンをよろしく」
 トーマが手を振って遠ざかると、ギャンが真顔になって、聞いた。
「宮廷で、何があったの?」
 一瞬の間があった。
「私が迂闊に信じた過ぎたの。もうみんな過去のこと」 
 サキシアはもう、いつものサキシアだった。




最新の画像もっと見る

コメントを投稿