ファナは可愛かった。
実際、サキシアは目の中に中指を入れられたが、痛むどころかファナが手を伸ばせたことを喜んだ。
鳥達は子守唄を覚えてあやしてくれるし、ギャンも家にいれば世話をする。
アルムも時間を作ってはやって来て、手伝ってくれる。
それでもサキシアは、頻繁にファナに困らせられたが、堪らない愛しさが、際限なく込み上げてくるのだ。
おむつを洗うことさえ、嬉しかった。
中でも乳をやる時間は至福だ。
大きな力に満たされるような、包み込まれるような、不思議な感覚だ。
サキシアは、ファナを可愛がるすべての者に感謝し、連帯感を強めた。
中でもファナを授けてくれたギャンに対する愛情は、より一層深まった。
「うーん。やっぱり駄目だわ」
サキシアが台所で呟いた。
子供の預かり所は、店の近くの借家で半ば独立させ、ギャンとサキシアは工場担当になっていた。
サキシアは工場の賄いを作りながら、変わり織りの工夫を続けていたが、一つ、懸案があった。
それは『トゲトゲの』の葉と茎、、そして花の活用法だった。
何故かあまり色が出ず、全て肥料にするには惜しい。
サキシアは刺を丹念に擦り落とし、煮てみたが、あまりの渋さに口の中がしわしわになりそうだった。
何度も酢でアク抜きしても、効果はなく、重曹でも試してみたが、、さほど変わりは無かったのだ。
「あんまり頑張り過ぎないでね。家のことだけでも大変なのに、工場のお昼まで作ってるんだから」
ファナを抱きながら、ギャンが入って来た。
右肩にはピール、左肩にはぺルルが乗っている。
肩を補強したベストは、サキシアとお揃いだ。
「私が言い出したことだもの。近くにご飯屋さんもないし、工員の人達との接点になるし」
振り向きながらサキシアが答える。
「そういえばタオが喜んでた。落ち込んでたから、故郷のお菓子に励まされたって。分かってて出してあげたの?」
「あの辺りは魚の古漬けも有名なんだけど、二ヶ月は・・・あ、漬け物!」
サキシアが頷きながら小さく叫んだ。
肩に止まろうとしていたパールが、驚いて飛び上がる。
「漬け物がどうしたの?」
ギャンが上体を少し引いて尋ねる。
「味も変わるし、毒が消えることもあるのよ。次はそれを試すわ」
サキシアがにっこりと笑った。
夜中、ファナがぐずり出すと同時に、サキシアは目を覚ました。
こっそりと起き出して、ベビーベッドの足元に立つ。
月明かりで、手早くおむつを取り替えると、ファナを抱えてベッドに戻り、乳を含ませた。
至福の時間ではあるが、至福の睡魔も襲ってくる。
そのまま流れるように眠りに落ちた。
頃合いを見計らい、隣のベッドでギャンが起き上がった。
熟睡しているファナを抱き上げ、ふわふわの頬にキスをして、ベビーベッドに静かに寝かせる。
サキシアの寝巻きの胸元を整え、布団も掛け直した。
うっすらと唇を開けた寝顔を、蕩けるような目で、暫く見詰める。
やがてサキシアの額に触れないキスをして、ギャンは幸福な眠りについた。
サキシアの閃きは当たった。
葉と刺は柔らかくなり、茎は萎れて硬くなっていく。
渋味は一月で減り始め、二月で旨味が出始めた。
三月で渋味はほぼ無くなって、旨味の塊のような味に変わった。
そのままスープや煮物に入れると、一味も二味も違う。
水で戻せば、炒め物にもなった。
賄いに使っても大好評で、好みの別れるものでもないらしい。
花は旨味が薄かったが、塩抜きをしてよく干すと、華やかな香りが立つお茶になった。
サキシアは賄いの後片付けを終えると、ファナを背負った。
いつもの皮袋と、漬け物とお茶を入れた袋を二組、手に下げる。
アルムとメイに持っていくのだ。
メイは仕事に行ってるだろうが、自宅では足の悪い父親が籠を編んでいる筈だ。
扉を開けると、冬の日射しが暖かく、顔を照らした。
「お店に行くわよ」
振り向いて声を掛けると、鳥達が飛んで来た。
サキシアの右肩にはパールが、、左肩にはファナべったりのぺルルが止まる。
雄のピールはわりと自由で、森へと向かった。
弱い向かい風を、全身で心地よく感じながら、サキシアは歩いて行った。
「そろそろね」
パールが話し掛ける。
「そうね」
サキシアが答える。
背中が軽く汗ばんできた頃、サキシアは仕立て店に着いた。
裏口から入ると、お針子達に声を掛け、アルムを呼んだ。
「まあいらっしゃい。ちょっと待ってね。今店番を代わってもらうから。一緒に家でお茶しましょう」
そして不思議そうに、サキシアの顔を見詰める。
「あら、青が薄くなったんじゃない?」
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