ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園―Pの物語―子宝

2021-10-01 21:42:12 | 大人の童話
 サキシアの大好きな果物を、袋一杯にもらって、いつもより少し早い時刻に、ギャンは帰宅した。
『おかえりなさい』
 と、出迎えたのは、ピールだけだった。
「サキシア、ファナ、奥にいるの?」
 そう言いながら靴を脱ぎ、居間に上がって、部屋履きに履き替える。
 顔を上げると、横倒しにされた長いソファの上に、ファナが安全シートごと、括り付けられていた。
 頭にはぺルルが乗っている。
「おかえりなさい、ギャン。今、ご飯が出来るから、少し待っててね」
 隣室から顔を出した来サキシアに、ギャンの頬が弛む。
「ただいま、サキシア。ファナはどうしたの?お仕置きか何か?」
「まさか。今朝パールの子が孵ったでしょう?巣を覗きたくてあちこち上るのよ。危ないからこうしたの」
 ギャンはファナの視線を追った。
 その先には確かに、部屋の角に置いた流木の上の、巣箱があった。
 ファナは安全シートもソファーの存在も忘れたように、見入っている。
「そういえば、お義母さんから聞いたんだけど、『安全シート』が勝手に真似されてるんだって」
 眉根を寄せてギャンが言う。
「そうなの。じゃあ作り方を教えてあげないとね。丈夫じゃないと危ないわ」
「え?いいの?サキシアが思い付いて何度も試作して、やっと完成したのに」
「教室を開けば布の売り上げに繋がるし、お店の宣伝にもなるでしょう?。なにより『安全シート』が広まれば、椅子から落ちる子供が減るのよ」 
 サキシアの笑顔を、ギャンがしみじみと見つめた。 
「・・・サキシアは凄いなあ。沢山見えて皆の幸せを選ぶんだ。布染めの時と一緒だね」
「私は思いつきを言うだけよ。形にしているのは、ギャンとお義父さんお義母さん、そして協力してくれる皆だわ。いつも有難う。そしてその、袋の中身もね」
「えっ、分かるの?」
「もちろん、匂いが」
―バサバサバサ―
 窓から飛び込んできたパールに、二人の目がいく。
 その嘴には、大きな毛虫が二匹、挟まれていた。
『ピーッ』『ピーッ』
 鳴いたのは雛達で、口を開けたのは雛達とファナだった。
 パールが雛達とファナの間で、右往左往する。
「ファナ!口を閉じなさい!今すぐに」
 サキシアの声に、ファナが口を閉じた。
 そして不服そうにサキシアを見る。
 パールは雛達の元へ向かった。
「理由が知りたい?」
 サキシアの質問にファナが頷く。
「私達は一緒に暮らしているけど、体がとても違うでしょう?パール達には羽や嘴があるし、私達はとても大きい。だから必要な食べ物も、体に悪い食べ物も違うのよ。ここまでは、分かる?」
 ファナが又、頷く。
「お利口ね。ファナは本当に理解が速いわ。そして私達はご飯に色々あげてるけど、それだけでは足りないの。だからパールは外に行って、雛達にご飯を取って来るのよ。なのにファナが雛と同じに口を開けていたら、ファナにも食べさせたくなるでしょう?だから二つの訳で、ファナは雛の真似をしてはいけないの。分かった?」
 ファナが更に頷く。
「本当にファナは利口で優しいわね。そろそろ私達もご飯だから、下りましょう」
「ああ、俺が下ろすよ」
 ギャンがソファの紐に手を掛ける。
「有難う。私はご飯の支度をするわ」
 土間に向かうサキシアの背に、ギャンが声を掛けた。
「サキシアはいつも、ファナに詳しく話すよね」
 サキシアが振り向いて頷いた。
「何をするか分からないもの。この前『おしっこやうんちがしたくなったら教えて』って言った時には、道の真ん中でいきなりおむつを外して大の字になったのよ。ファナはまだ話せないのに、合図を決めなかったから。パールとぺルルが『おしっこ、おしっこ』って言いながら、頭の上を飛んでいたから、近くの家ですぐ、トイレを貸してくれたけど。そうじゃなかったら、お尻を出したファナを抱えて、街中を走り回っていたわ」
 サキシアは、いたって真顔だ。
「そ、それは大変だったね」
 ギャンの声は、笑いを圧し殺して震えていた。

 二ヶ月後、春と夏の間の夕方、サキシアは二人目の子供を産んだ。
 店に呼ばれているうちに、ファナが生まれてしまったアルムも、今度はしっかり付き添えた。
「これはまた、可愛い女の子だね。ファナちゃんとは別の良さがある」
 取り上げ女が嬉しげに言う。
「有難うサキシア。お疲れ様」
 アルムがサキシアの右手を握る。
「無事ですか?元気ですか?」
 産声を聞いたギャンが、ファナを連れて入って来た。
「二人とも元気ですよ。とっても愛くるしい女の子です」
 取り上げ女の返答に、ギャンが安堵の溜め息を吐いた。
「この子はギャン似ね。子供らしい可愛さがある。あんたも小さい頃は可愛かったのよ」
「俺は今でも可愛いよ」
 アルムに言い返しながら、ギャンがサキシアの左手を包み込む。
「有難う、サキシア」
「こちらこそ。ギャン」
 微笑むサキシアは汗だくで、目は赤い。
 ファナは取り上げ女のすぐ横で、赤ん坊をじっと見ている。
「名前を決めなきゃな。何にしよう」
 ギャンの独り言にファナが答えた。
「ミルドレッド!」
 四人が一斉にファナを見る。
「「「「話せるの!?ファナ」」」」」
 声も見事に揃っていた。
 ファナが頷く。
「何で今まで話さなかったの?」
 ギャンが尋ねる。
「いらなかった」
 二呼吸した後、サキシアが口を開いた。
「ごめんなさい、ファナ。私が先回りし過ぎたのね。あなたの伸びる力を奪ってしまった。これからは、なんでも話してね」
 ファナがサキシアに駆け寄った。
 ギャンとアルムがサキシアの手を離す。
 ファナがサキシアに抱き付いた。
「おかあさん、好き」
 サキシアも強く、抱き締め返す。
「有難う。私も大好きよ」
 取り上げ女が、赤ん坊に産湯を使いながら訊いた。
「ミルドレッドは、ファナ王女の一人娘で『美の国』を継ぐんだよね。教えたの?」
「神話の本を読み聞かせたことがありました」
 サキシアが答える。
「君の名前はミルドレッドだ。今日は良いことがてんこ盛りだよ」
 ギャンがミルドレッドを覗き込んだ。

 翌年の秋、サキシアは暖かい陽を浴びながら、籐椅子でベストをほどいていた。
 その腹は、胸の少し下から、丸く膨れている。
 今度は男の子だろうと、サキシアは思っていた。
 ミルドレッドより二ヶ月早く孵った雛のうち、雌のポーはミルドレッドにベッタリで、雄のプルンはサキシアが妊娠した頃から、サキシアに付いて回るからだ。
 どんな子供に育つのか、サキシアは楽しみでも少し不安でもあった。
 ファナは何かに興味を持つと、何時間でもじっとしている。
 けれど突然、思いもよらないことをする。
 ミルドレッドは足が早く、一歳の誕生日には走り回っていた。
 目を離すと、すぐ何処かに行ってしまい、そそっかしくて怪我が絶えない。
 見た目も全く違った。
 南方から来たサキシアの母の血が濃く出たのか、ファナは少しエキゾチックな美人顔だ。
 ミルドレッドはギャンの父方に多い丸顔で、子供らしく可愛らしい。
 ファナのお下がりのセーターを、ミルドレッドに着せることも考えたが、似合う色がまるで違う。
 ギャンが柄入りのベストをもう着ないと言ったのは、丁度良かった。
 サキシアは、ソファで寝息をたてている子供達に目をやった。
 二人とも、それなりに良いお姉さんになりそうな気がする。
 それでも、今よりもっと忙しくなるだろう。
 ミルドレッドが生まれてから、染めの工夫もあまり出来ていなかった。
 後染めならば、繊細な柄で染める方法が、いくつもの地方で発達している。
 サキシアは先染めで複雑な柄を織り出したいのだ。
 サキシアが突然、自らの手元に見入った。
 染めてから手解き、その糸と同じく染めればいいのだ。
 寸分違わず染めるのは大変な技だろうが、工場には頼りになる職人が何人もいる。
 その研究を許してくれる他の職人達が、ギャンがバスがアルムがいる。
 自分はなんて恵まれているのだろう。
 サキシアはうっとりと、そしてゆったりと微笑んだ。



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