サキシアは困っていた。
隣で手元を覗き込むギャンに。
ギャンに理想の青について聞かされて、サキシアは考えた。
メインで売り出す色であれば、今までよりも一層、手に入り易い染料でなかればならない。
婚姻を急ぐギャンを説得し、野山に近い今の家で、一人染色に集中した。
育ちの速い木を、容易に増やせる草花を、片端から試していく。
やっと澄んだ青が出たのは、厄介者扱いされている、草の根だった。
葉と茎に煌めく刺があり、何処にでも生え、どんどん増える。
『トゲトゲの』『刺の奴』と呼ばれ、名前さえ付けてもらえない。
けれども夏に、白く美しい花を着ける野草だ。
それを革の手袋を嵌めて掘り、毎日煮出して染料と触媒の濃度を試し続けた。
そしてとうとう、思い描いた色に辿り着けそうなのだ。
期待を込めて、触媒液から桶から布を引き上げるところだ。
そして今、困っているのだ。
ギャンがピタリと横に着いて、サキシアの手元を覗き込んでいるからだ。
求婚を受けて次に会った時から、ギャンは目が合うだけでも抱き付いて来る。
その拍子に、布を下手に取り落とせば、やり直しだ。
サキシアは、いつも以上に手元に集中した。
引き上げた布を軽く絞って、瓶の水でよく濯ぐ。
仕上がったのは、深く、濃く、艶のある青だった。
僅かに雑味はあるものの、それも水に晒せば、艶と清涼感に変わりそうだ。
手渡された布を両手で広げ、ギャンが叫んだ。
「これだよこれ!!」
そして振り回す。
「晒せばきっと、完成だっ!!」
文字通り、狂喜乱舞だった。
ギャンのそんな姿を見るのは、サキシアには二度目のことだった。
一度目は結婚の承諾を実感した後だ。
あの時とどちらが長いだろうと、サキシアが考えていると、くるりと回って、ギャンが飛び付いてきた。
「これで結婚してくれるんだよねっ!?」
ぎゅうぎゅうと抱き締めたまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
仕方なく一緒に跳ねているうちに、サキシアも段々と面白くなってきた。
二人で競うように高く飛ぶ。
そのうちに足がもつれて座り込んだ。
息を切らしながら顔を見合せ、どちらからともなく笑いだす。
その色は『サキシアブルー』と呼ばれるようになった。
アルムは見惚れていた。
隣で目を閉じている花嫁に。
シンプルな白無地のドレスには、ふわりと薄手な生地を選んだ。
胸の家紋は、レースの様な美しい刺繍を、サキシアが施した。
白く塗られたその顔は、薄い色石で飾り付けてある。
バスの予算に、ギャンの貯金全てを足して選らんだ、美しい物だ。
バスとアルムの艶やかな朱赤の衣装。
屋根の無い馬車を彩る、サキシアブルーの布と金のタッセル。
全てが慣わしに乗っ取り、全てが特別だった。
アルムは目を閉じたままの花嫁に付き添い、バスの御す馬車で、誇らしげに町内を一周した。
慣わし通りに。
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