デザントは焦っていた。
子供が出来ないのだ。
王家の直系が求愛すれば、貴族の家に生まれた者は、拒むことは出来ない。
正室の他に第三夫人まで認められる上、三年子供に恵まれなければ、実家に帰せるのだ。
それだけ、大切なことなのだ。
廃嫡になった兄は思慮深く、学問にも優れている。その上、王座に着けば、国が繁栄するという赤毛だ。
ただ、健康であるというだけで、自分が王太子になったのだ。
そして、周囲の勧めで十八で最初の夫人を迎えた。
なのに。
第一夫人の時は、三年寝所に通った。
第二夫人は二年、次の夫人も二年。
自分には子を作る力が無いのでは、とも思う。
けれど相性の良い相手や、子を宿す力が強い相手であれば、なんとかなるのではないかと、第一夫人には悪いが、里に帰ってもらった。
今度は自分で選ぶことにしたのだ。
でも、どんな相手なら。
視察の為だと言って、町中を馬で歩きながら、頭はそのことでいっぱいだ。
高い石塀の横を通った時、上の方で、枝が擦れる音がした。
反射的にそちらを向く。
そこに、少女がいた。
木の葉に所々隠されても、驚くほど愛らしく、美しい顔立ちをしている。肩を流れる銀髪が、それを際立たせていた。
長い睫毛に囲まれた目を見開いて、デザントを見返している。
馬が進んでも、互いに視線を外せない。
不審に思った侍従が声を掛けるまで、その邂逅は続いた。
「アダロン男爵家の娘ですか。サス国生まれの奥方に似て、美形だと評判の姉妹です」
侍従長の答えに、デザントは亡き王妃を思い出した。
そういえば、カナライでは珍しい銀髪だ。顔立ちも少し似ているかもしれない。
侍従長に再び尋ねる。
「姉妹?何人いるんだ?」
「二人です。姉は性質も申し分なく、直に侯爵家に嫁ぐ筈です。妹はじゃじゃ馬で、手を焼いているとか」
「では、妹の方だ」
見つけた。
デザントの胸が高鳴った。
自らに忍従を強いながら、押さえ切れない怒りをもて余している。
あれは私と同じ者だ。
あれは、私のものだ。
王宮からの突然の使いに、男爵は急いで応接室に向かった。
そして書状を読み、更に慌てた。
「ダリアをですか?あの娘は未だ十四歳で、それ以上に子供です。我が儘でじゃじゃ馬で、とても王太子夫人になど。合点がいかない。そんな物好きが」
動転して言い立てる男爵を見かねて、侍従長が口を開く。
「大変失礼ではありますが、殿下はご存知の筈です」
「それは、どういう?」
「木登りをする姿を、見初められました。ここだけの話にしておいて下さいませ」
逃げ道は無い。
爵位など返上しておけば良かった。
男爵は頭を抱えた。
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