(里山に咲く一輪の花)
山村総に目をかけられて耕一は役者の卵になった。
蟹工船では助監督のかたわら、最下層でうごめく労働者の端役として初めて映画に出演した。
その後、当時の人気俳優であった河津清三郎主演の「魚河岸の石松」という人気シリーズものの映画に、チンピラ役で数回出演した。
石松にぶんなぐられて海に落ちるチンピラの役をやったことがある。
何度やっても監督のOKが出ない。
何度も石松になぐられたふりをして、何度も海に落ちて海水を飲んだ。
OKが出たのは、本当に石松のパンチが顔面に当たって、気を失いながら海に落ちた時であった。
この映画には当時まだ新人であった金子信雄や沢村貞子などが出演していた。
華やかな映画の世界を垣間見た耕一は、しかしそこは自分が住む世界ではないと感じた。
自分に目をかけてくれている山村聡は東京帝国大学文学部卒のインテリであり、その取り巻きの仲代達也や佐藤允にしても進歩的思想劇団に所属するインテリ青年達である。
そんな彼らと、のんびり政治・思想談議や演技談義などしている暇はない、と耕一は思ったのだ。
半年後、耕一はまた北海の魚場へう漁船に乗り込んでいた。
北へ向かう船の甲板の上で、耕一は夜空を見上げた。かなたに北斗七星が見えた。
夜空の星のまたたきを眺めながら、彼はおのれの数奇な人生を振り返っていた。
「あのブロンドの女将校は今頃どうしているだろうか・・・・」
続く・・・・・・・。