(電柵で厳戒体制の田んぼに咲く野花)
陽は中天に昇っていた。
闇市には煮込み鍋や焼き魚の、食欲をそそる匂いが漂っている。
昨日から何も食べていない耕一のお腹は、もはや我慢の限界だ。
背負っていたリュックを下ろして、中の財布を確認した耕一は、
勤め人風の男が立ち食いをしている屋台へ近づいて行った。
内臓と野菜などを煮込んだ大きな鍋が、グツグツと煮立っている。
おおきなしゃもじで、鍋をかき回していた丸顔のおばさんが、耕一の顔を見て愛想よく言った。
「あら、若いお兄ちゃん、新顔だね。これ食っていきな。精がつくよ」
そう言うと、耕一が返事をする前に、どんぶりに煮込み汁をよそって彼の前にトンと置いた。
耕一は代金をおばさんに渡し、目の前のどんぶりを両手で大事に抱えてゴクンと一口飲んだ。
ダシの利いたおいしいスープがノド元を過ぎ、やがて五臓六腑に染み渡って行く。
「うめー!」
耕一は思わず声を上げた。
丸顔のおばさんがニコニコ顔で言った。
「お兄ちゃんはどっから来たんだい?」
「千葉の館山」
「あー、そうかい。だけどなんでこのご時勢に横浜へ出てきたんだい。千葉の田舎にいた方が食べる物がいっぱいあって苦労せんだろうに・・・」
「船の仕事を探しに来たんだ」
「あー、そうかい。船乗りさんかい。しっかり頑張りなよ」
(竹やぶのシイタケ原木たち)
スープを最後の一滴まで舐めるように飲んで、耕一はそのどんぶりを置いた。
その時、シロがいないことに気がついた。
辺りを見渡したがどこにもいない。
「シロ!」と思わず叫ぼうとした時、足元で人影が動いた。
薄汚れた身なりの浮浪児が、足元に置いたリュックをひったくったかと思うと、一目散に路地の中へ駆け込んで行く。
「おい、待て!!」
耕一は慌てて駆け出し、後を追った。
《あのリュックの中には自分の全財産が入っている。盗まれてたまるか!》
しかし路地は狭い上に薄暗くて視界が利かない。
焦って走る耕一は路地に転がっていた丸太につまずいた。
そして頭から前のめりに倒れこみ両手をバッタリついてしまった。
《もうダメだ、追いつけない・・・》
と思った時だ。白い犬が耕一の頭上を飛び越えて疾走して行った。
シロがひったくりの浮浪児を追いかけているのだ。
耕一は倒れたまま彼らが走りこんだ路地の奥の様子をうかがった。
すると、シロの吠える声と浮浪児の悲鳴が聞こえてきた。
「ワン!ワン!ワン!」
「ひぇーー助けてくれーーー」
しばらくすると、シロが耕一のリュックを口にくわえて戻ってきた。
《良かった!》
またしても、耕一はこの犬に助けられた。
シロは耕一のそばへ寄ってくると、彼の顔をペロペロと舐めた。
「シロ、ありがとう!」
耕一は思わずシロを抱きつき、そして抱きしめた。
(裏山への小道)