耕一は逃げるようにその場から立ち去った。
他の大衆食堂やラーメン屋へ行ってみたがそこにも浮浪児達がいた。大人の浮浪者も周辺にたむろしている。
みんな生きるために必死だった。
地獄の世界でも生きて行かなければならない。
耕一は公園を探した。公園で水道場を見つけるとそこでお腹がいっぱいになるまで水を飲んだ。
水さえ飲んでおけば死ぬことはないだろうと、耕一はその時思っていた。
その公園に大きな木が一本あった。
その木の下までヨロヨロと歩いて行くと、彼は倒れるようにそこに腰をおろした。
そしてそのまま気を失ったように眠りこけた。
どのくらい時間がたったのだろう。
目が覚めた時は辺りは真っ暗だった。
夜空を見上げると三日月が輝いていた。
三日月が静かに耕一を見下ろしていた。
「母ちゃん・・・・・」
少年は小さく呟いた。
「母ちゃん・・・・」
夜空の月に向かって、もう一度小さな声で呼びかけてみた。
少年の目に涙があふれてきた。
まだ見ぬ母がそこにいるような気がした。
優しい母が自分を見守ってくれているような気がした。
そして少年はまた深い眠りに落ちた。
翌朝、朝日のまぶしい光の中で目が覚めた。
何かに顔をなめられたような気がした。
目をこすって良く見ると、目の前に白い犬の顔があった。
犬は優しい目をしていた。
優しい目をした白い犬が耕一の顔をなめていた。
耕一の涙の跡をなめていた。
「おいシロ、お前も一人か」
耕一は犬にそう声をかけると、大きく背伸びをして立ち上がった。