耕一は深い海の底で眠っていた。
海の底は静寂だった。
はるか頭上の海面に一条の陽の光が差し込み、海水がキラキラと輝いていた。
《こんなに気持ちの良い世界があったのか・・・・・・》
耕一は恍惚を感じながら眠っていた。
しかしその身体は、次第に深く深く海の底へ引き込まれて行くようであった。
深くなるにしたがって、恍惚感は高まって行く。
《俺はどこまで沈んで行くのだろうか・・・・》
と思った時だった。
「おい、大丈夫か!」
と、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
「おい、しっかりしろ!」
その声は急に大きくなり、そして身体を激しく揺さぶられた。
目を開けると、大柄な男が目の前にいた。その周りに数人の男。
「こいつまだ生きているぞ」
「・・・・・・・・」
耕一は自分が今どこにいるのか思い出せなかった。
「おい小僧、名前は何ていうんだ?」
「こ、こういち・・・、すざき・・・こういち」
声が出てこなかった。
耕一は喉の奥から絞り出すように、やっと言った。
「どうしてこんな所にいるんだ?」
「機関士見習いの採用通知が届いたので、千葉から出てきました。でも一日遅れてしまったので、雇ってもらえませんでした」
「・・・・・・そうか。おい、こいつを船に連れて行ってやれ。はらも減っているだろうから何か食わせてやりな」
大柄な男はそう言うと、タバコをふかしながら大股で歩いて行った。
大柄な男は、愛友丸という小さな貨物船の機関長であった。
晩飯を食べに船員達を連れて陸(おか)に上がり、居酒屋で夕食を済ませて船に帰る途中であった。 桟橋で少年が倒れていたので、どうしたのかと気になり声をかけたのだった。
男の背中に負ぶわれた 耕一は、まだ夢を見ているのだと思った。
夢の続きを見ているのだと思った。