クロの里山生活

愛犬クロの目を通して描く千葉の里山暮らしの日々

愛友丸

2014-07-20 03:11:23 | 日記

耕一は深い海の底で眠っていた。

海の底は静寂だった。

はるか頭上の海面に一条の陽の光が差し込み、海水がキラキラと輝いていた。

《こんなに気持ちの良い世界があったのか・・・・・・》

耕一は恍惚を感じながら眠っていた。

しかしその身体は、次第に深く深く海の底へ引き込まれて行くようであった。

深くなるにしたがって、恍惚感は高まって行く。

《俺はどこまで沈んで行くのだろうか・・・・》

と思った時だった。

「おい、大丈夫か!」

と、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

「おい、しっかりしろ!」

その声は急に大きくなり、そして身体を激しく揺さぶられた。

目を開けると、大柄な男が目の前にいた。その周りに数人の男。

「こいつまだ生きているぞ」

「・・・・・・・・」

耕一は自分が今どこにいるのか思い出せなかった。

「おい小僧、名前は何ていうんだ?」

「こ、こういち・・・、すざき・・・こういち」

声が出てこなかった。

耕一は喉の奥から絞り出すように、やっと言った。

「どうしてこんな所にいるんだ?」

「機関士見習いの採用通知が届いたので、千葉から出てきました。でも一日遅れてしまったので、雇ってもらえませんでした」

「・・・・・・そうか。おい、こいつを船に連れて行ってやれ。はらも減っているだろうから何か食わせてやりな」

大柄な男はそう言うと、タバコをふかしながら大股で歩いて行った。

 

大柄な男は、愛友丸という小さな貨物船の機関長であった。

晩飯を食べに船員達を連れて陸(おか)に上がり、居酒屋で夕食を済ませて船に帰る途中であった。 桟橋で少年が倒れていたので、どうしたのかと気になり声をかけたのだった。

男の背中に負ぶわれた 耕一は、まだ夢を見ているのだと思った。

夢の続きを見ているのだと思った。

 

 

コメント
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