あれからどれ程歩いただろうか。
ジャガイモを大事に両手で持って、耕一は歩き続けた。
どこをどう歩いたか覚えていない。
ただ、人がいないところを探しながらノロノロと歩き続けた。
耕一はもう何も考えることができなかった。
歩くのを止めたら、自分はそこで死ぬのかも知れないと、予感した。
《海を見たい》と、急にその時耕一は思った。
そう思ったら、お腹が空いてきた。
空き地が見えたのでそこに入り、積んであった瓦礫に腰をかけてジャガイモを食べ始めた。おなかの調子が悪いので、少しづつ、ゆっくりと食べた。
ジャガイモをくれた特攻隊風の青年の爽やかな顔を思い浮かべながら、ゆっくりと食べた。
やせた野良猫が一匹寄ってきて、「ミャオー」と小さく鳴いた。
耕一はジャガイモをひと欠片ちぎると、「ほら」と足元に落とした。
痩せた野良猫は耕一の顔を見つめ、もう一度「ミャオー」と甘い声で鳴いて、耕一と一緒にジャガイモを食べ始めた。
ジャガイモを食べ終えると、耕一は瓦礫にもたれて眠りに落ちた。
どれほど眠っただろうか。
冷たい雨が耕一の顔を濡らしていた。
辺りはもう夕闇に包まれている。
起き上がろうとすると、足元に痩せた野良猫がうずくまっていた。
耕一が歩き始めると、「ミャオー」と、また小さな声で鳴いて後を追ってきた。
耕一は海へ向かって歩き始めた。
小雨がシトシトと降っていた。
街中の薄暗い路地をいくつも抜けた。
浮浪児がたむろしている気配があると、遠回りして歩いた。
いつしか痩せた野良猫の姿は見えなくなっていた。
トボトボと歩く耕一の耳に、ラジオから流れる歌声が聞こえてきた。
♪ 星の流れに 身をうらなって
どこをねぐらの 今日の宿
荒む心で いるのじゃないが
泣けて涙も かれ果てた
こんな女に誰がした ♪
♪ 煙草ふかして 口笛ふいて
あてもない夜の さすらいに
人は見返る わが身は細る
町の灯影の 侘びしさよ
こんな女に誰がした
♪ 飢えて今頃 妹はどこに
一目逢いたい お母さん
ルージュ哀しや 唇かめば
闇の夜風も 泣いて吹く
こんな女に誰がした
その歌声に合わせて、耕一もつぶやくように歌っていた。
「こんな男に誰がした・・・・」