前々日から「台風2号」や前線の影響によって、各地で激しい風雨に見舞われ、多くの被害が続出、死者、行方不明者が出、交通機関の大きな乱れがあった、6月3日(土)。
東京地方は、午後から日差しが届きました。そんな昼下がり、隅田公園を訪れました。
途中、近所の団地の公園には、タチアオイが。
さて、浅草側にある「あじさいロード」。
三々五々、人々の出も。
アジサイの向こうに石碑が見えます。
「東京大空襲の追悼碑」。
「あゝ東京大空襲 朋よやすらかに」
隅田公園のこの一帯は、昭和20年3月10日の東京大空襲等により亡くなられた数多くの方々を仮埋葬した場所である。
第二次世界大戦(太平洋戦争)中の空襲により被災した台東区民(当時下谷区民、浅草区民)は多数に及んだ。亡くなられた多くの方々の遺体は、区内の公園等に仮埋葬され、戦後荼毘に付され東京都慰霊堂(墨田区)に納骨された。
戦後40年、この不幸な出来事や忌まわしい記憶も、年ごとに薄れ、平和な繁栄のもとに忘れ去られようとしている。
いま、本区は、数少ない資料をたどり、区民からの貴重な情報に基づく戦災死者名簿を調整するとともに、この地に碑を建立した。
昭和61年3月 台東区
この碑にもアジサイなどが手向けられていました。
今、すでに77年以上も経過し、戦争体験者も少なくなり、次第に忘れ去られようとしています。再び戦争の惨禍に見舞われないよう、改めて心に。きな臭くなりつつある世の中で。
スカイツリー。激しく流れる雲の中。
帰り道、向島百花園に。近所の神社の祭礼が行われています。雨上がりの日差しの下で。