立派な方々の不寛容な決めつけこそが決断力の正体です

2015年03月18日 | 日記
介護の業界紙・シルバー産業新聞に連載中のケアマネ看護師・佐藤文恵さんの今月のコラムタイトルは「モラルと寛容さ」でした。

新年の会合で、政治に関わる仕事をされる立派な方とお話しする機会があった。早速、難病の利用者が今年度、特定疾患受給者証の交付時期がずれ、お正月あけの受診に間に合わず自己負担を現金で一度立て替えて支払わなくてはならず大変だと申し上げたら「困りますね、病院は。キャッシュカード使えないところが多いから」と予想外の回答。いやいや、支払うお金がないというと「お金ないのに病院で薬をもらう母子家庭の常習犯とかさ、通院好きのお年寄り、あと外国人ね、支払わない連中が多くて、全くモラルがなってないな。病院も儲からないよ」と。私は話す相手を間違えていたのだ、と気づいた。

笑い話ではないが、笑った。

地方議員とか地域の篤志家とかいう人とご一緒する機会があり、こういった実情を訴えると、たいてい佐藤さんと同じようなことになります。

年金・医療保険料の未納や生活保護の受給増加などはすべて「モラルの問題」であり「けしからんこと」とされてます。

佐藤さんは、いったいモラルとはなにか?と問うてます。

道徳・倫理・良識などを意味し、人はそれぞれにモラルを持つ。しかし、親しい友人や尊敬する恩師であっても同じではない。自身の立場や受けたしつけ、受けた教育や様々な人とのかかわりから、自分なりに学び作り上げられるもので、違っているのが当たり前。一方的な決めつけでは解決しない。静かに想像力を働かせ相手を受け入れようと努めることで、互いの違いを認め前へすすめる。人としての寛容さがいま求められている。

何事も決めつけてかかる人が多いですが、今は「決断力こそがすべてだ!」とかいう風潮が大流行で、みんな断言しまくってますから…言いだしっぺの人はそんなつもりで言ったわけでは決してないのでしょうが、止める手立てもないようで…

テロリストに忖度(そんたく)しないって…そこですか、使いどころは。誰もツッコまないのですか…決断力を見せつけたというわけですね。そこですか毅然のしどころは…

モラルの欠如した奴に忖度する必要は一切ない!断言。毅然とした態度です。

寛容という言葉も、テロリストとセットで使われていて、無念。
コメント
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