ひどい状況を座視していても誰も助けてくれないですよ

2015年05月19日 | 日記
残業を減らす、所定労働時間そのものを減らす、悪質な労基法違反を繰り返すブラック企業を公表する。

これらは取り組みとして評価に値することです。

どしどしやってもらえばいいと思います。

しかし、一方でこう思います。

サービス残業だのボランティア出勤だの、その呼称は気に入りませんが、要するに「働いている」のに「働いていない」とされ、存在しないものとして扱われている「労働時間」を強要されている人、あるいは強要されていると思って、あるいは自分の能力不足だからしかたがないと思っている人って、こういう取り組みの対象外なんでしょうか。

座して待っていれば誰かが助けてくれるのか?いつか誰かがこの最悪の状況から救い出してくれるのか?労働基準監督官がかわいそうな労働者をみつけだして、正義の鉄槌を打ち下ろしてくれるのか?

そんなわけないです。

黙っていたんじゃ誰も気づきません。

不正義を目にしたときに何もせず座視するのか、ノックアウトされたときに倒れたままでいるのか、それともまた立ち上がるのか

これは『賃金差別を許さない~巨大企業に挑んだ私の闘い~』の著者:リリー・レッドベターの言葉です。

闘わずして勝ち取れる権利などないのです。

基本的な人権、生存権でさえも、先人が闘って勝ち取ったものです。

行政は行政としてしっかりやらなければなりません。

そして労働者や経営者は自ら立ち上がらなければなりません。

この際、誰かがなんとかしてくれるなどという考えはうっちゃるべきです。

誰も何もしてくれません。

しなきゃいけないから、恰好だけはつけますが、それだけです。

ひとり立つ。それが始まりです。
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