タカちゃんの絵日記Ⅱ

日々の何気ない感動を、好きな絵や音楽、写真や動画などで綴ります。

  『海を見に』  長田弘・・・・・♪ 「海の声」:桐谷健太 ♪

2022-05-18 17:49:14 | 日記

『海を見に』  長田弘

海を見にゆく。  時々その言葉に内からふっとつかまえられて、よく海を見にいった。   どこでもいいのだ。  目のまえに、海が見えればそれでよかった。  なにもしない。 そのまま、ずっと、海を見ている。   水平線がぐらりと沈んでゆくように見える日もあれば、空が水平線を引っぱりあげているように思える日もある。  夕暮れの海にはいつでも、どこでも子供たちがいた。  遊んでいる。  喚声を上げて走り回っているのだが、声は聴こえない。  犬は波が好きだ。  海をまえにするとき、言葉は不要だと思う。      私はただ海を見にいったのだ。  海ではなかった。  好きだったのは、海を見にゆくという、じぶんのためだけの行為だ。 

  万葉の昔のころからずっと、海を見ること、寄せては返す白波を見つめることは、この世のさまに思いを致すことでした。  海を見にゆく。  それはわたしには、秘密の言葉のように親しい行為だった。  何をしにゆくわけでもなく、ただ海を見にゆくということにすぎなかった。  海からの帰りには、人生にはどんな形容詞もいらないという、ごく平凡な真実が、靴の中にのこる砂粒のように、胸にのこった。   一人の日々を深くするものがあるなら、それは、どれだけ少ない言葉でやってゆけるかで、どれだけ多くの言葉でではない。・・・海辺が訪れるものにいつのときも語ってきたのは、地球というものを原初からずっとささえてきて、いまもささえているもの、地球を地球たらしめいる調和というもの、そういうものを思い出させる秘密ではないでしょうか。  その古くからの秘密こそ・・「海を見にゆく」ということが、私たちの心を誘って止まないものなのだろう。                           ~長田弘・なつかしい時間~

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「海の声」:桐谷健太