るるの日記

なんでも書きます

飽き性で自由を求めるルルの行き着いた職業

2022-04-13 07:36:16 | 日記
昨日から1年4ヶ月ぶりに介護の仕事に復帰した。前回は高齢者専用住宅での介護職だったが今回は一軒一軒訪問する訪問介護で登録ホームヘルパー形式である
この仕事で一生が終わりそうだと思う

飽き性な私には合う
束縛の嫌いな私に合う
最初のうちは基本を学ぶので、少し束縛感はあるが、、
早く一人立ちしたい!






「朝の気づき」この記事を書いているうちに2時間があっという間に過ぎました

2022-04-11 09:34:19 | 日記
■夢に「六は一つ」的な夢を見た
六字名号は南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏とは、この世に生きる人間に通じるための仮の言葉であり、仮の意味を持たせている
これは方便ですね
では南無阿弥陀仏の本質は、、
仏の本当は何だろう?

どの宗教にも通じることは
「信じる」ということ
何を信じるかは別々だが
共通するのは「信じることで【何らか】を与えられる」ということ
その何らかとは、、、
信じない生活から、信じて生活するに変えたとしても早急に解るものではなかった。時機がきたらじんわりと身に染みてくるように解る
ルルは心から信じきることは難しかったし、一旦信じても継続も難しかった
焦らず時機が熟すのを待つしかない
だから、「やはり信じる思いさえも何らかのギフトなんだ」とじんわり身に染みてくる

■生物は五官に触れるものは区別して意味付けして生きる。「敵か味方か、食べれるか否か」人間から微生物まで共通する「区別と意味付け」
人はその区別と意味付けが、他の生物とは違って生き残るためだけではない

人々はみな性格・性分という【内面受容体】みたいなのは人それぞれ違う
物事の受け止め方が違うのだ
だから人間関係が難しくなる
この世の問題で多いのは
★人間関係
★病気
★金銭問題
★老いや事故などで体が不自由になってから死ぬまでの心の折り合い問題
★内面の不自由感
など
すべて内面受容体の受け止め方を変えれば解決する

■人は動物本能的な欲と、そこに根ざした煩悩と、動物には無いヒト特有の承認欲求や自己顕示欲などを持ち複雑な生物である

浄土真宗の教えによればそれらは全て業報。1つにまとまりスッキリ解りやすい
その1つにまとめた業は、内面受容体に吸収されルルと認識している仮の自我が今生きている

業は刻々と生れ滅するか固まる
固まりは固定観念という業を強める
しかしそれは仮に和合したやつ
光を当てれば何らかに成るか、消滅するようなやつ
しょせん業は光に弱い

だから、私は無い

今日も1日仮のルルという身を借りて、業と光が奏でる


内面受容体は元々備わる
内面受容体を変えれば仏も引き寄せる。変えなくても慈悲の雨に当たっているが、内面受容体を通すと何らかの変化はある。気づきとか、、

ルルは信仰によってこの内面受容体を少しずつ変えている感じ
焦らない、のんびりいこう

如来神通力から与えられた課題

2022-04-10 17:20:51 | 日記
夕方のパート仕事まで時間があるので仏壇でお経を称えた。浄土真宗信仰ではご利益期待しての自力信仰心はタブーなんだけど、私は気付きを期待しながらお経をあげた
そうしたら気づきをいただいた
ありがとうございます

いただいた気づき
★お経を称えているときや、称名を称えているときは、合掌した手に意識を向けたらいい

★如来神通力は凡夫をむやみに喜ばせない微妙なものである。「当たり前の偶然のように普通っぽく」顕れる。「特別な奇跡」のようにハッキリした形では顕れない。逆にそんなふうに顕れるのは妄想の産物である。だがからこそ微妙な変化も察する気づきが大きな喜びを得る

★自我から湧いた喜びはやがて終わり、再び喜びを求めようと欲する。如来神通力が与えた喜びは何に繋がるか?体験、経験してみなさい





傷つくことが恐くて人と親密になれないのは「大人に与えられた脚本テーマを土台にして、自分が幼児期に立てた無意識の人生計画」からだった

2022-04-10 15:17:15 | 日記
自分の「人生脚本のテーマ」を知ることが自己知覚です

■私たちは幼児期に、両親や周りの大人たちに「人生脚本のテーマ」を与えられ、その後の人生を無意識のうちにその脚本のテーマに沿って生きています
人生脚本のテーマは、幼児期に立てる「無意識の人生計画」です

人生脚本は【禁止令】【拮抗禁止令】【行動プログラム】から成り立ちます

■禁止令
両親の「子ども自我状態」から
子どもの「子ども自我状態」に向かって、非言語的に伝わるメッセージ

「~するな」という禁止的内容を持ち、両親が無言のうちに子どもに伝わる本音であり、脚本の土台を形成する

存在するな
自分自身であるな
子どもであるな
成長するな
成功するな
何もするな
重要であるな
属するな
近づくな
正気であるな
考えるな
感じるな

■拮抗禁止令
両親の「親自我状態」から
子どもの「親自我状態」に言葉で発せられるメッセージ

両親が「こうあってほしい」という期待をこめて語る道徳的価値観に関する内容を含むもの

😖強力な場合は絶えずある特定の態度や行動に駆り立てるはたらきをする
これをドライバーと呼ぶ

★完全であれ
★強くあれ
★もっと頑張れ
★親を喜ばせよ
★急ぎなさい

😖ドライバーの特徴
★ドライバーに駆り立てられ、その行動を行っているときだけ、自分の存在価値を認めることができる

★自分の中の「批判的親自我」命令に「順応した子ども自我」が反応している

💖ドライバーに気づいたら「許す」を引き出しましょう。これは【再決断】です

急ぎなさい→ゆっくりしていいよ

もっと頑張れ→それをしさえすればいいよ

強くあれ→オープンに感情を表現していいよ。自分の欲求を満たしていいよ

完全であれ→ありのままでいいよ

親を喜ばせよ→自分を大切にしていいよ

■行動プログラム作成
幼児期に、人生を「こう生きよう」と無意識のうちに決意したら、具体的に「どのように振る舞ったらいいか」「どのように感じたらいいか」「どのように考えたらいいか」
その方法を両親の行動から、幼児期の自分の「成人の自我」で考え、取り入れていく

■脚本のテーマの書き替え【幼児期決断から再決断へ】

自己知覚の最終目的は
「自律性の達成」です
自律性の達成できないような脚本テーマに沿って生きていることに気づいたら、【再決断】することによって、自律性の達成は可能
再決断へのプロセスは、グールディング夫妻の「自己実現の再決断」に詳細が記されているので、一読をお薦めします

⭐️自律性の達成した人の能力
★自己理解と気づき
自分の感情、考え方、行動パターンに気づいている

★自発性
どの自我状態も自由に使える自発性を持つ

★親密さ
傷つくことを恐れず他人と親密な交わりができる