有吉佐和子『非色』 松山愼介
人種差別という微妙なテーマをこれほどあけすけに取り扱っていることに驚いた。何よりも1967年に出版されたこの小説を、おそらく当時のまま文庫として出版した河出書房新社の姿勢に頭が下がる思いがした。
「ニグロ」は差別語だが、現在、黒人のことを英語で何というか調べてみると、 African-American(s)、一般的に言えば、black peopleとなるそうだがblackといわずにBlackというそうだ。blackだと形容詞だが、Blackだと固有名詞になるのだという(デジタル朝日)。
戦争花嫁は数年前にNHKの特集番組で扱っているのを見た覚えがある。私を含めて多くの人が戦争花嫁は、元々、商売女でいつのまにか「オンリーさん」となって、結婚しアメリカに渡ったと思っていたが、そういうケースもあっただろうが、ほとんどが普通に米軍兵士と恋愛し結婚したということを強調していた。
田中小実昌が占領軍で働いていたとか、ペギー葉山が占領軍で歌っていたとか聞いたことがあって、今まで、なぜ憎きアメリカ軍の基地で働くという発想ができたのか不思議だったが、日本国内にろくな仕事がなく、手っ取り早く金を稼ぐために占領軍に働き口を求めたということのようだ。それにしても、アメリカ人が平気でPXの商品を買い付け(横流し)、日本人に売って、さらにそれを日本人が転売して儲けるというのも、アメリカには相当、余剰物資があったようだ。
笑子は「ニグロ」専門のキャバレーのクロークに勤めていて、トーマス・ジャクソン伍長(トム)と知り合う。キャバレーにも、白人用と黒人用があったのだろう。多分、白人用に職の空きがなかったのだろう。トムはこのキャバレーを支配している一人だというが、後にえがかれるアメリカでの生活を考えると、少し格好を付けていたのかも知れない。アメリカでの生活は人種による差別だらけだが軍隊でも差別はあっただろうが、基本的には階級の上下が先行していただろう。
このキャバレー「パレス」は「進駐軍が暫定的に経営している」という。日本政府はアメリカ占領兵用の「特殊慰安施設(女性、五万五千人)」を作ったが、半年ほどでアメリカ軍によって閉鎖されている。アメリカ軍は自由恋愛が基本で、兵士のレイプを積極的に取り締まる気はなかったようだ。いずれも個人の問題で軍全体の問題にしないのがアメリカ方式で、日本は国際的にどうみられるか考えることなく「慰安所」に関与してしまっている。フランスでもアメリカ兵によるフランス女性に対するレイプが多数あったという。
笑子がアメリカ、ニューヨークに行ってみると、トムは「ニグロ」として差別され、安い給料で夜の病院の看護人をしている。最後の方で、トムの弟のシモンが南部から出てくるが、彼は仕事がなく働かない。麗子も白人と結婚してアメリカに来ているが、こちらに来てみると彼はプエルトリコ人で、「ニグロ」よりも下の階層であったことがわかる。彼女ものぞまぬ妊娠をして、堕胎がキリスト教的理由から法律的に禁止されており、闇医者にかかると安全が保障されないだけでなく千ドルかかることがわかって、絶望の内に自殺してしまう。日本に帰ろうと思えば、帰るお金は工面できたのだろうが、日本にも居場所がなかったのだろう。
この作品は、いきなり「ニグロ」という差別語が連発され驚いたが、最後に笑子も「私も、ニグロだ!」ということで結末を付けるのだが、これは有吉佐和子の意識的に読者に衝撃を与える手法かもしれない。斎藤美奈子が解説で指摘しているように、有吉佐和子は日本の差別構造については言及していない。これらを考えると、私は見事に有吉佐和子の術中に嵌められたのかも知れない。
斎藤は、この作品を「差別の構造をあぶり出す」と絶賛しているが、日本でも1970年7月7日に華青闘(華僑青年闘争委員会)告発があり、同時期に津村喬が『われらの内なる差別』(三一新書)を出して話題になった。これは学生運動が衰退していく中で、マルクス主義の階級闘争論から、中国人、朝鮮人差別、部落差別を問題にしようとした運動の始まりであった。最後は女性差別までいって「中ピ連」というわけのわからない活動組織もできた。
私はその頃、マルクス主義者であったの、何でも差別に解消しようとする運動には反対であった。この『非色』も、読み終わってみれば差別をセンセーショナルに強調しすぎた作品のような気がした。最後の方でメイドとして勤める家庭が、ユダヤ人と日本人の夫婦というのは、いささかやり過ぎの感がしないでもない。語呂的に林笑子と林芙美子は似ている。林芙美子は積極的に中国戦線に出かけていってレポートを書いている。
2021年9月11日
人種差別という微妙なテーマをこれほどあけすけに取り扱っていることに驚いた。何よりも1967年に出版されたこの小説を、おそらく当時のまま文庫として出版した河出書房新社の姿勢に頭が下がる思いがした。
「ニグロ」は差別語だが、現在、黒人のことを英語で何というか調べてみると、 African-American(s)、一般的に言えば、black peopleとなるそうだがblackといわずにBlackというそうだ。blackだと形容詞だが、Blackだと固有名詞になるのだという(デジタル朝日)。
戦争花嫁は数年前にNHKの特集番組で扱っているのを見た覚えがある。私を含めて多くの人が戦争花嫁は、元々、商売女でいつのまにか「オンリーさん」となって、結婚しアメリカに渡ったと思っていたが、そういうケースもあっただろうが、ほとんどが普通に米軍兵士と恋愛し結婚したということを強調していた。
田中小実昌が占領軍で働いていたとか、ペギー葉山が占領軍で歌っていたとか聞いたことがあって、今まで、なぜ憎きアメリカ軍の基地で働くという発想ができたのか不思議だったが、日本国内にろくな仕事がなく、手っ取り早く金を稼ぐために占領軍に働き口を求めたということのようだ。それにしても、アメリカ人が平気でPXの商品を買い付け(横流し)、日本人に売って、さらにそれを日本人が転売して儲けるというのも、アメリカには相当、余剰物資があったようだ。
笑子は「ニグロ」専門のキャバレーのクロークに勤めていて、トーマス・ジャクソン伍長(トム)と知り合う。キャバレーにも、白人用と黒人用があったのだろう。多分、白人用に職の空きがなかったのだろう。トムはこのキャバレーを支配している一人だというが、後にえがかれるアメリカでの生活を考えると、少し格好を付けていたのかも知れない。アメリカでの生活は人種による差別だらけだが軍隊でも差別はあっただろうが、基本的には階級の上下が先行していただろう。
このキャバレー「パレス」は「進駐軍が暫定的に経営している」という。日本政府はアメリカ占領兵用の「特殊慰安施設(女性、五万五千人)」を作ったが、半年ほどでアメリカ軍によって閉鎖されている。アメリカ軍は自由恋愛が基本で、兵士のレイプを積極的に取り締まる気はなかったようだ。いずれも個人の問題で軍全体の問題にしないのがアメリカ方式で、日本は国際的にどうみられるか考えることなく「慰安所」に関与してしまっている。フランスでもアメリカ兵によるフランス女性に対するレイプが多数あったという。
笑子がアメリカ、ニューヨークに行ってみると、トムは「ニグロ」として差別され、安い給料で夜の病院の看護人をしている。最後の方で、トムの弟のシモンが南部から出てくるが、彼は仕事がなく働かない。麗子も白人と結婚してアメリカに来ているが、こちらに来てみると彼はプエルトリコ人で、「ニグロ」よりも下の階層であったことがわかる。彼女ものぞまぬ妊娠をして、堕胎がキリスト教的理由から法律的に禁止されており、闇医者にかかると安全が保障されないだけでなく千ドルかかることがわかって、絶望の内に自殺してしまう。日本に帰ろうと思えば、帰るお金は工面できたのだろうが、日本にも居場所がなかったのだろう。
この作品は、いきなり「ニグロ」という差別語が連発され驚いたが、最後に笑子も「私も、ニグロだ!」ということで結末を付けるのだが、これは有吉佐和子の意識的に読者に衝撃を与える手法かもしれない。斎藤美奈子が解説で指摘しているように、有吉佐和子は日本の差別構造については言及していない。これらを考えると、私は見事に有吉佐和子の術中に嵌められたのかも知れない。
斎藤は、この作品を「差別の構造をあぶり出す」と絶賛しているが、日本でも1970年7月7日に華青闘(華僑青年闘争委員会)告発があり、同時期に津村喬が『われらの内なる差別』(三一新書)を出して話題になった。これは学生運動が衰退していく中で、マルクス主義の階級闘争論から、中国人、朝鮮人差別、部落差別を問題にしようとした運動の始まりであった。最後は女性差別までいって「中ピ連」というわけのわからない活動組織もできた。
私はその頃、マルクス主義者であったの、何でも差別に解消しようとする運動には反対であった。この『非色』も、読み終わってみれば差別をセンセーショナルに強調しすぎた作品のような気がした。最後の方でメイドとして勤める家庭が、ユダヤ人と日本人の夫婦というのは、いささかやり過ぎの感がしないでもない。語呂的に林笑子と林芙美子は似ている。林芙美子は積極的に中国戦線に出かけていってレポートを書いている。
2021年9月11日
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