木・うんちく

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105. 父から子供達に伝える日本の歴史その4:日本が戦後左傾化した理由

2016-02-03 11:08:52 | ウッドデッキ
太平洋戦争後、日本を占領統治したアメリカ軍の日本統治政策は、
日本人が二度と戦争を起こさない気持ちにさせようと言うことを主眼に置いた。

そのため、これまでの日本の政策はすべて悪。
また、学校で教えていたことは間違いと言うスタンスで、
良く言えば民主主義、
悪く言えば、日本人の精神的な骨抜きを主眼においた政策をとった。

お父さんは、戦前・戦中の日本軍部や政治指導者のあまりのひどさから考えると、これらの進駐軍の政策は悪いことばかりではないと思うが、
問題は、日本人が、戦争に負けると言う経験を積んでいなかったことだろう。


これがヨーロッパだったら過去2000年の間に勝ったり負けたりの連続で、
戦争に負けることは国のアイデンティティを捨てることにはつながらないが、

日本人でも特に知識階級の人は、戦争に大きく協力してしまったと言う反動で、
戦後は極端に左に寄ってしまった。

これが実業界で働いている人達は、
世の中は理念だけでないことは分かっているから、

これらの左翼思想を信じ込んでしまうことはなかったが、
教育関係や言論出版関係は大きく影響を受けた。

これは日本だけでなく、当時は世界的にそうなったことだが、
理想の国はロシアや中国・北朝鮮のような共産圏だと思っている人が多かった。

お父さんが大学に入った当時は、東大も京大も経済学部で教えていたのは、
まったく何の役にも立たないマルクス経済学だったし、
北朝鮮を理想郷と讃えていた朝日新聞は、知識層では最も権威のある新聞だったからね。

それと日教組の方針が「2度と教え子を戦場に出さない。」と言う考えから、
戦争遂行の道具に使われたと言うことを理由に、国旗に対して礼を尽くすとか、国歌を歌うと言うことはタブーだったから、民主主義=国旗・国歌に敬意を払わないと言う考えが当時の教育界では当たり前だった。

しかし、人間は理想よりも現実に楽な方向に流れるのが常だから、
結局は、そのようなことを理由に、
教育界は他からの干渉を排除して自分達が心地よい環境にしようと言う安易な方向に流れて行ったんだ。

特に日本を貶めることが民主主義と思っている人については、
反日教育をしている中国や韓国にとっては誠に都合の良いもので、
これらの人達は中国・韓国では良心的日本人と呼ばれて歓迎されたから、
余計にその傾向が続いた。

結局、ソ連も中国も北朝鮮も自分達の理想の国ではないと言うことが分かり、
知識人の左翼化傾向はひどすぎたのではないか、
と日本人が気づき始めたのは戦後も70年過ぎた最近になってからだから、
いかに戦争に負けたことの後遺症は大きかったかと言うことだろう。
コメント
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