ちょっと前に、田沢湖町に行った際に撮影した。廃業した商店の写真だ。田舎では大抵の場合、廃業した商店はそのまま放置され、そして朽ちていく。ショーケース的なものがあった商店では、そこにかつての商品や造花などを残していることが多い。店主の気持ちが分かるようで、切ない気持ちになる。造花が残された場合、その造花はどこかの時点で必ず落花する。当然、造花なので植物のように枯れるわけではない。恐らくは接着材などが劣化するのだとは思う。でもその様子は、まさに本物の花が落ちて朽ちていくようだ。造花は自然の花を模しているわけだが、その散り方まで本物の花に近づこうとする。
思えば、かつて日本全国に溢れていた各地方の個人商店たち。夏の盛りの終焉のように次々に閉店しいく。輝かしかったあの時期は遠い昔のことに思える。そこに残された造花は人工物で、自然の季節に支配されないはずなのに、置かれていた商店の運命に殉じるように散っていく。
「夏の果て散り際知りし造花かな」
※インチキ流俳句なので、ガチな方は生暖かくスルーして下さい。
X-PRO3 / XF23mm F2R WR
かれることなきけいねんれっか
お花の隣には商品が置いてあったのでしょうか?洋服?時計?かばん?いろいろな個人商店ってありましたね。
怖そうなおじさんもいて、おまけしてくれるおばさんもいて、昭和バンザイ(笑)
(これにてお別れです)
そのうちロボットも経年劣化で老化するかもしれませんね。
かつての店主、または関係者の愛でしょうか。思い入れの違いを感じます。
昭和バンザイ、同感です。
不識、人の世の常なのでしょうか。
花は知らずなのでしょうか。
について、よく分からなくなりました。
これより後は「山本さん」と言う名を改め、
「不識庵」と言う名前でコメントします(笑)
確かに生と死の体験ですよね。
引き続き、鋭く、かつニヤッとするコメントいただけると嬉しいです。