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帯とけの平中物語
「平中物語」は、平中と呼ばれた平貞文の詠んだ色好みな歌を中心にして、平中の生きざまと人となりが語られてある。
歌も地の文も、聞き耳によって意味の異なるほど戯れる女の言葉で綴られてあるので、それを紐解けば、物語の帯は自ずから解ける。
平中物語(三十五)また、男、いささか人にいはれさはがるる・(その二)
(男は京で憂きことがあって、自らを慰めに気晴らしをかねて、津の国へ旅立ったのだった)。
行き着いて、長洲の浜に出て、網を引かせるなど、遊んでいると、うららかに晴れわたって、春だったので、海はとってものどかになって、夕暮れになりゆくにつれて、いつの間に思ったのだろうか、憂かりし(辛かった……ありもしない事を告げ口され裁かれ・恨めしかった)京ばかりが恋しくなってゆくので、ぼんやり景色を眺め思いに沈みつつ、心の内に、いはれける(思い浮かんだ……自らの思いが聞こえた)・歌、
はるばると見ゆる海辺をながむれば 涙ぞ袖の潮と満ちける
(はるばると見える海辺を眺めていると、涙ぞ、袖の潮のように満ちることよ……はるばると見る、うみべをながめていると、汝身だぞ、身の端の肢おとともに、満ちることよ)。
言の戯れと言の心
「はるばる…距離的・遠くまで…時間的・長く続く」「見…目で見る事…覯…まぐあい」「うみべ…海辺…憂み辺…産み部…女」「海…女」「べ…部…部類…愛称」「なみだ…涙…汝身唾…もののなみだ」「な…汝…愛称」「しほと…潮のように…潮となって…肢おのように…肢おとともに」「と…他にも多様な意を表す言葉である」。
とぞ、ながめくらしける(もの思いに耽って日は暮れたのだった)。
さて、その朝に、このようであったと、文に書いて、京の、あの出かけるよと申した人(女)のもとに、遣ったのだった。女、
なぎさなる袖まで潮は満ちくとも 葦火たく屋しあれば干ぬらむ
(渚になっている袖まで潮は満ちて来ても、葦火炊く小屋さえあれば、干してしまえるでしょう……女成る、身の端までに、肢お満ちて来ても、悪し火の燃える井へあれば、干すでしょう・のみほすでしょうよ)。
言の戯れと言の心
「なぎさ…渚…水際…女」「なる…である…成る」「袖…端…身の端」「しほ…潮…肢お…おとこ」「葦…あし…悪し」「ひ…火…思い火」「や…屋…宿…家…女」「らむ…推量する意を表す」。
などとなむ(などと、なのだ)、言って寄こしたのだった。それで、久しくは長居せず、帰って来たのだった。
(第三十五章おわり)
この男、この度のわざわいも、恐らくは女に浮かれていたことが原因と思われるが、その憂さを慰められるのは、結局、女のようである。
原文は、小学館 日本古典文学全集 平中物語による。 歌の漢字表記ひらがな表記は、必ずしも同じではない。
以下は、今の人々を上の空読みから解き放ち、平安時代の物語と歌を恋しいほどのものとして読むための参考に記す。
古今集仮名序の結びに「歌の様を知り、言の心を心得える人」は、歌が恋しくなるだろうとある。
歌の様(和歌の表現様式)については、藤原公任に学ぶ。『新撰髄脳』に「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりと言うべし」と優れた歌の定義を述べている。歌は一つの言葉で複数の意味が表現されてあることがわかる。これが「歌の様」である。
「言の心」については、先ず、平安時代の言語観を清少納言と藤原俊成に学ぶ。清少納言は「同じ言葉であっても、聞く耳によって(意味の)異なるもの」、それが我々の言葉であると『枕草子』第三章に記している。藤原俊成は「歌の言葉は、浮言綺語の戯れに似ているが、そこに言の深い趣旨が顕れる」という。これらの言語観によれば、歌言葉などには、字義以外にもこの文脈で孕んでいた意味があることがわかる。それを一つ一つ心得ていけばいいのである。
歌も物語も、今では「色好み」な部分がすべて消えて、清げな姿しか見せていない。その原因は色々あるけれども、一つは、鎌倉時代に和歌が秘伝となって埋もれたことにある。古今伝授として秘密裏に継承されたがそれも消えてしまった。秘伝など論理的に解明することなど不可能であるから見捨てて、原点の貫之・公任の歌論に帰ればいいのである。もう一つは、近世より、古典文芸について、論理実証的考察が始まったことである。この方法は文献学や言語学には有効な方法かもしれない。誰もがこの方法を、和歌や物語の解釈にも有効であると思いたくなる。しかし、和歌と女の言葉の戯れは、論理などで捉えられるような代物ではなかったのである。「聞き耳異なるもの・女の言葉」とか「歌の言葉・浮言綺語の戯れ」ということを、素直に聞けばわかる。言語観は平安時代の清少納言・藤原俊成に帰るべきである。
歌の修辞法とする序詞、掛詞、縁語を指摘すれば、歌が解けたように思いたくなるが、それは、歌の表層の清げな衣の紋様の発見にすぎない。公任のいう「心におかしきところ」は、「歌の様を知り言の心を心得る人」の心にだけ、直接伝わるものである。