三輪山の麓の大神神社は、三輪山そのものが御神体のため、本殿はなく拝殿から山を拝みます。そのような神社の起源はかなり古いようです。
縄文時代は神が山に宿ると考えて山そのものを拝む習慣があったようで、九州を参拝した時も、祖母山で同じ話を宮司さんから聞きました。大いなるものは自然の運行の中にあるのかもしれません。
「古事記」には、次のような記事があります。
イザナギノ尊が少名彦 (コトシロヌシに、大国主 (八矛ノ命)と兄弟になって、 出雲王国を造りなさい と言われた。…少名彦神が常世の国に渡ったあと、大国主は心配して、「わたし一人で国を造るのは難しいと この神が協力してくれるだろうか」と仰せられた。その とき、海上を照らして近寄って来る神 (大物主)が、「われをヤマトの青垣の東山 (三輪山)に祀れ」と言われた。その神は、御諸山 (三輪山) に鎮座する神となった。」
三輪山では磐座も祀られています。古い信仰ですね。
出雲人は、インドからやってきた時鰐を崇拝していましたが、そこから後に鰐が竜神信仰やヘビ信仰になったと出雲の著書では書かれていました。古事記の
「海上を照らして近寄って来る神」
とは、出雲地方の背黒ウミヘビの様子を表しており
このヘビは、名前のとおり背は黒いが腹部は金色で、腹をくねらせると灯りに照らされて黄金色に輝く蛇のようで、夜は漁師さんには、金色の火の玉に見えるようです。
大物主神が近寄ってくる様子を、セグロウミヘビのようだと古事記では表現しており、
タタラ五十鈴姫が三輪山の麓に移住したとき、太陽神とともに竜蛇神も祀ったことから、三輪神社の樹木の根にもヘビ神が住むと言われたようです。
三輪山の御眷属神なのかもですね。見えない私からしたら、トカゲだってチョウだって、木の葉だって、そこにある全てが神さまの息吹に感じました。
ところで、ミワという言葉の由来についてですが、もともと酒を入れるカメを、古語で ミワと言ったようで、それが神酒(ミキ)に変わったとありました。
三輪山は、酒造りの神が宿る山という意味で、ミワ山と名づけられたようです。
古代の出雲系の神祭りでは、お神酒は欠かせないため、三輪山周辺では、酒造りが行われます。
神話では、少彦名神は酒造りも教えたことになっていますが、大神神社には出雲の大物主が酒道りを伝えたという言い伝えがあるようです。著書によると、少彦名神🟰事代主神(諡)🟰大物主(名前をかえられた)です。三輪山は、また御諸山(ミムロ山)とも呼ばれます。
澄んだ酒(清酒)は、もろみ(どぶろく)をろ過することでつくられます。御諸山の「もろ」は、酒のもとの「もろみ」を意味するという説もあるようです。
また、古代は竪穴住居を「室」と言ったようです。「室」は酒造りに適した建物で、その屋根が地面の上に出た姿に御諸山が似ているから「御室山」の字が変わったものかもとも言われています。
埼玉の氷川神社3社を徒歩とバスでまわった際、一番行きにくい奥まった場所にあった埼玉の女體神社は三室にありました。龍神伝説の地でした。
三輪山の登拝につきましては、非常に感動しました。古事記や著書を参考に色々書きましたが、人が意味付けしたものをとっぱらった方がよかったりして😚。とても良い空間であり、神坐す山だと思いました。
本当にありがとうございました。