月の晩にひらく「アンデルの手帖」

writer みつながかずみ が綴る、今日をもう一度愉しむショートショート!「きょうという奇蹟で一年はできている」

パリ紀行(2) パリ初日の夜は、オムレツ・ド・フロマージュで

2015-08-02 01:29:59 | 海外の旅 パリ編



細い路地に小さなホテルが連なるなか、エンジ色の旗が目をひくのが
プチホテル「トゥーリン」。



エントランスから繋がる長い廊下やフロント、ロビー、客室等の装飾はアンティーク調に統一され、
フロント横にはミニアンティークギャラリーも。
絨毯をまっすぐに進むと、感じのいい狭い中庭とテラスがあり、その先に1人用のエレベータが設置されていた。



自力でエレベータのドアをあけて、スーツケースをどうにか中に押し込み、
つま先立ちをして、肩を折るように縮めてドアを締めて2階まで(2人は同時に乗れない狭さ)。
一番奥の突き当たりの部屋が、3日間滞在する私達の城だった。







そんなに高価なホテルではないので、あまり期待していなかったが、広さは十分すぎるくらいだ。
室内はマホガニー色の家具と、ややモダンな光沢のあるザクロ色のベットリネンとおそろいのカーテンで統一され、
清潔に掃除されていた。
お風呂はきれいに磨かれて、バスタブとシャワー室に分かれていたのが、なにより気に入った。
3つ星ホテルのここは、贅沢とはいえないまでも女の子がいかにも好きそうで、日本の古い洋館ホテルのようなしつらいなのだった。


シャワーを浴びて外へ出ると、まだ夜9時を過ぎた時刻だというのに真夜中のような暗さ。
黄色の電球はいっそう怪しさをまし、強い光線となって街を照らしていた。

私はNとふたり、若いカップル達が手をつなぐみたいに指と指を絡めて、街に繰り出した。

パリという大都会の夜が、怖かったのだ。黒人も中近東の人も欧米の人も普通に夜のパリを楽しんでいる光景に
のまれてしまいそうな気がしたのだ。
どこからみても日本人の私たちは、同性愛者に間違えられないかと半ばヒヤヒヤしながら、用心深く街を歩く。








途中で、酔っ払いのグループやOLや、若い男女やらに出くわしたが、
それでも本当は数えられるほどしか、人とはすれ違わなかったのかもしれない…。
それに、エールフランスの機内食を食べてから数時間しか経っていないせいか、全くお腹がすいていない。
ただ単純に、パリの夜の街を散歩したくて歩き続けた。

メトロの入口やアパートメント、4つ星ホテル、カフェ。
曲線のデザインが美しいアール・ヌーヴォーの建物の美しさに見惚れて、何度か立ち止まった。
ヨーロッパは彫刻のレベルがなんて高い国だろうと思ながら。

人通りは少なくても、道路の交通量だけは結構あって、カフェだけがにぎわって人が溢れかえっていた。


オペラ座の裏にはオスマン通りがあり、「ギャラリー・ラファイエット」、「オ・プランタン」のショーウインドウだけをみながら
歩く。どこもシャッターが閉まっていたので、
「モノ・プリ(Mono Prix)」という食料品専門のデパートへ入った。





中に入ると、おいしそうな惣菜やハム、チーズ、パンの店。マカロンやケーキ屋のたぐいの店がいくつも連なっていた。
オシャレな瓶詰めの店もあった。蛍光灯は明るく、花屋やフルーツを売る店、デザート店に会社帰りの客がどんどん吸い込まれていた。
私達は、ピエール・エルメのマカロンを6コ買って袋につめてもらった。
今夜ホテルへ戻って、コーヒーを入れたらこのマカロンを食べるように…。



やはり。お腹に何か入れておこうとこのカフェへ。
行く途中で、一番感じいいなと目星をつけていた「Au Gral La fayette」。





扉をひらくと、キャッシャーにいた1人の男性が出てきて笑顔で出迎えてくれた。
席へついてからも、なんだか、彼から目が離せない。いわゆるフランス人らしい人となり。
給仕のたぐいと金の勘定を1人で取り仕切って本当にせかせかと、よく働く男だ。それに、どの客にも笑顔で対応していた。
ものすごい速さで歩き、キビキビと皿や料理を運び、丁寧にワインをつぎ、厨房に消えて、
またすぐ大皿一杯のサラダを持ってきて、テーブルにドンと置くや、また新しい客を迎えいれて椅子をひいていた。
マネージャーだろうか、オーナーだろうか。
日本人には少ないな、こんなできる男性の給仕をする人は。



私は、オムレツをオーダー。Nはガレットをオーダー。
赤ワインとチーズも追加する。









大皿にどっかりと乗ったオムレツは、オムレツ・ド・フロマージュ。アツアツ!卵とチーズだけのプレーンタイプなのだが、
クリーミーなのに、実にサッパリしている。
とても全部は食べられないと思ったのに、一緒に盛られた葉野菜やワインとともに味わうと、いくらでもスルスルッと胃袋におさまった。
「オイシイ!!」。夜に卵料理なんて日本では考えられないが、
私は石井好子さんの「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」に感化されていたのか、絶対に巴里ではオムレツを、と決めていたのだ。

いいなぁ、こんなカフェが日本に、というか近くの住宅街にでもあればいいのに。
(でも想像してみて、全く合わないとすぐにわかった)

時計の針は10時半をさしていたが、ほぼ席はうまっていて、隣には4人グルーが大きなステーキとポテト、
惣菜を何品がオーダーして豪快に乾杯し
窓際では、1人の若い男性が白ワインと赤ワインを次々と注文しながらグイグイと気持ちよく飲み、おいしそうなパテやサラダや肉の盛られた皿を幸せそうに食べていた。
1人で愉しそうに外食できる国っていいなぁ、とボンヤリ思う。

パリのカフェは、大人たちが実に愉しそう。
日本のそれとは違って、オシャレより、食い気とばかりに、あの人もこの人も、グループ連れも、
おいしそうにモノを食べ、愉しそうにおしゃべりする光景がとても気持ちよかった。
食事や酒を心から愛してやまない人たちが集まってきている、という空気感が店中に漂っていた。

それに、びっくりするくらいおいしい!日本でこれくらいのものを出したら、
すぐに人気店として行列ができたり名店として雑誌に頻繁に登場するに違いない。
洗練された味とか、そういうのではなくシンプルだけど、味がいい。
それもこれみよがしではなく、さりげなく自分に寄り添ってくれている味。
胃もたれしない。おいしいオムレツとワインで気をよくした私達は、ご機嫌でホテルまでの道のりを
来る時よりも軽い歩調で引きかえしていった。