この夏 あるCMが目に留まり、遠い昔のことを懐かしく思い出したよ。
中学生?高校生?たちが水の無くなったプールを掃除する、あの〇〇〇〇ウォーターのCMだ。
もう50年以上も前のこと。私のノスタルジー。記憶は曖昧かも知れないけれど・・・・。
小学校の中学年。私たちのクラスの担任は体育の先生だった。
『今日は放課後プールの掃除をするぞ!掃除したいヤツは残れ!』と言われ、私たちはキャッホー!と
水着に着替えて、段々水の少なくなって行くプールで泳いだり遊んだり。
水が減って底の方になっても、まだバシャバシャと泳いではしゃいだ。
水がすっかり抜かれると、皆でデッキブラシを持ってゴシゴシやったな・・・。
そう、あのCMと同じだ。
違うのは私たちは小学生だったし、制服じゃなくて水着で掃除していたよ。
私たちの担任は、すごく厳しくて怖くて、そして面白くて優しい先生だった。
黒板を指す棒?指示棒と言うのかな、それが確か竹で出来ていて、その棒でしょっちゅう教卓を叩く。
うるさい!と言っては叩く。静かにしろ!と言っては叩く。バシン!バシン!と本当に机が痛そう。
あまりに叩いてばかりなものだから棒の先っぽがバラバラになって、それをまたテープでぐるぐるっと
巻いていた様な気がする。
又、教壇の端っこの床に(黒板の真下)樫の木だか椎の木だかで作った堅い太い長い棒をころがせていて、
後ろの方の席で男子が授業を真面目に聞いていないと、その棒を振り下ろしゴツンと頭を叩いた。
先生曰く、『教壇からでも届くからなあ・・・』と。
教室の後ろで男子がケンカでも始めようものなら彼らを解きほぐし『オレが相手だ!』とばかり自分が
生徒と取っ組み合いをする。そしてバーン!と投げ飛ばしてしまうのだ。
男子なんかしょっちゅうやられてたよ。
ある日の放課後、掃除当番が終わった頃に誰かが黒板に相合傘の落書きをした。
皆でキャーキャー言いながらその書かれた名前を囃し立てていた様な・・・。
キレイに消して帰ったけどね。
翌朝、何で先生が知ったのか分からないが、『昨日、黒板に落書きしたヤツ前へ出て来いっ!』と
すごい剣幕。
『その場に居たヤツも全員だっ!』『並べっ!』
ぞろぞろと10人くらい出て行ったような気がする。
その時私は学級委員?今そんなのがあるのかどうか知らないけれど。
先生は私の顔を見るなり、『お前も居ったんかっ!』
『学級委員が居ながら何してるっ!何で注意しないっ!何で止めないっ!』
そして『お前が最初や!』と言ってバッチーン!と頬っぺたを思いっ切り叩かれた。
勿論前に出ていた全員が次々と順に叩かれたよ。
もうね、ほっぺたが真っ赤に腫れ上がったわ。しばらく痛くてじんじんしたよ。
でも誰も、先生を恨みに思ったりなんか無かったな。
むしろ怒られるのは当然。叩かれても仕方ないと皆思っていたよ。
親にも言わないしね。
今の時代だったら多分大問題だろうね。
その先生は礼儀にもうるさかったよ。
教室の窓ガラスが割れた。私を呼んで用務員さんにガラスを入れて下さいと頼んで来いと。
『何て言う?言ってみろ』。私がこうこうで・・・と言うと『違うっ!そんな言い方じゃアカン。
もっと丁寧に。ちゃんとお願いするんや!』言い直さされて私は用務員室に・・・。
フォークダンスをする時は、『最後の曲は好きな人と組んでよろしい』
人気のある男子は取り合いだった。
”きよしこの夜”を英語(と言ってもカタカナでだけれど)で教えてもらった。
だから私はいまだに”きよしこの夜”をカタカナ英語で歌える。
私は翌年のクラス替えの時に、その先生の受け持ちクラスになれなかったことがすごくショックだった。
そして更に翌年、転勤されて行かれたから卒業の時は居られなかったな。
私たちは先生が好きだった。
怒られても叩かれても投げ飛ばされても、先生が好きだった。皆が慕って居た。
どんなにきつく怒られても、先生には生徒たちを心底思う愛があったと思う。
勿論小学生の頃に、そんなことを考えたことも無かったし分かっていた訳でも無かった。
でも長じて思ったよ。本当にいい先生に巡り会えたんだなと。
今の時代、生徒同士のいじめだとか先生による生徒へのいじめだとか体罰だとか、色々問題に
なっているけれど、一体何でなんだろうと、私は思う。
教師の質が低下している?いや、教育熱心で勉強熱心で心から生徒のことを思う先生もいっぱい
居るだろう。
親がモンスター化している?いや、そんなの一部だと思いたい。
家庭での躾は?子ども同士の関係は?
昭和30年代に小学生時代を過ごした人間には、今の教育現場のことは正直分からない。
色んな事件の本当のところも当事者では無いから想像の域を出ない。
ただ、先生方には子どもたちを無条件で愛してあげてって思うよ。
何の為に教師になったのかな?
子どもには子どもの世界があり、その中でケンカもしたり仲良くしたり我慢もしたり許したり。
学校と言う社会の中で子どもたちは成長して行く。
先ずは指導してくれるはずの先生を信じられなくて一体誰を何を信じろと言うのだろう。
学校は安心して居られる場所で無くてはならないと思う。
中学生?高校生?たちが水の無くなったプールを掃除する、あの〇〇〇〇ウォーターのCMだ。
もう50年以上も前のこと。私のノスタルジー。記憶は曖昧かも知れないけれど・・・・。
小学校の中学年。私たちのクラスの担任は体育の先生だった。
『今日は放課後プールの掃除をするぞ!掃除したいヤツは残れ!』と言われ、私たちはキャッホー!と
水着に着替えて、段々水の少なくなって行くプールで泳いだり遊んだり。
水が減って底の方になっても、まだバシャバシャと泳いではしゃいだ。
水がすっかり抜かれると、皆でデッキブラシを持ってゴシゴシやったな・・・。
そう、あのCMと同じだ。
違うのは私たちは小学生だったし、制服じゃなくて水着で掃除していたよ。
私たちの担任は、すごく厳しくて怖くて、そして面白くて優しい先生だった。
黒板を指す棒?指示棒と言うのかな、それが確か竹で出来ていて、その棒でしょっちゅう教卓を叩く。
うるさい!と言っては叩く。静かにしろ!と言っては叩く。バシン!バシン!と本当に机が痛そう。
あまりに叩いてばかりなものだから棒の先っぽがバラバラになって、それをまたテープでぐるぐるっと
巻いていた様な気がする。
又、教壇の端っこの床に(黒板の真下)樫の木だか椎の木だかで作った堅い太い長い棒をころがせていて、
後ろの方の席で男子が授業を真面目に聞いていないと、その棒を振り下ろしゴツンと頭を叩いた。
先生曰く、『教壇からでも届くからなあ・・・』と。
教室の後ろで男子がケンカでも始めようものなら彼らを解きほぐし『オレが相手だ!』とばかり自分が
生徒と取っ組み合いをする。そしてバーン!と投げ飛ばしてしまうのだ。
男子なんかしょっちゅうやられてたよ。
ある日の放課後、掃除当番が終わった頃に誰かが黒板に相合傘の落書きをした。
皆でキャーキャー言いながらその書かれた名前を囃し立てていた様な・・・。
キレイに消して帰ったけどね。
翌朝、何で先生が知ったのか分からないが、『昨日、黒板に落書きしたヤツ前へ出て来いっ!』と
すごい剣幕。
『その場に居たヤツも全員だっ!』『並べっ!』
ぞろぞろと10人くらい出て行ったような気がする。
その時私は学級委員?今そんなのがあるのかどうか知らないけれど。
先生は私の顔を見るなり、『お前も居ったんかっ!』
『学級委員が居ながら何してるっ!何で注意しないっ!何で止めないっ!』
そして『お前が最初や!』と言ってバッチーン!と頬っぺたを思いっ切り叩かれた。
勿論前に出ていた全員が次々と順に叩かれたよ。
もうね、ほっぺたが真っ赤に腫れ上がったわ。しばらく痛くてじんじんしたよ。
でも誰も、先生を恨みに思ったりなんか無かったな。
むしろ怒られるのは当然。叩かれても仕方ないと皆思っていたよ。
親にも言わないしね。
今の時代だったら多分大問題だろうね。
その先生は礼儀にもうるさかったよ。
教室の窓ガラスが割れた。私を呼んで用務員さんにガラスを入れて下さいと頼んで来いと。
『何て言う?言ってみろ』。私がこうこうで・・・と言うと『違うっ!そんな言い方じゃアカン。
もっと丁寧に。ちゃんとお願いするんや!』言い直さされて私は用務員室に・・・。
フォークダンスをする時は、『最後の曲は好きな人と組んでよろしい』
人気のある男子は取り合いだった。
”きよしこの夜”を英語(と言ってもカタカナでだけれど)で教えてもらった。
だから私はいまだに”きよしこの夜”をカタカナ英語で歌える。
私は翌年のクラス替えの時に、その先生の受け持ちクラスになれなかったことがすごくショックだった。
そして更に翌年、転勤されて行かれたから卒業の時は居られなかったな。
私たちは先生が好きだった。
怒られても叩かれても投げ飛ばされても、先生が好きだった。皆が慕って居た。
どんなにきつく怒られても、先生には生徒たちを心底思う愛があったと思う。
勿論小学生の頃に、そんなことを考えたことも無かったし分かっていた訳でも無かった。
でも長じて思ったよ。本当にいい先生に巡り会えたんだなと。
今の時代、生徒同士のいじめだとか先生による生徒へのいじめだとか体罰だとか、色々問題に
なっているけれど、一体何でなんだろうと、私は思う。
教師の質が低下している?いや、教育熱心で勉強熱心で心から生徒のことを思う先生もいっぱい
居るだろう。
親がモンスター化している?いや、そんなの一部だと思いたい。
家庭での躾は?子ども同士の関係は?
昭和30年代に小学生時代を過ごした人間には、今の教育現場のことは正直分からない。
色んな事件の本当のところも当事者では無いから想像の域を出ない。
ただ、先生方には子どもたちを無条件で愛してあげてって思うよ。
何の為に教師になったのかな?
子どもには子どもの世界があり、その中でケンカもしたり仲良くしたり我慢もしたり許したり。
学校と言う社会の中で子どもたちは成長して行く。
先ずは指導してくれるはずの先生を信じられなくて一体誰を何を信じろと言うのだろう。
学校は安心して居られる場所で無くてはならないと思う。