雑感 独り善がり

日々の思いや怒りを自分勝手な考えで綴る

週末の出来事。食事会・落語・お見舞い

2024-12-15 11:43:20 | 日記

13日の金曜日、友だちが出ると言うので落語を聴きに行った。大阪天満宮そばの繁盛亭。

落語のライブの前に、今月の食事会をしようと言うことで、Miが中華を予約しようとしてくれたが

忘年会シーズンでおまけに金曜日。だよね・・・満席だったみたいで代わりに串焼き屋さんへ。

初めてのお店だったけれど美味しかった。又行きたいわ。滅多に来ないUも参加して、6人。

その中で、ちょっと驚きのニュースも。いつもの5人の中で、2人お母さんが健在だったのだけれど、

先月はMiのお母さんが、そしてその日はSもお母さんが亡くなったと言うのだ。ついこの間と。

更に、滅多に参加しないUのお母さんも今年亡くなったと言う話を聞いてびっくり。皆90代よ。

長寿も嬉しいし、皆頭がとてもしっかりしていたと。身体こそ徐々に言うこときかなくなるのは

仕方ないとして、皆凄いよね。98歳・95歳・95歳と。

このところ、70代が亡くなること多いよねぇ・・・一昨年の年末から70代の著名人がどれだけ

亡くなったことかと。

で、70代クリア出来れば、次の心配は90代じゃない?80代は比較的安定しているみたいと。

いやいや・・・そんな訳はないでしょ💧 ずっと心配だよ。

 

食事を終えて繁盛亭へ。いくつか聴かせてもらったが、私は友だちが一番上手かったなぁと

思ったことよ。関東と上方とでは落語の形態?も違うんだろうけれど、何だか若い人たち元気過ぎて

風情?と言うか間合い?と言うか・・・私的にはちょっと違うんじゃない?と感じたことでした。

まあ、ああいうのは好みと言うか好き好きよね。

時間も遅いのでお茶もせず、『じゃあ又来年ね~』と皆と別れる。私は老人優待の50円のバスで帰る(^^;

 

昨日は兄夫婦と一緒に姉の病院へ。先週は行けなかったので転院している新しい病院へは初めて。

お風呂も入れてもらったみたいでこざっぱりしてキレイになっていた。良かったね、気持ちよさそうで。

甥姪に、爪が伸びているのが気になっていて、何度か爪を切ってあげてと頼んでいたのだが

もしかしてと思い、爪切りを持って行った。案の定誰も切ってあげて無いやんか!

爪を切りながら3人が代わる代わる喋りかける。大きくて縦長でキレイな爪だ。手の甲も色が白くて

肌はすべすべ。私の手の方がよっぽど荒れている。兄が『オレの方が手の甲のシミ多いわ』と。

目の前に手をかざすと瞬間、目をつぶる。喋りかけると、短くひとこと言葉を発した。

呼びかけに反応し、返事出来ないのがもどかしそう。全部聞こえてるんだよね、解っているんだよね、

私たち来ていること。何か言いたいんだよね、お姉さん。

 

帰りに3人で食事し姉の話を。今の病院がとても高いと聞いているが

私『義兄さんお金持ってるよね?沢山。それ半分はおねーさんのものだからね。

夫婦で築いた財産だからね。半分おねーさんに使ってよね』

兄も義姉も『そーだそーだ、その通り』だと。

今後の方針はどーすんだろ?どうやって栄養摂ってる?義兄+姪と、甥との意見が違うのが問題だ。

私たちが口を挟むことでは無いけれど、希望は伝えたい。

甥に電話する。娘時代、一緒に暮らしていた頃の姉が好きだった歌手や歌を甥に教えて、ネットで

取り込んで聴かせてあげてと依頼。甥も写真とか見せていると。希望は捨てていないと。

意見は2:4だなと甥は言う。差し障りのない程度で話ししてねとお願い。

 

このところ、倒れたり亡くなったりする人が周りに多い中、1人暮らしの私は毎朝目が覚めると

『ああ今日も無事、生きて目が覚めた』と先ずは思う。有難いし感謝だ。

”まだまだ死ねへんで!”と思ってるし周りにも言っている。やりたいことはいっぱいある。

『はいはい、あなたはちっとやそっとでは死にませんよ』と周りに言われる。勢いで生きて行くのだ。

そう言えば、私の仲良くしてもらってる友らも皆元気だし、私を除いて誰一人、離婚もしてないわ。

(女優のMiは別) 皆ご夫婦仲が良い。見ていていい感じよね、それも。有難いし嬉しい。

年内もう1回、泊りの出張がある。元気で働けることが有り難い。

さっ!頑張りますか(^^)/


姉が倒れた

2024-12-07 13:10:50 | 日記

又超久し振りだ。ブログを書く気もしない。興味が失せているのかも。

このところ、何ごとにもあまりやる気が出ない。

今週は珍しく出張も無く、従って出社もせずにひたすら自宅で電話やメール対応・見積などの資料作り。

ただの引きこもりでしかない。でも気乗りしなくても仕事だけはやっている。

何となく精神的にキツイと言う気はするが。

電話の声で元気だとか元気が無いとか、相手にその日の調子を指摘される私って、

つまりは自分勝手でワガママなんだろうな。気を遣わせてるってことだろうから。

 

姉が倒れた。3週間ほど前に。

私には2歳上の兄と、更に2歳上の姉が居る。姪から姉が倒れて救急車で運ばれたと連絡を貰い、

兄夫婦と一緒に病院に行った。

脳梗塞?正しい病名は解らない。不整脈で心臓近くの血栓が脳に飛んで脳血栓起こし、

お風呂からあがって洗面所で倒れたと。既に脳の左半分以上(3分の2と言ったか)が壊死していて、

意識が無い。目も開いてないし喋ることも出来ない。

駆け付けたその日は、熱が出ていて、脳圧で脳が腫れるのを押さえているとか聞いた。1週間様子を見ると。

手術は出来ない?のか解らないが、しないと義兄。

 

不整脈で血栓が脳に飛んで脳血栓。母と同じだ・・・。しかし母は最初はもっと症状は軽かった。

皆が病院に駆け付けた時は話もしたし、やがて早々に退院もした。その後2度ほど同じように発作を起こし、

徐々に進んで行ったのだけれど。

最初は孫の名前などを言い間違えたりはしていたが、まだ普通の生活は出来ていたし外出もしていたと思う。

そのうち入院が長くなってもたまに外泊出来たし、兄宅だけでなく私んちにも泊まって、娘と一緒に世話を

したりもした。

でも姉は、いきなり何も出来ない人になった。

1日に面会は2人まで。それも1人15分までと厳しいが、とにかく自分が行ける日は見舞いに行った。

目も開いてない。しかし身体は無意識に?動く。左の耳は聞こえているはずと姪が言うので耳元で

『おねーさん』『〇〇〇さん』『聞こえる?』と何度も声を掛ける。普通のお喋りもする。

発症時は肺炎も起こしていたが、今は熱も下がり症状は収まっている様子。

手をさすり腕をさすり脚をさする。15分の間ずっと手を繋ぎながら。ちょっと手を離すと無意識にか、

追いかけるような動きをする。身体は温かい。3回目の時には目も開いていたので、視界に入るような

位置で眼を見て話する。返事はないけど。

 

姉とは特に仲が良かった訳でも悪かった訳でも無い。普通の姉妹だ。どちらかと言えば私は

兄夫婦との方が仲が良い。家も近いし会う回数も多い。兄夫婦が好きだし世話にもなってるし。

姉は私とは180度反対のタイプの人だ。口数は少なくおとなしい。おっとりしている。動作もゆっくり。

背が高く細い。

ただの一度も外で働いたことは無い。短大卒業してから、日舞・お茶・お華・お料理・お菓子・和裁・

洋裁と、1週間毎日のようにお稽古事で忙しく、私より余程贅沢でお嬢様だったと思う。

子どもの時から身体が弱く、体育の授業はいつも”見学”の人だった。両親からは、姉に身体的な負担を

掛けることは禁止されていた。一度不注意で痛がらせて、父にボコボコに怒られたことがあった💧

姉は高ビーでもあった。庶民派普通感覚の私には、理解出来ない言動は多々あったが、偏りはあると

感じながらも毅然としている姉の姿は、ある意味カッコよく見えたりもした。

”本物のパリの”ではないけれど、お出掛け時はいつもいわゆる 一品物 誂えものと言う意味の

”オートクチュール”の姉がお洒落して出掛ける後姿を”カッコイイねぇ・・”と惚れ惚れと見とれて

見送ることもあった。

後に私に、野生児みたいで自分の思う通り好きな様に振る舞っている私のことが羨ましかったと

言ったことがあった。ふうん・・・そーなんだ、そんな風に感じてたんだと、素直に吐露する姉を

珍しくも思った。

当然お見合いで結婚すると思っていたのに義兄と恋愛し、親の大反対にあったが結婚した。

一男一女をもうけ孫ちゃんも4人、よく出来た専業主婦として夫唱婦随でやって来た。

私がいつも結構だな有難いなと思うのは、兄弟姉妹が皆同じように経済的にも家庭的にも精神的にも

安定していて、それに依る心配事が無いことだ。

お互いの関係も悪くはない。結構前に一時期、姉夫婦と兄夫婦が一瞬険悪になったことがあったが、

そんな時は私が まあまあ・・と仲裁する。近年は年に一度くらいだが皆で食事に行ったりもしていた。

 

私は姉の人生を思う。考えることがもう出来ていないのかどうかなんて判らないのだけれど、

あの3週間前のあの時点で、姉の思考は停止したのか?何かをしたいだろうに、何か考えたいだろうに

それさえも無理なのか?出来ないことなのか?伝えたい思いはいっぱいあるだろうに。

脳が壊死して戻ることは無いそうだ。今までの様な生活にはもう戻れない・・。

ベタベタするような仲の姉妹では無かったけれど、それでも私の姉だ。高ビーだった姉だ。

今後のことについては、世話をするのは姉の家族、義兄であり子どもたちだ。私が日常的に何かを

してあげれる訳では無いので、口は挟めない。

義兄と姪の意見と、甥とは違うらしい。私が40年以上前に離婚した時、今と時代が違うとはいえ

『離婚する人間は 〇〇〇だ』と差別用語で表現した義兄が、体裁を気にする傾向にある義兄が、

どうするのか?どうか姉にとって望ましい判断をしてくれるようにと、今は祈る気持ちだ。

私は兄弟姉妹の中で多分一番元気だ。両親の良いとこどりを独り占めしているみたいで

申し訳ない気持ちになる。お姉さん、又会いに行くからね。