平和の歌・核兵器絶滅へと戦った英雄の歌

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核問題

2017年09月07日 | Weblog

  核問題

 

NO1 原爆の恐さ  広島 

爆心から1,2キロ地点 その日のうち 50%死亡
 i回の投下で14万人とも20万人ともいわれる人が死亡。

 婦人の体験 (爆心から1,2にいた) ( 大勢の人が逃げてくる。顔が腫れはがり、男女の区別がつかない人が、バタバタと倒れていく。皮膚が指先に垂れ下がり、水をくれ!とうめく
 (体験者は父を原爆でなくす。本人も原爆症にかかり、せきたんで苦しめられ、ガンによる死亡の恐怖感になやまされる。)

 解説 恐いものだ一発の原爆で多大の人が亡くなった。今年も、その後遺症で多くの方が亡くなった。しかし、体験者のはなしだと、原爆で、顔が男女の区別ができないというからひどいものだ、水くれはのぞが熱くて体があつくて、水がほしくてしょうがないじょうたいであったんだろう。恐ろしいものだ、将来の原爆の廃棄は当然だ。 20100807

 

 NO2 戸田先生 原水爆禁止誓言された日

 

 1957年9月8日戸田城聖が原水爆禁止誓言をされた日である。当時は世界大国が核兵器勢力拡大であった。戸田城聖(創価学会第2代会長)は、核の恐怖を危惧され原水爆禁止誓言をされた。同精神は、池田SJI会長が継、各国のSJIメンバーが運動をされる。(S)

 

 現在、SJIメンバーは、国連主導の核兵器廃絶機関等と連帯し広島などの悲劇の実態など体験談や写真展など開催し世界に反響を与えている。

 

 2016年8月29日、核実験に反対する国際デー等の国際会議が、カザンスタン共和国で行われた。この会議にSJIメンバーが出席され、核廃絶等を訴えた。

 

参考 カザンスタン共和国 北東部のセミバラチンスク核実験場では、1949年から40年でソ連が450回超える核実験実施し、住民は今も被爆による被害に苦しんでいる。(S)

 

解説 現在、北朝鮮の度重なるミサイル実験、また、世界の大国の核の拡大、減少問題など世界的な問題である。今、核の脅威、恐ろしさは広島型より100倍の威力がある。広島では一回の核投下で20万ともいわれる死者であった。これも考えても恐怖がある。戸田先生は、広島、長崎の被害状態から核の恐怖が将来的に市民にいかに危険を与えるなど思唯され核禁止誓言をされた。この誓言は、今、世界的にも勇気、灯りのとう与えている。故に、戸田城聖の大きな眼力に驚かされる。

 

 NO3  2017年7月7日 国連で核兵器禁止条約を採決 

 

2017年7月7日、国連本部で、核兵器の使用や保有、製造なd法的に禁止する条約が賛成122票、反対1、棄権1で採択された。

 解説 この条約は、核保有国などがボイコットしたが、しかし、この採決は、これからの国際では大きな成果である。世界の122か国が賛成したのであるから、核廃絶側は大勝利である。そして、将来的に大きな希望が持てる。なぜなら、最初の一歩があって何事も成果がある。

 報道によると、この条約が採決された大きな原因は、広島の被爆者の体験が各国の参加代表者の心を打ったという。核の悲惨な体験は、すべての交渉参加国代表の魂に触れたと