ひなたぼっこねこ

のんびり のんびり
ひなたぼっこ。。。

2011-04-18 13:38:11 | 


               いつからそこにあったのか
               一本の桜の木
               そこまで来るはずのない
               海からの黒い波は
               桜の木にも押し寄せて
               土を削り
               枝を折り
               たくさんの命と
               たくさんの悲しみを
               その根元に埋めていった

               一本の桜の木
               咲いた花は
               どこの桜よりも美しく
               確かにそこにある命と
               とどまることない
               時の流れを感じさせてくれた

               風が季節を運ぶなら
               その風に
               あたたかな心をのせ
               遠い地へと送りましょう
               その風が 
               やさしく吹くように
               遠い地へと祈りましょう

               深い悲しみに覆われていても
               大きな根を張る大地があることを
               生きづく命がそこあることを
               大きな自然と共に
               生きている事を
               忘れないように
               ずっと
               ずっと忘れずに思い続けるように
               瓦礫の中に咲く
               桜の花を
               心に沈めて



               弟のメールと一緒に送られてきた画像です
               半分折れた枝に咲いていた、とありました
               携帯で撮った画像ですが
               とても心に沁みる桜でした
               あっ。。。撮った人の腕がいいからですね
      

                             
                                             
               
               

携帯電話

2011-04-17 09:46:32 | 日常



               震災の後
               仙台の妹や弟、親戚や友達など
               なかなか連絡のつかない中
               なんとかメールが繋がったり
               携帯の通話だけができたり
               安否の確認ができたりと
               本当にあってよかった。。。携帯電話です
                              
               この間のお習字の時間
               もう終わりの頃に携帯がなり
               母の声
               「お母さんの電話!」「えっ?」
               「お母さんの電話からだよ!」「ん?」
               「お母さんの携帯からだよ!」「あ~~~~携帯買ったの?」
               「番号出たでしょ。。番号わかったでしょ?」登録しておいてね…って事だね
               すぐに姪っ子に変わり、今から使い方教えるから
               と電話の向こうはなんだか騒がしい

               じゃぁ。。。と2日後
               使い方を覚えたかどうか電話をかけてみることに
               
               呼び出し音。。。
               出てくれるかなぁ、と思って待っていると
               電話の向こうで
               「あら?ここ押すんだっけ?」
               「そうだよ」
               「でない!押したのに」
               「またかけてくるよ」
               ……またって…全部聞こえてるのに~~
               母と近所の母の友達が携帯電話の使い方でワイワイ言っています
               全部聞こえてるのに???
               もう一度かけ直してみると
               「ここだよね」
               「あれ?????」
               「今押したよね~~」
               しばらくしてやっと笑いながら出てくれました
               「使えるか電話してみた、今度はちゃんと出てよ」に
               笑ってるばかり
               「じゃ~ね」って言ったら
               「ここ押すんだよね」ってご近所さんに大声で母の声
               あの~ほんとに全部聞こえてるんですけど。。。
               それに声が大きすぎるんですけど。。。

               母は携帯、使えるようになるんでしょうか
               またかけてみよう               
              
               


びっくりばこ

2011-04-12 13:55:51 | 日常


               箱の中にたくさんのおもちゃや文房具
               ぎゅうぎゅうづめにしたら
               こ~んな感じ
               プーさん大好きな女の子が持ってきてくれた
               にこにこ笑顔のプーさんたちが
               ポン。。。と箱からはみ出ちゃった
               もっと大きな箱にうつしたほうがいいかな?
               もひとつ箱を用意したほうがいいかな?
               でもね
               ふたをあけたとたん
               ぬいぐるみたちが
               箱からポンッ!!!
               ってびっくりばこみたいに
               飛び出しちゃうのもおもしろいかも
               そんなこと考えながら
               箱の中に
               たくさんの思い
               ぎゅうぎゅうづめに詰めています

               昨日、また大きな余震がありましたね
               ちょうどお習字の最中
               子供たちが怪我しないように
               物が落ちてこないか気をつけて
               何度も来る揺れの中
               それでも子供たちは
               ワイワイお習字を続けています
               そのうち…
               雨?雷?…光った!!
               土砂降りの大雨に
               雷、稲妻!
               また揺れた~~
               なんだか、どうしちゃったの~
               という時間でしたが
               その中でも
               「今日お習字やってますか?」と来る子たちもいて
               ワイワイ。。キャ~キャ~
               いつにもまして賑やかな日でした

               途中でメールが何通か来ているのがわかったのですが
               (後でみたら妹や弟、友達、みんな仙台の人達でした)
               ごめんね、後で…とそのままにしていたのですが
               地震で自宅の電話も携帯電話もメールも通じないのに
               私の携帯が鳴り
               母の声?
               メールをしても返事が来ないのを心配してか
               弟の携帯から
               緊急の電話のかけ方で電話したのだとか
               大丈夫よ~と話したのですが
               後でテレビを見たら
               茨城震度6弱じゃ心配するね
               ごめんなさい
               

               今日も賑やかな時間
               もうすぐ始まります               
               
               
               
               
               

               

ありがとうございます

2011-04-09 23:35:12 | 子ども



             私の住んでいるところも被災地になっています
             自宅近辺の被害は他に比べ少なかったですが
             駅周辺や海沿いは大変なようです
             地震の後
             自宅の片付けや余震の心配もあり
             お習字教室もしばらくお休みをしました
             2週目くらいから
             子ども達から「今日はお習字ありますか?」
             の連絡が来るようになったので
             大丈夫かな?と思いながら始めることにしました
             不安そうな顔をしながら来るかなぁ?
             と思っていましたが
             子ども達は
             元気!元気!!
             いつもと変わらない笑顔と元気な声!
             ほ~~~~~っとしました
             
             子ども達と話したり
             子ども達の笑顔を見ていたら
             この子達の心で
             被災地の子ども達も笑顔に出来たら
             そう思うようになりました
             中学生の女の子に相談したら
             「いいよ!!みんなにもメールしてみる!」
             そう言ってくれたので
             簡単なお手紙を書いて
             みんなに協力してもらうことにしました
             中野小学校(母が屋上に避難した私の母校です)の子ども達も
             もしかしたら家を無くした子達もいるかもしれないと思い
             文房具とかがいいかな?と

             子ども達のご家族の方も協力して下さって
             文房具だけでなく
             日用品などたくさんの品物が集まりました
             本当にとても嬉しい皆さんのお気持ち
             この間センター止めで弟の所に送り
             母から渡してもらうことにしています
             今のところは子ども達がいないので
             「中野小学校の子ども達のいるところに届けるよ」
             と母が言ってくれました
             日用品は避難所のみなさんで使ってもらえるといいなと思います
             今度また二度目の荷物を送ろうと思っています
             
             自分の机の中を探して鉛筆やノートとか持ってきてくれた子ども達
             ありがとうね!!
             「よかったら使ってください。いつでも声かけてくださいね」
             と言ってくださったご家族の皆様
             本当にありがとうございます

             


             
            
                          

2011-04-08 22:43:15 | 



               昨日は息子の高校の入学式
               地震のため
               入学前に行うはずだったテストが入学式の後に行われ
               ひとり寂しい帰り道。。。

               のんびり橋の上を通ると
               川の両側は桜の木がずっと続き
               ポツリポツリと咲き始めた桜を見ながら
               桜の花が満開になると綺麗だろうなぁと
               久しぶりにそんな気持ちになったような気がしました

               昨日の大きな余震
               すぐに姪にメールを入れたら
               「今度こそもう駄目かと思った。。
                でもみんな無事です」
               と返事をくれました
               きっとまた眠れない夜になったのではないでしょうか
               そんな中でも今日母が避難所から電話をくれました
               一言目が               
               「大丈夫だった?」
               大丈夫だったって…こっちが言う言葉でしょ
               って思いましたが…

               本当は今日避難所を変わるはずだったけれど
               行くはずの避難所が昨日の地震で被害が大きく
               延期になったそうです
               それでも今の避難所は小学校の体育館
               後何日後かには移動しなければいけません
               「今のところより被害が出た所に行くんだよ
                嫌だよ。。。
                せっかく少しよくなってきたのにね
                またはじめからだよ…」
               我慢強い母の、地震の後はじめて聞く弱気な言葉です
               みんなきっとギリギリの精神状態なんだと思います
               そんな事を感じながら
               なるべく普通に明るく話をしようと思うのですが
               それもどうなのか…どう話したらよいのか、と
               本当に母達の気持ちがわかっているのか、と
               心のどこかで悩んでいます

               昨日の地震で弟の住んでいる区も大きな被害が出たらしく
               「今日は自分の家の近くを見回りしているみたいだよ
                不審者に間違われて新聞に出ないようにしなさいよ
                と言っておいたよ」
               なんて笑ってる母
            
               こっちに来たら?と話してみても
               「今、どこに行っても同じだよ」
               私のいるところも色んな事で
               とても安全な所だとは言えないので
               「そうだよね…」
               ため息をつくばかりです
               
               早くホッとできる日本にな~れ!
               安心して生活できる世界にな~れ!
               みんなが笑っていられる地球にな~~~れ!!

               もう少ししたら               
               青空の下で咲く
               満開の桜の写真を母に送ってあげようと思います


                             
               
               
              
               
               
               
               

               

心の中

2011-04-07 14:14:31 | 


    
               昨日用事があって弟に電話をしたところ
               ネットの河北新報(地方紙です)の夕刊見てみて、と
               …?
               友達からメールがあって
               自分も見ていないので何か分らないけど
               と言っていたので、早速見てみると
               ビックリ!
               この間ここにも書いた弟の事が
               なんだかとってもかっこいい記事になって載っていました
               「津波逃れダンプ疾走 30人救う」
               なんていう凄い見出しもついて!
               何度も読み
               なんだか自分でも分らない涙が
               読めば読むほど流れてきました
               津波の後
               何度か弟と話をするうちに
               少し弱気な言葉が出たり
               話し声の感じから
               何か言ってあげないと、と
               「ひとりでも多くの人を助けられたんだからいいんだよ」
               と自然に弟に言っていました               
               「そうだよね」
               そう答えた声も少し沈んでいたように感じられたのは
               記事にも載っていたように
               「人を救えたのは良かったけど
                蒲生に来るたび、もっと助けられなかったのか、と考えてしまう」
               その事が弟の心の中を大きく占めていたのだと思います
               被災した人たちが抱える
               実際にその場にいて
               その目で現実を見た人にしか分からない
               本当に苦しい心の内だと思います

               でもね
               頑張れ、弟!
               みんなを助けた時乗っていたのは
               かっこいいダンプだよ!
               お父さんやじいちゃんが仕事に行く時乗っていた
               かっこいいダンプ!
               お父さんやじいちゃんだってきっと
               みんなを助けてあげたと思うよ
               「よくやったね」って言ってるよ
               そして守ってくれたんだよ
               お父さん、じいちゃん、ばあちゃん
               みんなで
               喜満が家族の所に帰れるように
               後ろからぐんぐんぐんぐんダンプ押して!
               だからね
               ファイトだよ!
               お父さん、じいちゃん、ばあちゃん
               家族、みんなついてるよ
               そしてかっこいいダンプもね!!
               
               
               
               
               
               
               
                              
               
               

               

故郷 Ⅴ

2011-04-02 18:06:20 | 

元祖日本一低い山「日和山」

日和山の上の一本松

日和山から見た蒲生干潟と蒲生海岸

去年の夏に見た風景

何度も何度も見たこの風景も

津波ですべて無くなってしまいました

とても悲しい思い出も増えてしまったけれど

生まれた町

育った町

どんな形になってもやっぱり

たくさんの思い出のある私の故郷です

テレビで取り上げられない

被災にあった小さな町もたくさんあります

応援してください

たくさんの被災した町の人が元気に明日を歩めるように

新しい町に笑顔がいっぱい戻る日まで

たくさんの悲しみを忘れないでください

私の故郷は

宮城県仙台市宮城野区蒲生

海の近くの小さな町です

 

 

 


故郷 Ⅳ

2011-04-02 17:29:55 | 


               母や妹達は
               住民票を取ることから始め
               少しずつ前へ進んでいこうとしています
               ばらばらになった町の人達を
               今度一緒の避難場所に集めるということになり
               母は町のみんなと一緒に避難所にいると言っているので
               会社のこともある妹は
               その避難場所の近くにアパートを借りました
               弟は実家の家から転々と落ちているという
               仕事で使う資材を探し歩いたり
               仕事先に行ったり
               どっちが本職なのか分からなくなってしまったけれど
               カメラマンの仕事をしたり
               毎日忙しそうにしています
               
               実家から300m以上離れた場所に
               実家のまわり4、5軒の家が瓦礫の山になってあったそうで
               初めに行った時に「見つけたんだよ」と弟がいうので
               何を見つけたのか聞いたら
               「お母さんの若いころの写真見つけたよ」
               と言っていました
               また何日か経って行った時にも
               「お母さんの成人式の写真見つけたよ」といい
               私も何度か見たことがある
               母の箪笥の中にしまってあったアルバムに貼ってあった写真
               なんだか父や祖父祖母が母を守ってくれていたような気がしました
               弟の仕事で使うカメラバックもあったようですが
               まったく使い物にならなくなってしまったので
               ショック…でしょうね
               でも歩いているとき卒業アルバムが落ちているのを見つけ
               中を見てみたら自分のアルバムだったそうです
               
               何か私にできることはと
               荷物が局留めですが送れるようになり
               下着や靴下、服や、母も身ひとつで逃げ何もないので
               これから書類やいろいろ入れておくのに
               主人が一生懸命悩みながら探してくれたバックを送りましたが
               妹が笑いながら
               「お母さんが、バックもったいなくて使えないよ
                お出かけ用にしよう、って言ってたよ」
               と言っていました。
               「使ったらいいのね~」「そうだよね~」
               妹とふたりで笑ってしまいました

               弟が送ってくれた画像は
               基礎だけになってしまった実家のあった所です
               水たまりに見えるところが母屋のあったところ
               奥に納屋があり
               その奥にトラック置き場、資材置き場
               見ているともうどんな建物だったのか
               思い出せるような思い出せないような
               不思議な感じですが
               少し前まで住んでいた所が
               一瞬に無くなってしまう
               津波の怖さを思い知らされた画像です
               
               この辺りはみんなこのようになってしまい
               海からの砂で砂浜のようです
               
               
               

               
                        
               
          
               
                           
                               
                 
               

故郷 Ⅲ

2011-04-02 14:22:14 | 



               妹家族がみんな会えたのは次の日
               弟が避難所をまわり母を見つけたのは3日後
               小学校の屋上に逃げた人達は
               次の日、自衛隊のヘリで助けられたそうです
               本当によかった、そう思いました

               何日か後
               避難所から電話がかけられるようになり
               妹が電話をくれました
               妹、姪、甥達が次々に元気な声を聞かせてくれました
               最後に母が電話に出たときの第一声
               「来なくていいから!大丈夫だから!
                避難所でおにぎり握ってるから!」
               思いもよらない
               いつもと変わらない…いつもより元気な母の声でした
               何かしていないと考えてしまう
               そんな思いが無意識にあるのかもしれません

               「10センチ高い所だったからよかったんだ
                海の松の木の上に波が見えた時
                もうだめだ!と思って、後ろ向いて目をつぶってたよ」
               そう話をしてくれ
               10センチ高いところの意味はちょっとわからず
               母の話を聞いていたのですが
               後から弟に聞いた話では
               母達が小学校の階段登っている途中
               母と一緒に逃げた友人のお母さんの2、3人後ろの人達は
               後ろから来る波にさらわれてしまったということでした
               10センチ高いところ…母は階段一段で助かったのでしょうか
               その時の母のことを思うと涙が出てきます

               弟のことも
               「甥とふたりで2往復したんだって!
                津波が見えたんだって!すごいねー!」
               そう話をし
               私はてっきり母は弟の車で小学校まで逃げたと思っていたのですが
               母達は歩いて小学校まで行くから
               近所の人達で歩けない人がいるから乗せて行って
               そう弟に言ったそうです
               弟も甥と一緒に
               トラックの荷台に乗せるというより
               おばあちゃんたちを荷台に放り投げた
               そんな感じだったそうです               

               年配の方が多く住む地区なので
               亡くなった方達もたくさんいるそうです
               母が逃げる途中で
               「早く逃げて!!」と声をかけた近所の人達で
               まだ見つかっていない方もいるそうです
               行方不明だった叔父も
               15日以上も過ぎた時にがれきの中から見つかりました
               弟と話をしていると
               被災地のテレビなどではわからない
               私たちが思ってる以上に大変な現状やその時の様子などがわかり
               本当に胸が苦しくなります

               画像は妹達が住んでいたアパートのまわり
               アパートの屋根だけ残って瓦礫の山だったそうです