最近は、いや、最近も、我がシーズーむすめの記事ばかり続くので、久々にフィリピンのことを。。。
日本に帰ってからも数回以上は引っ越しているので、そのたびに荷物の整理が大変で、なるべく荷物を減らしながらも、手放したくないものは前と同じような場所に置くようにするし、飾るようにしています。
でも、慌しい引っ越しでそれらが何かの箱の奥に入ってしまって出て来ないまま、まさに箱入りになってしまいます。写真もそう。でも、運よく表に飾られている写真もあるんです(本人はすっかり眺めることもなく忘れていましたが)。
それらをひとつひとつ見てみると、各々のフィリピンの風景がうまくハロハロ(まぜまぜ)されながらも、フィリピンらしいひとつのイメージを作っているなぁと思ったので紹介しましょう(すべて写真をデジカメでそのまま写したものなので画質は落ちますが、ご勘弁を)。
まずは、マニラ湾の夕日。フィリピン人の友達が自分が撮った写真をポストカードにして送ってくれました。夕日の色が海に染まって本当に美しいのです。フィリピンに妻が来た時は、湾に浮かんだ水上レストランでエビのカラアゲとサンミゲルビールとグリーンマンゴジュースを飲みながら沈みゆく夕日と磯風の匂いを楽しんだものです。
これはメトロマニラのあるルソン島のはるか北部山岳地帯にあるバナウェのライステラス、フィリピンの棚田です。協力隊の友達が自分で撮った写真をポストカードにして送ってくれたものです。日本では日本棚田百選とか言ってますが、そんなの笑ってしまうほど規模が違います。高度1500mの高地の谷の下から上までぜぇ~んぶ細い田んぼが階段のように詰まっています。2000年程前今でもここに住んでいるイフガオ族によって作られたと言われています。近くのバギオという同じく高度1500mのところにある高原都市に妻と行った時、そこから車で行こうとしたのですが、道を間違えて行きつけませんでした。かわりにマニラで軽飛行機の免許取得中の日本人の練習飛行に便乗して(恐~い)連れて行ってもらい、上空からかなりの時間セスナで眺めることが出来ました。本当にすごい風景でした。
日本ではボラカイ島(ホワイトサンドビーチで有名)についで有名なリゾートアイランド、パラワン島のポストカードです。メトロマニラで習っていた英語の先生が旅行先から送ってくれました。フィリピン列島のちょうど真ん中あたりから西に真横に長く伸びた細長く大きな島で、石灰質でできているので雨水や海水で侵蝕された奇妙な形の島々の景色が圧巻です。ツバメの巣の産地としても有名です。
エルニドのミニロックアイランドという日本人が開発したリゾートが有名で、マニラから専用の小型飛行機で行き、スタッフがひとりついてくれ、シュノーケリングからダイビング、アイランドポッピング、サンセットクルーズを兼ねた船釣りなど、色々なアトラクションのリクエストに応えてくれます。
バンガボートを走らせて夕刻のトローリングをした時の写真です。小生はサワラを二匹ゲットしました。一緒に行ったみっちゃん、F局の特派員さん、お元気ですか。釣れたのは小生だけ。君らはボウズだったよねぇ~。ガハハ。
これは、妻とメトロマニラからハイウェーで南下した郊外にあるロスバニョスというフィリピン大学ロスバニョス校に行った時、小生が撮った写真です。大学のそばに火山性の高さ1144mのマキリン山(Mt.Makiling)があり、そこに向かう道すがらに見つけた木です。ひとつひとつの葉が小さく分かれており、その葉脈がよく見えて印象的出した。最初はふもとを散策するつもりでしたが、登山がフィリピン大の学生のトレーニングとして行われていると聞いていたので、山登り好きの妻の誘いもあり、つい軽い気持ちで登り始めました。午前10時頃から登り始めましたが、周りはジャングル、時に大きなトカゲも見ました。どんどん道が険しくなり、頂上がなかなか見えません。ついに頂上前で強気だった妻がダウン。ほっておいてひとりで登ってくれという妻を置いて登り始めましたが、頂上に着いてみると、もう暗くなりかけたジャングルのような山の中でおいてけぼりになったほうが怖かった妻が必死で追いかけて登ってきました(笑)。結局、ふもとに帰りついたのは、あたりがすっかり暗くなった夕方7時頃。下で待っていたドライバーさんがすごく心配しており、普段温厚な彼から、遭難したと思い警察に連絡したほうがいいとまわりの人達と相談していたとこらだったと、一度きりですがひどく怒られてしまいました。その高さも知らずマキリン山を甘く見ていました。すみませんでした。
これは、メトロマニラの東のラグナ湖北部の芸術家の町アンゴノのそばに住むフィリピン人の親友のうちを訪問し、その近くの沢ガニを食べさせるレストランに行った時、小生が撮った写真です。フィリピンの良き時代の古い家屋を利用したレストランで、2階は当時そのままの家具など残されています。そこの窓です。ステンドクラスのように見えますが、四角い小さな白い窓枠はひとつひとつ貝を薄く削ったものがはめてあります。フィリピン独特の窓です。
最後は、高原都市バギオ(標高1500m)にあるバギオ教会の勇姿です。年平均気温20℃という過ごしやすい都市で、年中きれいな花が咲き乱れ、市場に集まる人々の衣装がまるで南米の民族衣装のようで、南米の高地に来たような錯覚を覚える街です。ちょうど20年前のバギオ大地震で憶えている方もいるかもしれません。これも妻とクリスマス時季に行った時小生が撮った写真で、さすがに気温も低く、空気も澄んでおり、空の深いブルーが印象的で思わず撮ったものです。ここは銀細工の工房があることでも有名で、妻に銀細工のギターのブローチを買ってあげたこともありますが、本人まったくアクセサリーに興味のない人間ですから、結局、まったくつけてもらえないままでした。ここの教会でたまたま開かれていたバザーで食べた生春巻きは野菜たっぷりで美味しかったことをよく憶えています。ちなみに日本にやってくるフィリピンの高原バナナの多くはここ産のものが多いと思います。戦後迫害を恐れて山の奥に隠れ住んでいた日系人救済事業として日本のNGOが助成した農園からのものもあると聞いています。
いかがでしたか。これまで知らなかったフィリピン、見つけられましたか。当時はまだデジタルカメラなどなかった時代でした。あったら、あちこちバリバリ撮っていただろうと思います。
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