真夜中の2分前

時事評論ブログ
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「古きよき時代」という虚構について

2015-03-01 21:47:33 | 政治・経済
 川崎の事件で少年3人が逮捕されたことを受けて、自民党の稲田朋美政調会長が少年法改正の必要性に言及したという。報道されるところによると、加害少年の実名が報道されないことや、成人の場合とは扱いが違うことを指摘し、犯罪が凶悪化しているために、予防の観点から現在の少年法でよいのかと疑問を呈したそうだ。
 この話を聞いて、どう思うだろうか。
 知っている人は知っていると思うが、「少年犯罪が凶悪化しているか」というのは、90年代末から2000年代にかけて、ちょっとした議論になっていた。神戸のいわゆる“酒鬼薔薇”事件以降の少年法改正論議と並行して、前田雅英氏のように少年犯罪の凶悪化を主張する論者とそれに反対する論者の間で論争があった。そしてその結果は――「少年犯罪は凶悪化していない」であった。
 少年による凶悪事件は、増加もしていないし凶悪化もしていない。むしろ、60年代ごろに比べれば相当に改善されているというのが、統計の示す事実である。本当かと思う人は、ネット上で少し検索してみれば少年による殺人事件の推移を示すグラフを見つけることができるだろう。グラフからは、60年代ごろから現在にかけて少年による殺人事件が激減といっていいぐらい減少しているのがわかる。
 以下、よくある反論に対してあらかじめ反論しておく。
 まず、検挙率が低下しているからじゃないのかという反論があるかもしれないが、犯罪の種類別にみたときに、殺人に関しては検挙率は低下しておらず、90%以上の高水準を維持しているので、それはあたらない。殺人件数の推移は、実際の数をある程度正確に反映しているとみていい。
 また、少子化で子どもが減っているからじゃないのかという人がいるかもしれないが、それもちがう。少年の殺人事件はもっとも多かった60年代頃に比べると現在は五分の一以下ぐらいに減っている。その間、少子化が進んだといっても、子どもの数は半分にもなってはいない。数でみても、率でみても、少年の殺人事件は大幅に減少しているのだ。
 第三に、数ではなく、質を問題にする人もいるかもしれない。数は減っているが、一つ一つの事件が凶悪化しているのではないか、と。この点に関しては、事件の凶悪性というのはたぶんに主観によるものでもあり比較は難しいが、私はそれもちがうと思う。そもそも凶悪でない殺人事件というものがあるのかという問題があるし、個別のケースをみてもそれほど違いがあるとは思えない。ためしに、いくつかの例をあげてみよう。

 1948年、高校二年生の少年が一家三人を殺害。福岡で中二の女子が家族7人の毒殺を図り、うち二人が死亡。
 1951年、中二少年が小学五年生とけんかして相手を刺殺。
 1952年、16歳少年が仕事で注意した叔母を絞殺。
 1955年、17歳少年が小2女児を暴行のうえ殺害。
 1957年。18歳少年が一家七人を殴殺、放火……

 以上は、嶋崎政男氏の『少年殺人事件 その原因と今後の対応』(学事出版)という本から採ったものだが、これはごく一部である。この本には、小学生や中学生による殺人というのも、いくつも紹介されている。2004年に長崎で小学生の女児が同級生を殺害するという事件が起きたときこれは前代未聞だというふうに騒がれたのだが、実際には、記録をたどれば過去にそういう事件は複数の例がある。
 以上のことからして、少年犯罪が凶悪化しているというのは事実ではない。むしろ、全体の傾向としては昔に比べて現代の少年ははるかに人を殺さなくなっている。したがって、「昔の子供はけんかするときにもちゃんと手加減を知っていた」「昔は叱ってくれる大人が周りにいた。そういう共同体がなくなったことで少年犯罪が凶悪化している」といった類の言説は、はっきりいってすべて間違いである。先日テレビのニュースを観ていたらコメンテーターがそのようなことをいっていたが、少年事件に関してはこのような統計的事実を無視した言説がいまだに流布している。
 ここではじめの話に戻るが、当然ながら稲田朋美自民党政調会長の発言も、まったく事実に基づかないものである。ちなみにこの事情は戦前にさかのぼっても変わらない。10年ほど前に少年法改正論議が起こったときには、戦前の修身教育を受けた世代はしっかりした道徳心を持っていたというようなことをいう人もいたが、これも事実に照らして間違いである。これに関しては、「少年犯罪データベース」というサイトを参照してもらえればよくわかるだろう。

 今回この話題をとりあげたのは、世の中にいかに根拠のないいい加減な思い込みが流布しているかということを示すためである。
 稲田氏のような保守派の人たちは、「戦前の日本の社会は道徳的にすぐれていた」というようなまったく根拠のない思い込みを持っていて、それをもとにして戦前回帰的な主張を唱えている。ところが実際には、戦前の社会のほうが現代よりもはるかにモラルは荒廃していた。凶悪事件はいまより多かったし、いまでいう“チーマー”のようなグループがいくつも存在し、現代からすると信じられないような蛮行を繰り広げていた。保守派の論客は、そういった事実を知りもせずに、小説や映画によって作り上げられた「古きよき昔」という虚構のイメージを現実と混同しているにすぎない。今回の川崎の事件に関する稲田氏の発言は、彼らが現実を知らないということをあきらかにしている。そして、このような思い込みをもとにして社会を考えていることが大いに問題なのだ。
 これは、単に少年法の問題にとどまらない。事実に反した思い込みで戦前のような社会を復活させれば、とんでもない荒廃が引き起こされる可能性が高いと私は考える。せめて、政治家には事実に基づいた思考をしてもらいたいものである。