興味津々

日々思ったことを綴ります

会いたい?会いたくない?行きたい?行きたくない?

2018年05月18日 | ひとりごと
私は多分 人と会ったり話したりするのが
苦手なのだろうと思う

ところが、母は生まれ育った家が
いつも人が出入りしていたせいもあるのか
人と会って話をするのが好きである

会えなければ自分から電話する

返事が来なくとも年賀状は出す
手紙も出す

そういう人である

私なら すぐに
自分は嫌われているとか
疎外されている とか
そういう風に解釈して

自分も他人をすぐに嫌いになったりして

たいへんに疲れてしまう

母は基本的に 他人を愛し
心が開いているから ということなのか

ともかくも
長年母を慕っている人達が何人もいたりする

皆で食事したり とか
そういうことに楽しみを覚える人達は
たくさんいる

私もそういうことが羨ましくて

なかなか声がかからないと

いっそ自分から声をかけようか などとも
思う

で、たまに私に声がかかると

心底嬉しくなる

けれど、いざ 会う約束をし

日が迫ってくると

だんだんと気が重くなってくる

何を着て行こうか から始まり

髪の毛も整えに美容院にも行くべきかとか

何か会う人にお渡しするものを用意すべきかとか

色々と気を使ってしまう

使っている割には
結局 中途半端な準備で
イイカゲンなことになるのだが

そして 会うと会話に乗れない
乗ろうとして無理をしたり
何度も聞き返したり してしまう

今は 楽しいけど
きっと家に帰ったら疲れるだろうな
とか
想像しながら話していたりする

そういうことを何度も繰り返してきたから

また同じ顛末は眼に浮かぶようであり

会わない方が

行かない方が

ずっと楽なのだ

と思ってしまう

キャンセル出来るものなら
キャンセルしたい とさえ思えてくる

ところが逆に
行かなかったり会わなかったりすると
きっと後悔する

実は会ったり話したりしたいのだ…

そうしていざ会うと

どうして
ここまで会うことに対して
抵抗してしまったのだろう

と思ってしまう

会いたいか会いたくないか
行きたいか行きたくないか

いったい 私は
どっちなんだろう
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DIY:シャワーホース替えました!

2018年05月17日 | 家庭
DIYという単語を初めて知ったのは中学か高校の時
先生が薦めていたカセットテープ付の青い本は
確か「丸善」で手に入れたと思う

最初の1章だけで
あとはほとんど読まなかったけれど
その第1章に
Do it yourself
が題材になっていた

それからもう40年以上も
経ってしまっているのだ

現在住んでいる家は
新築で購入したのではない

が、モデルハウスでもあったとかで
築年数は浅かった

前住人さん家族は私と違って
きれいずきで

ほぼ新築状態で購入できた
ただし古屋にしては
安くはなかったけれど

当初から気に入っていない箇所が
いくつかある

ひとつは2階のトイレで
夫が蓋を閉めるたびに
ガッチャンと大きな音がする

これは 確か以前に書いたように思うが

自分で取り換えようとして
蓋付便座を購入したものの
ネジが取り外せず あきらめそうになっていたところ

水道屋さんが来てくれるラッキーな件に救われて
購入した蓋付便座をなんとか取り付けることが出来た

そうして
もうひとつの気に入らないところが
風呂場のシャワーのホースだった

最初からカビが少し生えていて
少しの部分だけ黒くなっていた

当初はほとんど気にならない程度だったのだが

同じくほんの少し黒かった
風呂場の蓋も取り換えて

そして湯沸しのガス釜も替えて

近年は
ダスキンさんにクリーニングに入ってもらって

黒いホース部分と鏡の白い部分はきれいになりません
と言われ

黒いホースは私の中で
気になって仕方がないもの
になっていた

前述の水道屋さんもリフォーム会社さんも
ホースだけを取り換えられるなんて
教えてくれなかった

ところが

シャワーヘッドを取り換えられるとの
ホームセンターのネット記事を読んでいるうち、
ホースも自分で取り換えられることが分かった

けれど
トイレの便座のように
ネジが固くてはずれないとか
はずれてもはめられないとか

そういうことがあるに違いない
と 何となく夫も私も思っていた

一度やってみよう

とネジをYouTubeの解説通りに
手で回すと

なんと無事に外れた

さっそく今日買ってきた

古いホースとシャワーヘッド持参で

ホームセンターのおじさんに見せて

そのメーカー品でも付属のジョイントを付ければ
OKということまで確認して。

帰宅するや否や
嬉々として付けてみたけれど

どうしても接続部のネジが合わない

とうとうメーカーに電話して尋ねると

合成樹脂のジョイント部と
本体の金属は どうしても合わない面がある
ということらしい

もともと合ってないんじゃなかったの
とも思えたが

電話で話すうち、
シャワー部と水道部の部品を
取り違えて付けていたことが判明してしまった

相手先に
金属のジョイント部の品番を聞き

これは、ホームセンターでも売っていますか?

と尋ねると 
あるいはネットのアマゾンなどでも売っています

と即答された

こんなにすぐに答えられるってことは
もしや 合わないと言って
私のように電話をかけてくる人がたくさんいるんじゃないか

とも思えてきた

何はともあれ

もう一度ホームセンターへ。

ホースを買ってきた時
同時に これはいい と思って買った
キッチン上棚 は失敗だった

家に帰ってつけようとしたら

この前のリフォームの時に
棚下に大きなライトを取り付けたのを忘れていたことがわかった

こんなライトがあったら
当然 棚は取り付けられない…
なんで思い出さなかったのだろう。
衝動的に買ったりして。
しかも以前からほしかったレンジ用の鍋は
荷物が多くなると思って買うのをあきらめたのに
これは買ってしまった

これを返品がてら
もう一度店に行くことにしたのだ

ついでに曇ったガラスを磨く
ダイアモンド研磨剤入りのスポンジも買ってきた

帰宅して再度トライすると

今度は思惑通り
スムーズに装着出来た

ついでに鏡も磨いて

やっと完成!
何度も何度も風呂場のシャワーを見てしまう

きれいなホースになって気持ちいい

今度は壁の汚れも気にならないこともないけれど。

それにしても

どうして こう 何でもかんでも

スムーズに出来ないんだろう

ついでに言うと

2度目のホームセンターへ行くついでに
今日届いたアマノフーズの支払いもしようと
帰りにコンビニまで周ったのに

ホームセンターであれこれ買いすぎて
お金が足りなかった

悔しくて
クレジットカードでお金を下ろそうと試みたけれど
手数料がバカらしくなって
あきらめる

というオマケまでついた

1度目のホームセンターは自転車で行き
帰りに銀行やスーパーへ行く時は
荷物の整理に苦労したというのに

キッチンラックは失敗だったし。

普通つまずかない所で
私は足を取られて
何度もつまずいてしまう

時間もお金も余計に消費して
消耗するよ

にも関わらず
今度のDIYの計画を性懲りもなく
考えていたりしている

だってやっぱりちょっと嬉しいし楽しいのだから。 
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プラスチックに生きる人達

2018年05月16日 | 雑記
先日何となくTV番組の画面に引き寄せられて見てしまった

プラスチックチャイナ

途中から見たので、冒頭部分はわからなかったが

中国の末端 ともいうべき実態のドキュメンタリーだった

雇い主も そして雇われる側も 生活のために

プラスチックの再生業でお金を得て食い繋いでいる

そこでの主人公は、雇われる側の少女で
望んでもなかなか教育を受けられないというストーリーがメインだった

寝ても覚めても
周囲はプラスチックゴミばかりで

極度に貧しく
近隣の川で子ども達が魚を釣って食べている

その川も汚染されていて、釣った魚は死んでいる

親たちは必死で寝る間もない程に
プラスチック再生に明け暮れる
子ども達も手伝っている

農業よりこちらの方が儲けになると思ったのだろうか

当初は一攫千金を夢見て再生工場を自作したのだろうか…

子どもの教育 が番組の主なテーマとなっていた様だけれど

日本ではとても考えられないようなその生活実態に
圧倒された

プラスチック再生に携わる人々は
しっかりと地球の為に資源を再生利用し尽くしているというのに

社会に貢献し、ある意味尊ばれるべき仕事をしているとも
思われるのに

極貧で おそらく人からは蔑まれる立場に甘んじている

日本でも
故紙回収業者や資源の再生・修理に携わる人達は
中国程の悲惨な状況では決してないけれど

大まかに言って
裕福な立場とはいえず
どちらかといえば社会的に底辺層の人々ということに
なっているのが現状ではないのか

「再生業」は「生産業」と同様に
あるいは それ以上にしっかりと税金を投じてでも
社会の後ろ盾が必要なのではないかと思う

お金を右から左に動かすことで 儲けを得て生活する人たちよりも
ずっと尊い存在である

との社会認識が必要なのではないか

あるいは
他国やら他人を威嚇したり服従させるために
武器を作ったり 戦闘に関わる 

例えそれが自国や自身を守るためであっても

そういったことを生業にしようとすることは

社会の罪悪であり最も無駄な働き方
一銭の値打もなし

との認識を持つべきではないだろうか

身近な例で言えば
家庭用電化製品やパソコンなどでも
壊れると「修理が効かない状態」にすぐになってしまう

もう旧製品の部品は現在製造していないんです
となってしまい
販売店からは そのような理由で
すぐに新製品を薦められる

何故なら
新商品を売ることでメーカーが利益を得ていて
今度は
メーカーに勤める人達の生活費にかかってくるからである

あるいは競争の激しい販売する立場の人々の
生活にもかかってくる

製造メーカーにせよ、販売業者にせよ
どちらも激しい競争社会を生き抜くために
協定している

いわば グルになって
再生資源利用の道を阻んでいる

技術はあっても
完全で永久に壊れることのない商品をわざと製作しない場合もある
と耳にしたこともある

そして 部品がないその旧品は廃棄されることになり
廃棄するための費用を消費者が負担する
という仕組みになっている

廃棄された商品は再生するとさらに費用がかかるため
現状では単なるゴミとしてどこかに埋めるなどの処分をされる
場合も多いとのことである

新商品を開発することで
確かに技術が発達し、世の中全体は豊かになっている
との側面は拭えないだろう

しかし

こりゃダメだ
と誰しも思っているのではないか

どうにかして この循環社会の流れを食い止めなければ

とは思うのだけれど

どうすれば良いのか 誰にもわからないままである
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懐かしい

2018年05月15日 | 雑記
懐かしい という気持ちはどこから来るのだろうか

しっかりと心に刻み込まれた
愛しい気持ちが湧きあがる風景

自分が無視されることなく
大切に扱われたとき。

は確かに懐かしいし
生きていた と思われる

かつての「離れ」は
何度も改装して ちゃんと
キッチンやお風呂もついた

だけど 私は
縁側に囲まれた
たった一部屋の離れもやっぱり懐かしい

そして母屋だった家も懐かしい

もう 今はないけれど…。

木々の生い茂る 池のある
広かった庭もやっぱり懐かしい

母屋だった平屋を
復活して住みたい 
という夢想を時々する

そして
かつてのその家の夢を見る

間取りもハッキリとは覚えていない

そんな夢想は無理なのだけれど

それよりも
実家そのものでさえ
もう手放されてしまう 可能性もある

たくさんの人達が亡くなった

そして
私にとって懐かしい
古い 深い思い出も

流れ行ってしまい
跡形もなくなるということなのだろう
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今日は職場概ね上手く行きました

2018年05月13日 | 雑記
人の輪に入っていけない…

私の生涯の悩みである

もうそれが自分の一種の欠陥だと思わなくてはならないのかも知れないけれど

人と上手くやっていけない

かと言って自分はそういう人間なんだと

諦めは残念ながらついていない

周りの人の中にあって

完全に孤独を楽しむ境地には
いくつになってもなれない

しかし 今日は偶然なのかも知れないけれど
不快な思いをしなくて良かった一日だった

声をかけてくれたパートさんも何人かいたし

私もニコニコしていられた

どうしてこんなに自分が生きにくいのか

と言えば
どうしたって自分の生い立ちのせいに
したくなる

私の生まれた時の家族は
祖父 祖母 父 母 父の弟 だった

私は初孫で周りは大人ばかりの状況だった

祖父は田舎出身の医学者で我が強く
お弟子さんが出入りした

父の弟 すなわち叔父が結婚してから
おかしくなってしまった と今も思う

祖父母は父と年齢の離れた叔父を可愛がっていた

父以上にお金もかけた

その時代に車も持っていたし
映画の撮影のマネみたいなこともやっていたらしい

父は祖父と同様に医学部の基礎に進み
叔父は臨床で整形外科医となった

父は長男だからと厳しく育てられた
ひとりで離れに住まわされていた
結婚してからも その家の中で普通に木の葉が舞うような
雨漏りのするような その離れで 母と暮らすことになった
今から思うと建物自体は価値がそれなりにあったのかも知れないし
お金もかけられたのだろうけれど
多分完全祖父の趣味だったと思う

木造六畳一間の離れで
続きの倉庫に父と母は机を並べた

そうして叔父が見合いで精神科医の叔母と結婚した時
母屋に祖父母と暮らした

これに父は反対したのだったが
また 出て行くとまで行ったのだが

結局 母は家族や親戚内で もめごとが起こるのを避け

祖父母の意のままに 
そのような家族になってしまった

家庭内の金銭は全て祖母が握っていた

と母は後に私だけに言っていた

食事と風呂は母屋だった
離れは勉強と寝るだけの間だった

当時は薪で五右衛門風呂を焚いていたし
ご飯は釜だったし

母と叔母と祖母と3人の台所は
表面的には争いなどなかったものの
さぞ気も使ったろうと思う

叔母は
仕事を続けながら
次々にいとこ達を産み育てていたのだが

狭い母屋で、叔母もまた気を使っていただろう
と母は言っていたけれど

叔母に対する気持ちは
何ともいえず複雑なもので
私は常にそういった大人の気持ちを感じている子どもだった

また、母屋にはお手伝いさんと言っていた年輩女性がいたのだが

母屋に住むいとこ達の世話ばかりで
長男家族はどちらかと追いやられている風だったのが

私にとっては居心地が良くない家であった

その「追いやられている風」が顕著になってしまった
大きな原因のひとつが まだ若かった叔父の急死である

叔父がいないがために さらに祖母は
叔母家族の面倒を見なくては という使命感にかられた

私達家族も老いた祖母とたいへんな状況の叔母家族を放置して
他所へ引っ越すことができなくなってしまった

父は片道3時間かけて、転勤となった勤務先の大学まで通い続けた

そうして仕事を真面目にこなそうとする父は
2日に一度は学校に泊まった

母はそんな父にお弁当2日分を持たせていた

そんな中、私は他人との関係を上手く作れない子どもになってしまった

学校も地域の学校ではなかったし

帰宅しても、誰もいない離れでひとりで過ごすことが多かった

母は本当は祖父(母の父親)のような医者になりたかったのかも知れないが
医者になれば、結婚が遠のく との祖母(母の母親)の意見で
研究者になる方向で歩んだろう

当初は父と母とで共に大学に勤める家庭 家族を目指していたのだろう

けれど
祖父母とさらに叔母家族との同居で

そうして 色々な状況で勤めが続けられなくなってしまった

また 娘である私も次第に学校に不適応となった

勉強しない、出来ない子どもであることは
大いに家族の期待を裏切った
また裏切っていると自覚することでさらに自分も傷ついた

悲しいことに自分で 自分が勉強出来ない とは
なかなか認められなかった

弟も小学生で病気で手術、入院した

母にすれば、私の不適応は 思いもよらないことだった

しっかりしている と思い込んでいたようである

勉強が出来なかったりするのも不思議だったし

特に問題視もしていなかった

祖父は他の人へは厳しくとも私には優しかったし

周囲の尊敬を集める祖父は私の一種誇りだったし
好きであった

祖母もまた預けられて育った環境で
高等師範を出て、寮母や先生を勤めた人だった
尊敬もし、好きだった
多くを語らず孤高の人でもあったが
行く場所もなく寂しい時は祖母の所に甘えに行った

叔父も叔母ももちろん一生懸命に生きた人である

父も母もそうだ

誰も悪くないのに
幸せな方向へ 歯車は回らなかった

平凡で単純な幸せを手に入れられなかった
常にある種の「生きにくさ」を感じる人生を歩いている

生まれた時の環境から
長い間 大人の中で中心的存在であったのも原因して

子どもの集団に入れなかった

些細なことで傷つき

一方で自分が知らず知らずに人を傷つけていたことも
わからなかったのかも知れない

いじめられる方が悪い って本当だろうか

何故かいつも「いじめられる方」に回ってしまう

周囲の人達が自分を傷つける言動をしていく

不満を述べると
その原因が どこか自分の中にある とは思われないんですかっ?

ってつい去年くらいにもある店の店長に言われたけれど

私はとてもそういう言葉に苦しめられる

そういった状況から抜け出せるのは
現実逃避

もし私がこのような特殊な家庭で生まれなかったら

田舎の農家に生まれたら どうだったろう

あるいは職人の家庭に生まれて跡継ぎとして生きている というのも良かったろうに

両親が家を出ていてくれたら…

しかし それはないものねだり

こうして 能力がないなりに大学まで出させてもらい
他から比して、考え方の筋道にそれ程間違いはないはずだ

常識がないんじゃないですか?
と言われた経験もあるけれど

言われた時にはクヨクヨクヨクヨ
眠れない日が続いて
泣いてばかりいたけれど

そういうことを言うヤツの方が 常識がない ってものである

考えたら 私の方も
言い返せないのが悔しいから クヨクヨしているだけだ

両親は祖父母の借金を背負うなど色々あったようだが

私には
お金の苦労は確かにない

それを有難がらなければいけないのだろうけれど

また親戚の中に戦争を体験した人もいなければ
後ろ暗い人1人いないのも 誇れる人達ばかりなのも
きっと他人から見れば恵まれているのだろうけれど

人との交わりが上手く持てない という苦しみはイヤと言うほど経験した

父も母も 若い時の私の悩みに付き合ってくれた
そうしてきっと寿命を縮めてしまったに違いない

勉強せえ と言う父に反発ばかりしていたけれど

そうだ こんなことで悩むのは
 
常に勉強から逃げているからなのである

勉強は自分を救う

それをしなかった、できなかった理由を

また 放置された自分 のせい にしたくなるけれど

「生きていくための武器」は逃げずにガムシャラに 
結局自分で何とか努力して身につけるしかないのである
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