興味津々

日々思ったことを綴ります

ボケてるのか元からなのか

2018年05月30日 | ひとりごと
記憶が飛ぶことがそう珍しくなくなった気がする

アブナイ のか…?

否 元からなのか…?

母もそんなことを言っている

もうダメだ
妄想が始まっている

自分の言うことは
もう信用できない かも

と言う

しかし

それは以前からだったような気もする

頭が忙しいと
飛ぶ ということはアル

母の記憶が変だと思った覚えは
ずっと昔

私が中学の時

制服のセーターを
頼んだはずはない のに
来た と言った

学校の先生に聞くと
申込書ちゃんとありますよ と言われた

違和感

今にして思えば 
制服のセーターくらい
買ってくれたって良かったのに

私は中学時代
急に身長が伸びて

入学の時に買ったスーツ型の制服の袖は
相当に短かった

同級生の中には
洋裁の得意なお母さんが居て
制服を家で作ってもらったと言っていた人もいたっけ

私は短い袖の制服を3年間着続けた

運動靴も小さかった
足が大きくなって 多分そのせいで
指の形が変になったのじゃないかと思っている

祖母が財布を握っていた と
母は後から言っていた

そのせいなのか
どうかは不明だけれど

要は 母の頭の中は 他のことでいっぱいで

私の身の回りを構う余裕がなかったのでは?
と今でも
ひがんだ思いで 振り返ってしまう

あんたのことが一番大事
だと 言っていたけれど

ある意味
そうじゃないだろ?とウソを感じる

弁当は毎日絶対入れてくれたけど

それは私には出来ないし
母なりにちゃんとしてくれた
と感謝すべき点なのだろうけれど

その弁当に入っているのは
前の日の残りの煮魚で臭いのするお汁こぼれになるものとか
場所を埋めるために残り物の菓子を入れるとか

なるほど手作りの弁当ケースは作ってくれたけど

可愛いとは言えない弁当だったような

その弁当を私は食べられなくて
ご飯もおかずも残して帰って
それで お腹が空いた って
勝手なおやつばかり食べていたような
気もする

自分がワガママ勝手 だとは
ほとんど自覚してなかった

それよりも、一緒に弁当を食べる人がいない
さらに いないというところを見られたくない
そういう思いで過ごす苦痛な昼休みを過ごし
ホコリの舞う 女子ロッカーで1人で弁当を食べていた記憶もある

母は 弁当を残して帰ったことで
ほとんど私を叱ったことはなかった

嗚呼
セーターを発端に イヤな中学時代を思い出してしまった
なんだったんだろーな

あの頃から 私、ちょっと病んでいた ミジメだった

そういえば
小学低学年の時
カーディガンを学校で置き忘れたこともある

で、誰のカーディガン となった時、
私のものじゃないか? と言われて
私は 即座に否定した
それで 処分されてしまったように覚えている

が、後で考えてみれば あれは多分私のカーディガンだったのだ

緑色と茶色の渋い、好きじゃないカーディガンだった
私と同学年の母の友人の子どものお下がりか何かだった

私の子どもの時は そういった暗い思い出が
どうしても浮かんで来る

相手に反対して
こうだ と言っておいて

後で思い返すと
やっぱり自分の記憶違いで 
相手の言っていることが正しかった
ような気がする、

というような 思い違い 勘違い
記憶違い

それがどうして起こるのかと言えば

頭の中がスッキリ シンプルでないためではないか

場の中に自分がハマっていない という
違和感 のようなものが

頭を占拠していて

それが 記憶違いを起こしている

この モヤモヤをどうにかすれば

ずい分楽に生きられることだろうに
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