興味津々

日々思ったことを綴ります

プラスチックに生きる人達

2018年05月16日 | 雑記
先日何となくTV番組の画面に引き寄せられて見てしまった

プラスチックチャイナ

途中から見たので、冒頭部分はわからなかったが

中国の末端 ともいうべき実態のドキュメンタリーだった

雇い主も そして雇われる側も 生活のために

プラスチックの再生業でお金を得て食い繋いでいる

そこでの主人公は、雇われる側の少女で
望んでもなかなか教育を受けられないというストーリーがメインだった

寝ても覚めても
周囲はプラスチックゴミばかりで

極度に貧しく
近隣の川で子ども達が魚を釣って食べている

その川も汚染されていて、釣った魚は死んでいる

親たちは必死で寝る間もない程に
プラスチック再生に明け暮れる
子ども達も手伝っている

農業よりこちらの方が儲けになると思ったのだろうか

当初は一攫千金を夢見て再生工場を自作したのだろうか…

子どもの教育 が番組の主なテーマとなっていた様だけれど

日本ではとても考えられないようなその生活実態に
圧倒された

プラスチック再生に携わる人々は
しっかりと地球の為に資源を再生利用し尽くしているというのに

社会に貢献し、ある意味尊ばれるべき仕事をしているとも
思われるのに

極貧で おそらく人からは蔑まれる立場に甘んじている

日本でも
故紙回収業者や資源の再生・修理に携わる人達は
中国程の悲惨な状況では決してないけれど

大まかに言って
裕福な立場とはいえず
どちらかといえば社会的に底辺層の人々ということに
なっているのが現状ではないのか

「再生業」は「生産業」と同様に
あるいは それ以上にしっかりと税金を投じてでも
社会の後ろ盾が必要なのではないかと思う

お金を右から左に動かすことで 儲けを得て生活する人たちよりも
ずっと尊い存在である

との社会認識が必要なのではないか

あるいは
他国やら他人を威嚇したり服従させるために
武器を作ったり 戦闘に関わる 

例えそれが自国や自身を守るためであっても

そういったことを生業にしようとすることは

社会の罪悪であり最も無駄な働き方
一銭の値打もなし

との認識を持つべきではないだろうか

身近な例で言えば
家庭用電化製品やパソコンなどでも
壊れると「修理が効かない状態」にすぐになってしまう

もう旧製品の部品は現在製造していないんです
となってしまい
販売店からは そのような理由で
すぐに新製品を薦められる

何故なら
新商品を売ることでメーカーが利益を得ていて
今度は
メーカーに勤める人達の生活費にかかってくるからである

あるいは競争の激しい販売する立場の人々の
生活にもかかってくる

製造メーカーにせよ、販売業者にせよ
どちらも激しい競争社会を生き抜くために
協定している

いわば グルになって
再生資源利用の道を阻んでいる

技術はあっても
完全で永久に壊れることのない商品をわざと製作しない場合もある
と耳にしたこともある

そして 部品がないその旧品は廃棄されることになり
廃棄するための費用を消費者が負担する
という仕組みになっている

廃棄された商品は再生するとさらに費用がかかるため
現状では単なるゴミとしてどこかに埋めるなどの処分をされる
場合も多いとのことである

新商品を開発することで
確かに技術が発達し、世の中全体は豊かになっている
との側面は拭えないだろう

しかし

こりゃダメだ
と誰しも思っているのではないか

どうにかして この循環社会の流れを食い止めなければ

とは思うのだけれど

どうすれば良いのか 誰にもわからないままである
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