NO.19[エステル]
エステルは24歳バルコマ家の4女、看護婦になることが夢で現在看護学校に通っています。とても人懐こく穏やかで毎朝起きるとまず彼女がボンジュールと声をかけてくれます。彼女の趣味はおしゃれをすることの様で1日に多いときで3回服を取り替えます。毎日お姉さんと交代で料理を作ったり家の掃除をしたり勉強はあまり好きではないようで時々教科書を私のところに持ってきては「イイダこれ何か知っている?」などといいながら「私の彼はアルノって言って銀行員、けれどとても浮気者。」などと言う話になってしまい、「なんで?」と尋ねるとこの前彼の家に遊びに行ったら他の女がいて親しそうにしていたと言うのです。
私は思わず「それは単なる友達できっとエステルのことが一番好きだと思うよ。だからあまり気にしない方が良いよ。」、と言うとエステルは気が休まったのか後で彼に電話してみると言って家に帰ります。また何日かすると事務所に来て「このまえミサで教会に行ったときアルノが知らない女といたの。見ない振りして家に帰ってきちゃった。」、すると側で聞いていた弟のフィデルが「アルノは良くないよ~、女がいっぱいいる~。」とエステルを横目で見ながら言いますので、私はすかさず、「アレ!このまえフィデルは学校に何人も彼女がいて俺は女にもてるって得意そうに言っていたじゃない?」そうなると強いのはエステルで「アルノよりお前の方が一番悪い!」3人で大笑いです。
時々バルコマ家の夕食に呼ばれます。夕食の席ではムッシュバルコマの威厳は強く、さすがに一家を養っているだけのことはあると感じます。「イイダ!イルフォマンジェ、イルフォマンジェ(食べなさい、食べなさい)」と言いながらブルキナの地ビール、ブラキナをおいしそうに飲みます。私が「今日の食事はエステルが作ったのですか?」と聞くとエステルが、「そう私が作ったの。」というと少し離れた所にいるお姉さんのフランソワーズが「それは私が作ったんでしょ、あなたは野菜を切っただけ。」、父と母が口を揃えて「フランソワーズは料理が上手だけどエステルはだめ。」、と言うとエステルが「本当に作ればお姉さんより私のほうが上手よ、お姉さんに悪いからへたな振りをしてるの。」、と言うとフランソワーズが大きな石を持ってエステルに近づいて来ます。エステルはすかさず笑いながら外の門のところに身を隠し、「怒った、また怒った」とフランソワーズをからかいます。「エステル、いい加減にしなさい!」とムッシュバルコマの雷が落ち一件落着。「エステルは小さいころから要領が良いんだから。」、フランソワーズが苦笑しながらまた調理場のほうに戻っていきました。
エステルの笑い声にはとても特徴があります。お腹のそこから大きな声で「ワッハッハッハ」と笑った後に高音で「ヒー」と言います。これが事務所にいると一日に何回か聞くことができて、どんなに落ち込んでいるときでも彼女の笑い声を聞くと思わず笑ってしまう、と言う不思議な魔力があります。事務所は私一人なのでフランス語で書かれた難解な文章を辞書と首っ引きで解読をしているときに隣の家から「ワッハッハッハ、ヒー、ワッハッハッハ、ヒー」と聞こえてきます。それに連られて私のお腹から笑いがこみ上げてきて「ゥワッハッハッハッハー」、これが1日3回は日課です。
その人がいると何と無く楽しくなるという人がいますが、そのような作らない自然な魅力を持っている人はとても人徳のある人だと感じます。皆顔をしかめて話すより楽しく話をした方が良いに決まっていますが、もし逆にその人がいるために周りを不愉快にしてしまうとしたらどんなに人生において損をしているのかとも思います。私も出来る事であればエステルのように心穏やかにいつも周りを楽しくさせるような自然な魅力のある人になりたいと思うと同時に、ブルキナファソで人生の機微を言葉や人種、環境の違うエステルから教えていただけるとは思いませんでした。
それから私は何とかしてエステルを笑わそうと、それが趣味であるかの様になっていました。エステルが来ると言葉ではだめと思いジェスチャーや表情で何とか笑わそうとするのですが微笑むくらいまででなかなか笑ってくれません。バルコマ家には番犬が居ります家の人以外の人が来ると牙をむき出し今にも襲い掛からんとするので、何とか慣ついてもらおうと努力をしていましたが思うように行きません。
エステルがいつも犬のことを「イベ!、イベ!」と言っているので、この犬の名はイベと言う名前だったのか。それから犬のことを見る度に「イベ、ヴィェン、ヴィェン」と呼んでいましたが犬は顔をしかめ一向に来ません。ある時エステルにイベはいくら呼んでもこっちに来ないけど何で来ないのと聞きましたら大きな声で「ワッハッハッハ、ヒー、ワッハッハッハ、ヒー、ワッハッハッハ、ヒー」と突然笑い出しました。
私はどうしたのかと不思議に思いながらも連られて笑っていますと暫くしてエステルが笑い疲れて表情をこわばらせ、涙を拭きながら話し出しました。「イイダ、あの犬の名はトゥパスと言うのよ。」私が「でもエステルはいつも犬のことをイベって言っているじゃないか。」と言うとエステルは又ワッハッハッハ、ヒーと笑いながら「イベはモレ語で行けって言うことなの。」、これで謎が解けました、いくら呼んでも来ない理由が、日本語に訳すと「行け!来い、来い」といっていたのですから犬も顔をしかめるはずです。この時だけは私も暫く笑えませんでした。
次回をお楽しみに・・・・
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