不登校の息子とビョーキの母

不登校の息子との現在、統合失調症の母との過去

おなかが痛い!

2020-02-25 09:35:07 | 日記
不登校の息子の受験で心配なことはもちろん山積みだったのですが、私には個人的にもう一つ心配事がありました。

実は私は過敏性腸症候群なのです。尾籠な話ですみませんが、不安になると下痢をしやすいということです。
私は病院嫌いで、診断は受けていませんが、とにかく長時間トイレに行けない状況に置かれると不安になります。

特に早朝がダメです。私は朝は特に体調が悪いので、バイトを選ぶ時も時給なんか二の次で、
「何時に家を出ればいいか」
を真っ先にチェックしなければなりません。

私は愛想がなくて接客に向いていないので、工場とか倉庫で働くことが多いのですが、
正直ラインの仕事はトイレに行けないのがつらいです。
絶対行けないわけじゃないんだけど、迷惑をかける気がして遠慮してしまうのです。

工場は朝早いところも多いし、なんか私ってできないことだらけだな。

不登校の子供って、過敏性腸症候群の子もいるんじゃないかしら。
芸人のひげ男爵さんの自伝を読んだんですが、不登校になったのは通学中にウ〇コを漏らしたことがきっかけだったとか。
シャイな子はそういうの親や先生にも言いにくいだろうし……。

閑話休題。

センター試験は両日とも1時間目は受けなかったし、会場も近くだったので、それほど早く出かける必要はありませんでした。

センター試験で惨敗した息子は急きょ一般入試も受けることにしたのですが、いちいち親が付き添ってやらないと試験会場に行けません。
朝7時16分の電車とか、私にはマジで地獄なのです。

それでも排便を済ませた後ならなんとか出かけられます。
排便儀式とでも言いましょうか、「こうしないと出ない」っていうことはありませんか?
私の場合は朝何か食べて水分をたくさん摂ってからパソコンで緊張しないでできるゲームをしばらくやると出ることが多いです。
緊張しないゲームというのは、私の場合はスパイダーソリティアとかピラミッドとかのトランプゲームです。
緊張するとウ〇コが出ないので、ゲームの時間はたっぷり取っておく必要があります。

もちろん主婦の仕事もあります。
弁当作り、朝ご飯作り、洗濯もして排便儀式もとなると、朝7時に家を出るために4時半ぐらいに起きなければなりません。
数か月ぶりに外出する息子と過敏性腸症候群の私、試験会場に着くころには二人とも息も絶え絶えになっていました。

なんかこの試験も失敗な気がする……。

先生から電話がかかってきました

2020-02-18 09:01:27 | 日記
息子がセンター試験で惨敗して落ち込んでいる私のところに、卒業した通信制高校の先生から電話がかかってきました。

「センター利用入試の結果が出てきた頃だと思うんですけどいかがでしたか?」
「まだの所もありますけど、今まで結果が出たのは全部落ちました」
「えーと、大学の名前を言っていただけますか?」
先生が当然の権利のように言いました。
別に報告する義務はないと思うんだけど。
それに、受ける大学の名前だったら調査書をもらう時に書いて提出してあります。バタバタと決めた受験だったので、
調査書だけもらって受けなかったところもありますが……。

合格実績を高校のパンフレットに載せるためだったら、合格した学校名だけわかればいいんじゃないでしょうか。

「もし受かったらご報告しますよ。手当たり次第に受けたので全部は覚えてないし、今のところすべて落ちてるので」
面倒くさくなってそう答えましたが、まんざら嘘でもありません。似たような名前の大学がとても多いのです。
工学院大学に東京工科大学に日本工業大学に埼玉工業大学に……試験科目なんか調べていても、
すぐにどれがどの大学の情報だっけ、と何度も見直してしまいます。
文系の大学は名前もバラエティに富んでいる、ような気がするのは私だけでしょうか。
先生は私の言葉を聞き流して、
「では、C大学さんは?」
と話を進めていきます。

えっ、一つ一つ電話口で答えさせんの?全部落ちたって言ったのに?

『落ちた』って、何回言わせる気なんだ。

息子はたまたま寝てるけど、もし起きてて聞こえてたら傷つくんじゃないでしょうか。
親も子供も不安なこの時期に、無神経な電話だな。
だんだん腹が立ってきました。

私は耳から受話器を離しました。人間の怒りは40秒で治まると聞いたことがあります。
さすがに電話口で40秒も黙るわけにはいきません。ほんの5秒ほどで慌ただしく気持ちを整えると、
「あっもしもし?」
何かのアクシデントで受話器を手放したようなふりをして、私は電話に戻りました。ホッとしたように
「あ、もしもし、お忙しい時にすみません」
と言う先生の言葉にかぶせるように、私は
「いいえ。それでは失礼します」
と明るく笑って電話を切りました。

やっぱり先生って奴とは馬が合いません。

属するところがあるっていいな!

2020-02-12 08:31:57 | 日記
さんざんな二日間が終わり、いよいよ自己採点です。

息子はセンター単独入試ばかり5校も願書を出していました。
出かけるのがとことん嫌いな息子は、個別試験を受けることなくセンター試験一発で済ませたかったのです。

まず英語。リスニングまで入れて250点中の得点は……112点。数学が200点中71点。
国語は、理系なので志望校の指定通り古文と漢文は白紙提出で、100点中の76点。
社会科は受験せず、物理が32点。化学は15点。

中二から登校せず、模試も受けたことのない息子ですから、
(まあ、しょうがないか……)
という感じですが、本人はもうちょっとできたと思っていたようでショックを隠せません。
有名私大に現役合格した長女も半笑いです。
「Bってもしかして……文系?」

『パソコンが好きだから』という理由だけで理系を選択した息子ですが、理系科目は壊滅的です。
けれど考えてみれば得意科目ではなく勉強したいことを基準に学校を選ぶ方が正しいはず。
「Bはまちがってないよ!これでいいんだよ」
と私は励ましました。息子は某予備校の合否判定のサイトにさっそく自己採点した点数を入力しています。
「何判定?」
「Z判定」
私の顔を見ずに息子が言いました。
「いや、Z判定なんてないでしょ。Fくらいまでじゃなかった?入力ミスじゃない?科目間違えてない?」
驚いてスマホをひったくりましたが、間違いありません。
不登校を始めてから5年、ようやく社会復帰しようとした息子に、何と声をかけてやればいいのでしょう。
「まあ一浪も二浪も同じようなもんだし……なんなら今から一般入試に申し込んでもいいし」
私はごにょごにょと慰めの言葉を口にしました。

期待したらプレッシャーを感じそうだし、かといって全く期待しないのではいじけます。
実に面倒臭い、じゃなかった、実にデリケートな息子です。

それでも大学受験に挑戦している以上、合格するかどうかはともかく
息子は社会の歯車に引っかかっていると言ってもいいでしょう。
属するところがあるっていいな!
現金なもので、あんなに憎んだ社会という奴が、ちょっぴり慕わしくさえ感じられる私でした。

19歳にもなった息子にいちいち付き添わねばならない件について

2020-02-04 16:56:22 | 日記
センター試験の帰路も付き添ってほしいという息子のために駅前で時間を潰していた私ですが、
直通の無料バスで試験会場に戻ろうとすると早く着きすぎてしまいます。

なぜかというと受験生用の臨時バスなので、駅前から出るのは試験に間に合う便が最後なのです。

こんな雪の日に吹きさらしの戸外で1時間以上も待っていられません。
幸い路線バスがありました。こちらは1時間に3本くらい出ています。

直通バスより時間がかかるのは確実ですが、大回りのルートを取るのか、まっすぐ行くのかわかりません。
万一にもすれ違わないように早めの便に乗ることにします。
というのも、私は一度息子に置き去りにされたことがあるのです。

その日は息子の在籍する通信制高校でウォーキングという授業がありました。
体育の単位に振り替えられるという言葉に釣られ、息子にしては珍しく参加したのです。
学校から東京タワーまで歩き、帰りは自由解散という予定でした。

一人で電車などほとんど乗ったことのない息子です。学校に友達もいないので、私が東京タワーまで迎えに行く約束でした。
ところが約束の時間になっても息子が一向に現れないのです。

私は青くなりました。息子は携帯電話を持っていません。ほぼ家にいるので必要ないのです。
息子から電話をくれない限り、こちらからは連絡が取れません。

学校に電話したりして大騒ぎになりましたが、へとへとになって帰宅すると、息子はちゃっかり一人で帰ってきていたのでした。

つまり息子は心細ければ私に付き添ってほしいけれど、元気なら私を待たずに帰ってしまう可能性があるのです。
残された私のことなど考えない、そういう男なのです。

けれどこれが失敗でした。

試験の終了40分ほど前に会場に入口に着いてしまい、とりあえずベンチに座ったものの、とても座って待っていられる寒さではありません。
入口からベンチまでの数十メートルをひたすら行ったり来たりして体が冷え切らないようにします。

永遠にも思える40分が過ぎ、やっと受験生たちが出てきました。
入り口前のロータリーには駅直通のバスが何台も横づけになっていて、次々と受験生を飲み込んでは発車していきます。
(確か黒の半コートにチノパンを履いてたはず……)
息子を必死に目で捜す私ですが、とにかく男子はみんな黒っぽい。制服の現役生はもちろんのこと、私服の子も黒い服の多いこと。
(ピンクの服でも着せときゃよかった)
と後悔しても後の祭りです。

ようやく人ごみの中から息子を見つけ出したのは更に30分も経ってからでした。

すっかり風邪をひいた私は二日目の送迎に行くことができず、夫に代わってもらいました。