不登校の息子とビョーキの母

不登校の息子との現在、統合失調症の母との過去

このままでは居場所がなくなってしまいます

2019-07-31 08:55:21 | 日記
「ここで待っててくださいね」

私たち応援部隊の手が空いてしまったので、上司に指示を仰ぎに行った黒シャツさんの
後姿を見送って私たちは顔を見合わせました。

2階が忙しくて応援に呼ばれるならいいのですが、3階が暇なので応援に出された日は、
こうしてぼんやり待たされることも少なくないのです。

「この補充応援っていつまで続くんだろうね」
応援の常連であるオハラさんがうんざりした口調で言いました。
みんなできることならお客さん扱いされずに、慣れ親しんだ自分の部署で仕事がしたいのです。

「5月の棚卸までらしいよ」
と情報通のカドタさん。

「ええ?5月?」
その時はまだ1月でした。

私が補充応援でMさんに対して親しげにふるまうのは、彼をピエロにしないためのいわば武士の情けなのです。
なにしろ私は彼より30歳も年上なのですから……。

本当は私は応援が嫌でした。

リストラ候補と思われるだけでもプライドが傷ついたし、このままではGASの練習ができません。
棚卸が終わるまで補充の応援を続けたら、その頃梱包に私の居場所はなくなっているでしょう。

そういう人はどうなるかというと、大体ピッキングか補充に異動を迫られます。
もしかしたらそれがMさんの狙いなのかもしれません。
私が正式に2階で働くようになれば、裏工作などしなくても毎日会えるのだから……。

いいえ、Mさんはそこまで頭が回らないでしょう。
そもそも社員ですらない彼には人事を采配する権限もありません。Mさんの周囲の社員さんの差し金でしょう。

正直言えば、私だってMさんには会いたい。だからって……私はMさんの機嫌を取る道具じゃないのです。
私が人妻だと知りながらみんなで煽り立てるようなマネをして、無責任にもほどがあります。

このままではMさんの悲恋を応援しているつもりの『いい人』たちに人生をメチャクチャにされてしまう。
2階には夫の知り合いもいるというのに、誰も私の立場は考えてくれないのです。

いや、それもこれも、私がMさんに言い寄られて喜んでいることがバレバレだからだろうけれど、
それが尚更恥ずかしく、私はMさんに必要以上に冷たく振る舞うようになっていきました。

彼には愛を伝えたくても、周囲の人には絶対に知られたくなかったのです。


息子がベジタリアンになった意外な理由

2019-07-23 09:49:21 | 日記
今朝新聞を読んでいたら、京アニ放火事件の容疑者の男が「不登校傾向にあった」という記事を見つけました。

その情報、要る?

何か事件があるとヒキコモリとか不登校と関連付けるかのような論調は本当にやめていただきたい。

本人や家族はそれでなくても肩身が狭い思いをしているのです。
我が家の息子もそうですが、最初に引きこもった時はイジメとか先生に冷遇されたとか、
周囲の人に問題があった場合も少なくないはずです。

その上いわれのない偏見の目で見られては、余計に社会復帰が難しくなってしまいます。

社会復帰できない人が増えることは、特に今のような少子化の時代において
大きな社会的損失であることは言うまでもありません。

気の弱い子も委縮せずに生きていけるようぜひ温かい目で見守っていただきたいと思います。

……とはいうものの、地球規模で見れば、こんなに人間が増えてしまったこと自体が異状なのかもしれません。
弱い個体はじゃんじゃん淘汰されていくべきで、そうでもしなければ人類という種が「もたない」のかも。

息子がベジタリアンになったのも、大きな目で見たら人類という種を「もたせる」ためではないでしょうか。
「なんでベジタリアンになったの?」
と息子に聞いたところ、
「経済的だから」
と答えるのです。
「え、なんで?お肉なんか安いじゃん」
と言ったら、
「そのお肉を生産するためにどんだけの飼料が必要だと思ってんの?」
と意外な答え。

増えすぎた人間が食べていくためにはもう肉なんか食べている場合ではない、節約しなければいけないんだ、と。

そ、そんなことまで考えてたんだ!

まさに目からウロコです。

これも個人の感想ですが、今の若い男の子ってMさんみたいにオバサンを好きな人が増えてるんじゃないでしょうか。
いや、私が若い子にモテるだけなのかもしれませんが(笑)。

たとえ私がMさんの誘惑に負けて肉体関係を持ったところで、人口は増えないわけです。
ベジタリアンや同性愛者が増えている(ような気がする)のも、
人間という種を「持たせる」ための苦肉の策なのでは……?

もしかするとヒキコモリの増加も、「やる気」のある人間が減っていることの表れかもしれません。
「生産的であること」は、もはや人類にとって美徳ではないのかも……?

ちょっと想像が飛躍しすぎましたかね。

私も早めに自分という個体を消去するため、人生でやり残したことは早めにやっていこうと思います。
もちろんなるべく人に迷惑をかけない範囲で、ですが。
未練がなくなればこの世を去ることが少しはつらくなくなりますからね。

子供のように幸せでした

2019-07-17 10:03:19 | 日記
「Mさん、メニュー画面の『入荷棚入れ』からはいればいいんですよね?」
私は思い切ってこちらから話しかけました。

「そう、入荷棚入れにして棚札番号を読み込んで……」
私から話しかけてあげたらようやく落ち着いたのか、Mさんはみんなに詳しく説明し始めました。

(ああよかった)
こうやって普通に接していれば、仕事に支障をきたさずに仲良くやっていけそうです。
私は仕事も続けたいし、Mさんにも好かれていたかったのです。

休憩に行くため棚からバッグを取ろうとして、私は思わずニヤリとました。
私のバッグの隣にMさんのバッグがぴったりくっつけて置いてあったのです。

(小学生じゃないんだから……)
と思いましたが、かわいかったので、翌朝お返しにMさんのバッグの隣にバッグを置いてあげました。

(ちゃんと気がついたよ!)
という合図のつもりです。

さて朝礼が終わって私たちがまた荷物置き場の前で待っていると、Mさんが仕事の説明にやってきました。
と思ったら、まっすぐ私の隣に来てピタッとくっついてしまいました。

(ちょっ、近い近い!どんだけうれしかったのよ?)
私が焦って少し離れたので、Mさんもやっと気がついて体勢を立て直し、
何食わぬ顔で今日の作業の説明を始めました。
カドタさんがニヤニヤしてこっちを見ています。私はもう顔から火が出そうでした。

しばらくの間は、一緒に仕事ができるだけで子供のように幸せでした。

「Nの働いてる倉庫にさ、Hさんって人がいるでしょ」
ある日夫が雑談の途中にこう言いました。

「Hさん?知らないな。3階の人?」
「2階だって。俺、PTAでお世話になった人なんだけど。奥さんが時々応援に来ますよって言ってた」
「ええ!?」

私があまりイヤそうな顔をしたので、夫はそれきり話題を変えてしまいました。
また私の人間嫌いが出たと思ったのでしょう。

私は元々友達の輪を広げることが嫌いです。友達の人数が増えるにつれ、
なんだか自分の手には負えなくなってくるような気がして、恐怖すら感じてしまうのです。

息子が不登校になってからというもの人間嫌いの傾向は増して、今では友達と呼べる人はまったくいません。

夫はMさんの噂を何か聞いたという様子ではありませんでした。
けれど私の心の中では警戒警報が鳴っていました。2階ではけっこう噂になった私です。

あまりMさんと仲良さそうにしていると、夫の耳に入らないとも限りません。

痛々しくて見ていられません

2019-07-10 09:34:54 | 日記
またMさんの監督の下で働くことになって、私は緊張しました。
(どんな顔して会えばいいんだろう?Mさんはどういう感じで接してくるだろう?)

3階で朝礼を終えた後、私たち応援軍団はぞろぞろと2階に下りました。
私はマスクをかけて行きました。
風邪をひいていたわけではなく、ましておしゃれマスクなんてわけもなく、
Mさんに会った時に動揺が顔に出るのを隠そうとしたためです。

Mさんも緊張しているようでした。
というより私たちの前でしゃべるのが精神的にきついみたいでした。

ヤケクソのような口調で、
「まだ1階から荷物が上がってこないんで、バックヤードに棚入れしてて」
とだけ言うと、さっさと自分の作業に戻って行ってしまいました。

残された3階のメンバーはきょとんとしてしまいました。
一体何をすればいいのか分かりません。
補充の仕事が初めての人も多いのに、そんなざっくりした指示を出されても……。

リーダー格のSさんがまたMさんを呼びに行きました。
Mさんは戻ってくるには来ましたが、誰の顔も見ないようにして
「ここにある商品、ここからここの棚にどこでもいいからny棚入れして」
とさっきよりいくらかマシな説明をしました。
とはいえこれでも私たちには何をどうすればいいのかよく分かりません。

(これはイカン)
と私は思いました。

これでは仕事にならないし、周囲の人にも余計に変な印象を与えてしまう。
私は責任を感じました。

Mさんがこんなにオドオドしているのは私のせいです。
いや、私のせいではないにしても、私が原因です。
Mさんは私にストーカーだと思われていると思っているのでしょう。

いや事実ストーカーなんだけど、別に私は迷惑がっているわけではないのです。
このままではMさんが人妻を追いかけ回すタチの悪いストーカーの烙印を押されてしまう。

私がMさんを嫌っていないと周囲の人に思ってもらえれば、Mさんは誤解を受けなくて済みます。
私は尻軽だと思われるかもしれませんが、そのくらいはしょうがありません。

若い男の子と仲のいいオバサンなんて他にもいます。
年齢が離れているからこそかえって深刻な関係ではないという印象を周囲に与えることができるでしょう。

人妻だとバレた(らしい)ことで、少し罪悪感が減って開き直れたというのもありました。

そもそも2階には彼の味方がいっぱいいるのだから、
仕事を代わってもらおうと思えばいくらでも代わってもらえるはずです。

わざわざ自分で出てきたということは、私に会いたかったからでしょう。
覚悟を決めて会いに来たはずなのに、何をオドオドしてるんだか。もう痛々しくて見ていられません。

私は最初の付帯業務の時のように仲のいい上司と部下というスタンスに戻りたいと思いました。

「Mさん、メニュー画面の『入荷棚入れ』から入ればいいんですよね?」
私は思い切ってこちらから話しかけました。

えーと、どう受け止めればいいのかな?

2019-07-02 09:30:55 | 日記
クリスマスが間近に迫ったある日から、突然Mさんは私の前に現れなくなりました。

会えない日が重なるにつれ、私はだんだんに仕事が手に付かなくなってきました。
ピッキング中に棚の端に横付けして置いたオリコンの位置を忘れて、探し回るようなミスもしばしばです。

(Mさんはなぜ姿を見せないのだろう。私に家庭があることを誰かから聞いたのだろうか……)

ストーキングをやめたとしても、偶然廊下ですれ違うくらいのことはあってもよさそうなのに、影も形も見えないのです。

(まさか仕事を辞めたとか?私に一言も言わずに?)

もっとも私たちは仕事以外で言葉を交わしたこともない仲です。黙って消えたとしても不思議はありません。

ようやくMさんに会えたのは、10日近くも経ってからでした。

食堂の鉄扉を開けた瞬間、ちょうど出てきたMさんと鉢合わせしそうになったのです。
すれ違った瞬間、Mさんは私の顔を何とも言えない泣きそうな表情でちらりと見ました。

私はまたその場に凍りついてしまいました。
小さい子を泣かせてしまった時のような居心地の悪さで胸がいっぱいになりました。

けれど同時にホッとしていました。

やっぱり、誰かから私のことを聞いたんだ。これで宙ぶらりんな状態から解放される。
どうせかなうはずもない恋だったのだから、ここで終わりにすればいいだけのことだ。
あまり深く傷つけずに済んで、本当によかった……。

ところが翌日の朝。Mさんはまたエレベーターホールに現れたのです。
何事もなかったように、例によって空の台車を押して。
その上すれ違いざまに、小さな声で「お疲れさまです」と言いました。
今まではすれ違っても挨拶なんてしなかったのに……。

私はびっくりして金魚のように口をパクパクさせるばかりでした。

えーと、どう受け止めればいいのかな?人妻でもいいって開き直った?
それとも、職場の仲間として普通に接しましょうってこと?

その数日後から、私たちリストラ候補生は今度は補充の応援に駆り出されることになりました。
例によってMさんの監督の下に……。