不登校の息子とビョーキの母

不登校の息子との現在、統合失調症の母との過去

仕事ができればうれしいものです

2018-11-27 10:12:12 | 日記
「商品だけじゃなくて、データを移さないと」
たまりかねて私が口を出しました。

この日付帯作業に来ていた人の中に、私の知り合いはいませんでした。
オバサンたちは、(誰よ、アンタ)と言いたげな目で私をじろじろ見ています。

「だったら自分がやりなさいよ」
棚の中身を入れ替えるのは初めてでしたが、さっき習ったばかりの作業です。
私はポケットからメモ帳を取り出すと、手順を確認しながらハンディスキャナーを操作していきました。

「まず『補充ピッキング』で商品のデータを棚から出す……」

ぶつぶつ呟きながら慎重に操作している私の手つきがたどたどしく見えたのでしょう。シノヅカさんが
「もういいわよ、できないなら社員に頼めばいいのよ」
と気短に怒鳴りました。
周りのオバサンたちはシノヅカさんが怖いのか、または私にできるわけがないと思っているのか、
黙って苦笑しています。考えを中断されて私は少し混乱しました。

「待って」
とさえぎってもう一度メモを確認します。

「なにもたもたやってんのよ、日が暮れちゃうわよ」

騒ぎを聞きつけて社員さんたちが様子を見に来ました。
「どうですか?」

「ちょうどよかった、代わってやってちょうだいよ」
シノヅカさんが社員さんを手招きします。

「やってみたらいいじゃないですか、今日は時間もあるんだし。今どんな状況ですか」

「データを棚から出しました。商品20個が移動中です」
私はメモ帳をにらみながら叫びました。

「じゃああとは新しい棚に入れるだけですね。続けてください」
社員さんが私をかばうのを見て、オバサンたちの間に無言の動揺が広がりました。

「入れるのは私がやるよ」
とシノヅカさん。棚入れだけならいつもの作業です。
ところがシノヅカさんが商品のバーコードをスキャンすると、ブブッとエラー音が鳴って読み込みません。

「あれっ、これおかしいよ、どうなってんの」
周りのオバサンたちに助けを求めますが、みんな首をかしげているばかり。
立っていってシノヅカさんの手元を覗き込むと、スキャナーに表示されているのは『補充ピッキング』の画面でした。

「メニュー画面で『補充棚入れ』を選択しないと」

「え、こうかい?」
意外と素直にシノヅカさんは私の指示に従い、データがきちんと読み込まれると、
「できた!できたよ!」
ハンディスキャナーを振りかざして嬉しそうに叫びました。

仕事ん説明はちゃんと聞きましょう

2018-11-20 16:07:50 | 日記
その日は梱包する荷物が少なくて、私たちは付帯作業に駆り出されていました。

付帯作業というのは要するに梱包でもピッキングでもない雑用のことです。
その日命じられたのは入ってきた荷物を棚に入れる作業でした。

「今日はここにある荷物を棚入れしてもらいます。初めての人、いますか」
古株のバイトらしい教育係が言いました。私の他数人が手をあげました。

「ではハンディの使い方説明しますね。
メニュー画面から、1番の『在庫管理』を選んでエンターを押します」

バイトを始めて1カ月間、梱包しかしてこなかった私は、ハンディスキャナーを握るのもその日が初めてでした。

早口の説明をメモしていくだけで必死です。
私は耳から入った言葉を即座に理解するのが苦手なので、なるべく一字一句漏らさずメモを取り、
後で読み返して理解するようにしています。

文字なんかもうヘロヘロで、他人が見たら判読不能でしょうが、自分が分かればいいのです。

「説明はいいから早くやらせてよ」
古顔のおばさんがどら声で茶々を入れました。後で知ったのですがこの人がシノヅカさんでした。
周りのおばさんたちも自分たちは棚入れの経験があるので、ニヤニヤ笑って黙っています。教育係は苦笑いして、
「……で、酒瓶なんかは1段目に。軽い商品が1段目にあって入れ替えたいときは、『補充ピッキング』をして……」
さらに早口になって説明を切り上げました。

(どうしよう、わかんない!)
私はうろたえました。
基本的な棚入れまではなんとか分かったのですが、軽い商品と入れ替えるやり方はメモが追いつきませんでした。

「あのー、すみません。さっきの説明なんですけど……」
そばにいた若い社員さんに聞くと、
「まず『補充ピッキング』をして商品のデータを棚から出すでしょ。
次に『補充棚入れ』を選択して新しい引き出しに入れる。
最後に『在庫確認』でデータが移動しているか確認したらOKです」
と丁寧に教えてくれました。

ほぼすべての棚入れが終わり、最後には4リットルくらいありそうな焼酎のボトルだけが残りました。
商品は形状も数量も様々なので、手ごろな大きさの商品から棚入れしていくと、重くて大きい商品が残ってしまうのです。
これは1段目に入れるしかありませんが、1段目はもういっぱいです。軽めの商品と入れ替えるしかありません。
ただでさえ商品の少ない日だったので、手が空いたオバサンたちが大勢手持ち無沙汰に突っ立っています。

慣れている人がやるかな、と思っていると、社員さんが
「ほら、みんなで入れられそうな場所を探して」
と声をかけてきました。商品を台車に載せてみんなぞろぞろ移動し始めたので、私も後ろからついていきました。

「ここ、1段目にDVD-Rがたくさんあるじゃない」
とリーダー格のシノヅカさんが言いました。
「本当だ。このスペースになら入るんじゃない?」
みんなそこにしゃがみこんでDVD-Rを棚から取り出し始めました。

ところがみんなはバーコードをスキャンもせずに別の引き出しに商品を移そうとしています。
そんなことをしたら、データ上は元の場所にあることになり、商品が永遠に迷子になってしまいます。

「商品だけじゃなくて、データを移さないと」
たまりかねて私が口を出しました。

『いい人』は単独行動を許さない

2018-11-13 09:54:50 | 日記
「派閥が!?」
意外な話の展開に、私は思わず叫びました。

「そうなのよ。カドタさんは違う派遣会社だから」

私はいよいよキツネにつままれたような気分になりました。

派遣会社なんて、仕事さえ紹介してもらったらあとはあまり関係ないと思っていました。
たまに営業担当者が来ていて保険や何かの書類を書かされますが、それだけです。
サキサカさんのように職場を転々とする人は、行く先々で同じメンバーと出会ったりもするのでしょうが……。

「同じ派遣会社のシノヅカさんも顔の広い人だし、ほら」
ほら、って何だ。つまり私も派閥に入れということでしょうか。

「そうそう、サキサカさんから明日会おうってラインが来てたのよね……」
もう辞めた人まで引き合いに出して、自分の交友関係の広さを誇示してきます。
カドタさんと仲良くするなら、私も仲間はずれにすると暗に脅しているのです。

「今日の棚入れの時も、みんな2人組でやるのに、カドタさんったら自分から『私は一人でいいです』って。
協調性がないのね」

一人で棚入れできるなら、そのほうが効率がいいに決まっています。
ヨシカワさんは食事でも仕事でも、一人でするのが苦手なのでしょう。
それは個人の自由ですが、『単独行動イコール協調性がない』という決めつけはやめてほしいものです。

「用もないのに5階で食べるなんて、私たちを避けてるのかしら」

「まあ、それを言うなら私も一人で食べてますけどね」
なんだか自分のことまで悪く言われているような気がして、私は思わず言い返しました。

「そ、そうだったわよね……」
ヨシカワさんは(しまった)というような顔をしました。

「避けてるとかじゃなくて一人が好きなんですよ。そういう人もいるんです」
「そうよね、Nさんはそれでいいのよ」
あ、私はいいんだ?

実は、ヨシカワさんが『顔が広い』というシノヅカさんと、私は一度やり合っているのです。

その日は梱包する荷物が少なくて、私たちは補充作業に駆り出されていました。


同僚をハブるのに誘われました

2018-11-06 10:02:49 | 日記
帰り際に私を呼び止めた同僚の重要な話とは、なんとパート仲間の陰口でした。

「私は何の気なしに言っただけなのに、悪口って取られるとは思わなかったわ。
これがヒラタさんとかだったら、『何よヨシちゃん、悪口?』って冗談ぽく言ってきて、
私も『何言ってんのよ悪口なんかじゃないわよ』って返して、笑って終わりよ。
なのにカドタさんときたら『何それ悪口?』って、こうだもの」

「はあ」
私には大差ないように思えますが……。

ヨシカワさんに直接言わないでハシグチさんに言ったのが気にくわないようです。
でもそれはヨシカワさんがカドタさんに直接言わなかったからです。
カドタさんが悪いというよりは、陰で噂したヨシカワさんか、告げ口したハシグチさんに原因があると思うのですが。

「カドタさんって、前の職場も男性の上司とケンカして辞めたって言ってたし、言葉がきついのよね」
「そうなんですか」
「あ、聞いてない?よくしゃべってるのに」
「ほぼ仕事の話しかしませんよ」

私はあほらしくなってきました。こんな遅い時刻に一家の主婦をそんな話のためにわざわざ引き留めるとは。

「とにかく私、カドタさんってどうしてもダメなんだわ。女の人をこんなに嫌うことって、私はめったにないんだけど」

さっきうっかりもらってしまったチョコパンで胸やけがしてきました。
『いい人』の親切を受け取ったら、次に差し出されるモノも受け取らなければならなくなると、
いやというほど身に染みていたはずなのに……。
私は図らずもまた『いい人』の術中にはまっていたというわけです。

ここで調子を合わせるとあとでどんな形でカドタさんの耳に入るかわからないので、私は黙って聞いていました。
私はカドタさんに何の恨みもないのです。
もちろん反論もしませんでした。ヨシカワさんを怒らせたところで何の得にもなりません。

「ところでNさんって派遣会社はどこ?」
早く終わらないかな、と思っていると、話の方向が変わって私はホッとしました。

「**です」
「あら、私と同じ!」
ヨシカワさんはパッと顔を輝かせました。

「ほら、私、サキサカさんと同時に入ったじゃないですか」

サキサカさんは同じ派遣会社で、2週間ほど前に辞めた人です。
ヨシカワさんは別の派遣先でサキサカさんと親しかったそうで、ヨシカワさんをこの職場に誘ったのもサキサカさんでした。
私とサキサカさんが同時に入ったことは、ヨシカワさんも知っているはずなのですが。

「やっぱり、派遣会社ごとの派閥もあるからね……」
意味ありげに言葉を切って、ヨシカワさんは私の顔をちらりと見ました。