不登校の息子とビョーキの母

不登校の息子との現在、統合失調症の母との過去

ストーカーに恋をした

2019-04-29 07:49:35 | 日記
その翌日は私のシフトが休みで、その日で付帯業務の応援は終わったようでした。
私たちは3階に戻り、Mさんと一緒に昼休憩に入ることもなくなりました。
いろいろ意地悪をされたので、会わなくなって私はせいせいしていました。

数日後。朝更衣室で着替えてエレベーターに乗ると、後ろからMさんが乗ってきました。

その日、お昼に食堂へ行くと、入り口にあるテーブルでMさんが仕事をしていました。
棚札を印刷する機械のようなものを持ち込んで、テーブルを占領しています。

(食堂が混んでいる時間に、なんでわざわざ?そもそも他の場所でやればいいことでは?)
私は違和感を覚えました。

そしてその夜。

その日は物量の多い日でした。物流倉庫なので、配送が多ければ残業を募ります。

私は主婦なので最初はあまり残業しなかったのですが、
リストラのうわさが流れ始めてからは積極的に残業に応じるようにしていました。
少しでも点数を稼ぎたかったのです。

残業する者は残業休憩を取る決まりになっています。

この倉庫では残業は1番から3番までの交代制。その日私は3番休憩になっていました。
昼休憩は13時、午後休憩は15時45分、残業休憩は17時45分からです。

その残業休憩が終わって、私が梱包事務所に戻ってきた時のことです。

作業者は休憩の初めと終わりに、事務所に置いてあるハンディで自分のIDカードをスキャンする決まりです。
ハンディの置いてある机に近づいていくと、
梱包のチームリーダーであるCさんがMさんと立ち話をしているのが見えました。

(Mさんが梱包事務所に来るなんて、珍しいな)
と思いながらIDをスキャンして、持ち場に戻ろうとした時です。

帰ろうとしていたMさんが、振り向いて私をじっと見つめたのです。

ぞっとするほどセクシーな流し目で、隣にいたCさんも思わず目をそらしてどぎまぎしていたほどでした。

私はその場に凍りついてしまいました。
その瞬間、私はもう恋に落ちていたのです。

その時初めてわかりました。
梱包に戻ってしまった私が何番休憩を取るか分からないので、
Mさんは昼休み中ずっと食堂の入り口で仕事をしていたのです。

そして、私が今日は3番休憩だと分かったので、
残業休憩が終わるタイミングでハンディのある机のそばで待ちぶせしていたのです。

Mさんに意地悪をされていた私は、リストラの心配も手伝って、
付帯業務の最後にMさんの目の前で大きなため息をついてしまいました。
それがMさんにはショックだったようです。

(嫌われた!)
と思ったのでしょう。

そのあと数日間会えなかったので、いてもたってもいられずに私を捜しまわっていたようです。

ストーカー王子と自閉的恋愛

2019-04-24 07:39:08 | 日記
そしてもう一人近づいてきた人というのが、棚入れのやり方を親切に教えてくれたMさんでした。

Mさんは現場で黒いTシャツを着ています。
一般のバイトは赤か青のTシャツなので、私は最初彼を社員だと思っていました。

あとで他の人から聞いたところによると私と同じ派遣社員で、
偉い人にかわいがられていて付帯業務の教育係として抜擢されたということでした。

私が怒鳴られてもめげずに仕事をやり遂げて、
オバサンたちの雰囲気を一瞬で変えてしまったことにMさんは感動したようです。

教育係として、やる気のないオバサンたちによほど手を焼いていたのでしょう。

仕事のことで質問をすると、聞いてもいないことまで説明して話を引き延ばしたがります。

そればかりか昼休みに食堂でお弁当を食べ終わって席を立つと、
必ずと言っていいほど背後にMさんが座っているのです。

とはいえ内気な人らしく、仕事以外で自分から話しかけてくることはありません。

好意を持たれているとは思いましたが、それが恋だとは最初は思いませんでした。

なにしろMさんは中島健人似のイケメンで、背も高くていかにもモテそう。
年齢はハタチそこそこでしょうか。こんな田舎の倉庫にはもったいないような王子様的存在なのです。
それにひきかえ私は、若く見られがちとは言え51歳の地味なオバサンなのですから。

その頃私はMさんの名前すらうろ覚えでした。

M井さんだっけ、M野さんだっけ?
私はある日休憩に入る前に彼が首から下げているIDカードの名前を見て確認しました。
目が悪いので、少し顔を近づけて、眼鏡を指で押し上げながら。

それがMさんのシャクに障ったようです。

(なんだよ、俺の名前も覚えてなかったのかよ!)
と思ったのでしょう。

その日から、親切だったMさんは急に私に対してだけ意地悪になり、苗字も呼んでくれなくなりました。

3階に呼び戻されるスタッフの名簿を見せては、
「ちょっと、そこの人。この中に自分の名前ある?」
などと何度も聞くのです。

(俺だって、お前の名前なんか覚えてないもんね!)
というアピールなのでしょう。

重要な仕事もやらせてくれなくなって、段ボールをひたすら切るとか、つまらないことばかりやらせます。
自分の娘とさほど年の変わらない上司だからと我慢していた私も、だんだん腹が立ってきました。

時を同じくして、現場にはリストラのうわさが流れ始めていました。

「私たち付帯業務の応援部隊から、8人クビになるんだって……」
その頃私と仲の良かったカドタさんが深刻な顔でささやきました。
8人、という数字が、やけに具体的ではありませんか。

(まじめにやってきたのに、どうして?
しかもMさんに恨みを買っちゃったから、意地悪で上に悪い報告でもされたら?)

その日の仕事が終わった時、最悪の気分だった私は、Mさんに
「お疲れさまでした」
とあいさつした後、目の前でハアーと大きなため息をついてしまいました。

またやってしまった私の自閉的対人距離

2019-04-16 15:14:49 | 日記
以前このブログで、私が付帯業務でちょっとしたスタンドプレーを演じた話を書きました。

新しい業務を覚えようとしないベテランのオバサンに野次られながら、
初めてのハンディスキャナーを使いこなし、喝采を受けた話です。

それをきっかけに私に近づいてきた人が2人いました。

1人はカドタさん。
この日以来、朝礼の時などに向こうから積極的に話しかけてくれるようになりました。

これも以前書いたと思いますが、同じ派遣会社の仲間にこのカドタさんを一緒にハブろうと誘われて、
断ったこともありました。

一人でいることが好きな私には珍しく、カドタさんとは時間が合えば一緒にご飯を食べたりしました。

話題と言えば仕事の愚痴とか上司の悪口とか、好きな食べ物は何かとか。

あたりさわりのない付き合いでしたが、人付き合いの苦手な私にとっては『かなり親しい人』の部類に入る存在でした。

彼女に気を許していた私はある時、何の気なしに
携帯の待ち受けにしている息子の写真を見せてしまったのです。

「かわいいでしょう?この子が最近ベジタリアンになっちゃってさ……」
「肉とか食べないの?」
「うん」

一時の拒食を乗り越えて食欲を取り戻していた息子は、
高3になってから今度は肉も魚も受け付けなくなってしまったのです。

もっともこれは思想的なもので、拒食症とは違います。野菜や穀物はちゃんと食べるのです。

「へえ、学校じゃどうしてるの?お弁当?」
「学校、ほとんど行ってないから」
「行ってないの?」
「うん、そういう学校だから卒業はできるんだけど。外にはほとんど出ない」
「えーっ、まじで?ヒキコモリ?」
「まあそんな感じ」
「ヒキコモリなんてダメだよ。私だったら無理やりにでも追い出すね。自分で稼げって言って」

まるで私のやり方が手ぬるいのが悪いと言わんばかりです。
夏休み明けの9月1日に、学校へ行くの外野で自殺する子がどんなに多いか、彼女は知らないのでしょう。

自分の手首を切って私の部屋の入口に「I want PC」と血文字で書いた息子です。
(もし、この子が死んだら?)
という思いがよぎった瞬間、親は無理強いできなくなるのです。

「そんなことしたら死んじゃうよ」
私は弱々しく抗弁しました。
子供を学校に行かせられない親は、「親としての手腕がない」というレッテルを貼られがちです。
大声で「学校なんか、行かなくてもいいんだ!」と主張できる世の中ではないのです。

「ヒキコモリとか、本当に信じらんない。外出ろよ、働けよって言いたいよ」

ひとしきり息子をくさした挙句、彼女はこう言いました。
「私、Nさんの家に遊びに行こうかな」

まるで自分が言い聞かせれば息子が外に出られるようになるとでも言いたげな口ぶりに、
私は開いた口がふさがりませんでした。

彼女は44歳独身です。
子供のいる人に言われたって腹が立つのに、子育ての苦労も知らない人が、
まるで自分ならもっとうまく育ててみせるとでもいうように……。

私はそれきり彼女とお昼を食べるのをやめました。

私は人間に対する執着が全体的に乏しいので、
何かきっかけがあればこんなふうに完全に付き合いを断ってしまうことがあります。

ある程度親しくなるとそれが負担になって突き放してしまったり、
または今回のように必要以上に踏み込んだ話をしてしまったり……。

そもそも独身の彼女に、子供の話をしたのが間違っていたのです。

対人的な距離感がうまくつかめないというのでしょうか。
こういうところ、私はやはり自閉的だなと思ってしまいます。

不登校の息子が高校を卒業しました

2019-04-09 09:27:29 | 日記
不登校の息子がこの3月でめでたく通信制高校を卒業しました。

とはいえ、
「めでたさも中くらいかな?」
というのが私の偽らざる心境ではありますが……。

テストとビデオ授業の視聴報告書と最低限のスクーリングでほぼ単位は取れていたのですが、
他に特別活動の単位というのがありまして、オープンキャンパスや博物館へ行ってレポートを書くか、
読書感想文を書かなければなりません。

オープンキャンパスも行ったのですが、結局進学しなかった息子。
博物館に出かけるのもおっくうな息子。
読書感想文くらいしかできそうなものがありません。

「俺、何書いていいか分かんない。
本なんて面白かったかつまんなかったかだけじゃない?感想を書いてどうなるの?」

「いや、どうなるとかいうことじゃなくて……卒業の単位なんだから。これで高卒になれるんだから」

「あと1カ月で4冊だろ?信じらんない」
その遠い道のりを考えただけで、息子は心が折れてしまったようです。

「じゃ、1冊はお母さんが書くよ」

「お父さんも1冊書くよ」
最近はすっかり息子と仲よくなった夫も横から口を出します。

「わかったよ」
息子はしぶしぶうなずきました。

納得のいかないことは絶対にやろうとしない息子ですが、さすがに高卒資格は欲しいのでしょう。

子供たちが小さい頃、親が子供の宿題を代わりにやってやる親の話を見聞きしては、
(なんて甘い親だろう。宿題は自分でやらなきゃ子供のためにならないのに……)
と思って、決して宿題を手伝わなかった私です。

(これでいいのかなあ。いや、いいも悪いもあるか。
息子に読書感想文を強いる学校が、ひいては高卒を求める社会が悪いんだ)
無理やり自分を納得させて書きました。

私が書いたのは「『人間失格』を読んで」。

書き出しはこうです。
「僕がこの本を選んだのは、『人間失格』という題名にひかれたからです。
同じ年頃の友達のように学校に行けなかった僕は、自分のことを人間失格だと思っていたからです」。

作中で主人公は学校をさぼったり酒と薬に溺れたり、
心中を図って相手の女性を死なせ、自分だけ生き残ったりします。

私はこんなふうに文章を結びました。
「この本を読み終わって、僕はそこまで『人間失格』ではないと思いました。
もちろんそれは僕がまだ自分でお金を稼いだり、結婚したりしなくてもいい年齢だからかもしれません。
でも逆に考えれば、僕が人間失格になるかどうかは、これからどう生きるかにかかっているということです。……」

多分に母の願望の交ざり込んだ感想文を、息子は微妙な表情で黙々と原稿用紙に書き写していました。


母はハクハンをケイヤクします

2019-04-02 09:35:33 | 日記
会話の途中で母が急に眉根を寄せて、何かに耳をすませているような表情になりました。

――『ヒデノリ』か、また……。
 私はため息をつきました。

 ヒデノリというのは、母にしきりと電波を送って寄越すという相手です。
もちろん実在はしないと思いますが、この名前は私の従弟の名前と同じです。

遠くに住んでいるのでめったに会いませんが、小学校低学年の時に会った彼は、
普通に小学校に通う妖精のように美しい少年で、ほのかな恋心を抱いたのを覚えています。

何年か後、中学くらいの時に祖母の家で会った彼は、もう会話が通じず、
焦点の合わない目をして小脇に抱えたクリープの大きなビンに直接スプーンを突っ込み、
ひっきりなしに舐めている小太りの男に変貌していました。

「お医者様が、『精神遅滞』だって……」
夜中に祖母の部屋でひそひそと叔母が話すのを聞いた記憶があります。

その『ヒデノリ』が、なぜ電波を送ってよこすのか分かりません。
母の中ではそれが私の従弟と同一人物だという認識はないようです。

 私はあきらめて、後ろに置いてあるダンボール箱に寄りかかりました。
こういうときの母は、何を話しかけても上の空なのです。
ちなみにこの段ボール箱の山には、母がこの部屋で暮らし始めてから届いた新聞紙が、
捨てずにぎっしりと溜め込んであります。

5分ばかり、うつむいてぶつぶつヒデノリと話していた母は、
「……ハクハンをケイヤクすると、子供が変になることがあるって、ヒデノリが言ってるよ」
と言いました。

「へ? ハクハンをケイヤクするって、何?」

 母は、自分で言っているのに、『おかしなことを言うでしょ』とでも言いたげにフフッと笑い、
「ハクハンを、ケイヤクすると、子供が変になるから注意しろってさ」
とくり返しました。

(また何か、わけのわからんことを……)
 と、思いますが、
「何のこと?」
 と辛抱強く聞きました。

「ハクハンてのは、白いご飯のことでしょ。白いご飯ばかり、食べてると、脳に栄養が行かなくなって……」
 痰がからむのか、声が急にかすれて、ぐほっ、と苦しげな咳をします。

「おかずもちゃんと食べろってこと?」
 補足してやると、母は『そう、そう』と言うようにうなずきながら、けっ、けっ、と何度も咳をしました。

「ママこそ、ちゃんとご飯作ってんの?」
「作ってるよ」
「ゆうべ、何作った」
「ゆうべー、はー、えーとお」
 思い出すのに時間がかかります。

「ああ。シャケ」
「シャケ。と?」
「ご飯」
「だけ?」
「ウン」
 母はヘヘッとバツが悪そうに笑いました。
どうやら、『ハクハンをケイヤク』しているのは自分のようです。

ちゃんと料理をしていないという罪悪感が、こんな幻聴を聞かせるのでしょうか……。