不登校の息子とビョーキの母

不登校の息子との現在、統合失調症の母との過去

この果てしないノンバーバルコミュニケーション

2019-09-30 17:04:54 | 日記
エレベーターホールで久しぶりに見かけたMさんは、見る影もないほど憔悴していました。
私は思わずたじろいでしまい、挨拶するのがやっとでした。
「こんにちは」
ぎこちなく笑って挨拶すると、Mさんは黙って目だけで挨拶を返してきました。

こんなに傷つけるつもりはなかったのに。私は困惑しました。

翌日もMさんはエレベーターホールに現れました。けれど今度は友達に囲まれていました。
彼の友達は私のことを良く思っていないので、私は気後れして声を掛けられませんでした。

その翌日、私が出勤表を書きに行くと、Mさんが一人で現れました。

なんでこの人は私の行く先々にちょろちょろ姿を現すだけで何も言わないんだろう。
どうしてもこちらから何か声をかけてあげなきゃいけないんでしょうか。私はげんなりしました。

(まだやるの?)
私はMさんの顔をちらりと見ただけで通り過ぎてしまいました。
もういい加減この果てしないノンバーバルコミュニケーションに疲れ果てていたのです。

それきりMさんは私の前に姿を現さなくなりました。
(またかくれんぼか……)
私はため息をつきました。こうなると私から会いに行く方法はないのです。

私は寂しさといら立ちでずっとモヤモヤした思いを抱えながら、しばらく梱包の仕事に没頭していました。
Mさんのことは好きだけど、こちらの事情もお構いなしに振り回されて一喜一憂するのにうんざりしていました。

時折Mさんの友達に会うと相変わらず冷たい目で見られましたが、
梱包のブースに一人こもっている時だけは面倒な人間関係も忘れていられました。

「今日、午後から2階の応援だから」
梱包事務所の黒シャツのKさんがわざわざ私のブースまで来て言ったのは、
それから一カ月以上もたってからでした。
「わかりました」
と私は答えました。順番に全員が2階の応援に行くことになると数日前から朝礼で通告されていたのです。
もうすぐ棚卸があるので、その作業を覚えてもらうためだということでした。

「そろそろいいでしょ」
とKさんは意味ありげに言いました。
(そろそろって、何のことだろう)
と思いましたが、深く突っ込みませんでした。

また、オーバーなんだから

2019-09-24 07:36:10 | 日記
棚間にいたMさんを見つけて、声もかけずにその場を離れた私ですが、
Mさんは私の姿に気づいていたようです。

昼休みのあとピッキング事務所から現場に向かう通路の脇に、Mさんが立っていたのです。
こちらに背を向けて、声をかけてもらいたそうにして……。

2週間も会えなかったので、私の心には恨みが溜まっていました。
私はMさんに会いたいと思っても会えないし、避けようと思っても避けられないのに、
Mさんは自分の都合で私を応援に呼んだり姿を隠したりできるのです。

まあ元はと言えば冷たい態度をとったのは私なんですが、2週間は長すぎました。
寂しいのを通り越して、私はうんざりし始めていました。

何にって?
Mさんの執念深さももちろんですが、周囲の好奇の視線とか、
リストラの進む中で梱包の仕事に戻れないことへのいら立ちとか、
夫も子供もいながら息子ほどの年の男に振り回されていることへの自己嫌悪とか。

好きなことは好きだけど、付き合う気なんかないのだから、気を持たせるだけ残酷なのです。
(距離を置いたほうがいいんだ)
私は心を鬼にして、声をかけてほしそうにしているMさんをわざと避けて通りました。
実際、何と声をかけていいかもわからなかったのです。

けれどこれがMさんにはこたえたようでした。

次の日から私は梱包の仕事に戻してもらえました。

けれどその後久しぶりに2階の応援に行った時、Mさんの憔悴した姿に私はたじろぎました。
何というか、目に光がなくてどんよりと落ち込んでいて、マスクまで掛けて顔を隠しています。
(かわいそう)
と思うと同時に、
(また、オーバーなんだから……)
とうんざりしました。

Mさんのことが嫌いとかじゃなくて、梱包に戻りたいって言っただけなのに!

単に私は梱包の仕事が好きなのです。
コミュ障の私に、朝から晩まで独りでブースに籠ってする梱包の仕事はぴったりなのです。

私はいよいよ何と声をかけていいか分からなくなりました。
「この前はごめん」
くらいの軽い謝罪で済むような雰囲気では到底ありませんでした。
「本当は好きです」
と言って抱きしめてあげたら元気になるかもしれませんが、そんなことして責任取れるわけありません。

(どないせえっちゅうねん)
思わず関西弁になって私は思いました。

Mさんはもう私に会いたくないんだ

2019-09-16 12:15:03 | 日記
しばらく小説に熱中していてブログがお留守になっていました。

小説を書くのはすごく楽しいのですが、ある程度まとまった形にならないと発表できないし、
事実をそのまんま書くわけではないのでブログより手間がかかります。

同じ書くという作業でも、発散できる欲求不満(?)の質と方法が違うので、
またブログも少しずつ書いていこうかと思います。

『ストーカー王子』も、もうちょっと気持ちの整理がついたら小説にまとめたいのですが、
ここではとりあえず「その後どうなったか」だけ書きます。

私が「梱包に戻りたい」みたいなことを愚痴った直後から、補充への応援はなくなりました。
私だけでなく、3階から補充に応援に行く仕事自体がなくなったのです。

(やっぱり、この応援業務自体が、Mさんと私を会わせようとする偉い人の差し金だったんだ)
と私は思いました。
そして、なんだかちょっと怖くなってしまったのです。
黒シャツとはいえ、一介の派遣社員にすぎないMさんがそれほどの影響力を持っていて、
私を意のままにしようとしているということが……。

それからしばらく私は梱包の業務に戻れるわけでもなく、2階でピッキングの応援をさせられました。
その間Mさんには一度も会えませんでした。

Mさんのことを怖いと思いながらも、愛が消えたわけではなく、
私は彼に会えないことが寂しくてたまりませんでした。

(Mさんはもう私に会いたくないんだ。私が傷つけたから……)
私は後悔しましたが、
(これでいいんだ)
とホッとする気持ちもありました。

30歳も年下の男と、それも職場で、泥沼にはまりたくなかったのです。そして私は、
(もう二度と職場で恋愛するのはやめよう。いや、やめたい。やめたほうがいいんじゃないかな……)
などと「関白宣言」の歌詞みたいなことを心の中でつぶやいていました。
昭和の人にしかわかりませんね、スミマセン。

そんなある日、ピッキングをしている最中に、棚間にMさんの姿を見つけたのです。
Mさんは新しく入ったらしいバイトに囲まれて仕事の説明をしているようでした。
相変わらずのキラースマイルで、なぜか周りは若いのからトウの立ったのまで女子ばっかり。

私は思わず笑ってしまいました。
久しぶりに顔が見られて、とてもうれしかったのです。

そして気付かれないように、こっそり棚間を通ってMさんから離れました。
こうして遠くからたまに見ているほうがいいのです。良心も痛まないし変な噂も立ちません。

けれどMさんはその時目ざとく私の姿を見つけていたようです。