ちいちゃんのひとりごと

ちいちゃんのひとりごとを勝手気ままに書いています。

浪曲に恋して!師匠に恋して!

2019年06月18日 | 介護
2019.6.18
先ほどの玉川太福さんと奈々福さんの話の続きは、二人がこうして活躍できるのも、そこには多くの師匠と先人の浪曲師が気づいた浪曲と言うジャンルと歴史があるのだと思う。
先人の浪曲師の教えは脈々と今の時代にも続いているのだと!
自分たちの師匠はもとより二人は多くの師匠や人々に支えられて今日があるのだと思われる。
そうしたことを踏まえた上で新作は披露され、尚且つ古典と言う浪曲も披露されるのだ。
私のような僅か一年数か月の浪曲ファンとしては多くを語れない節もあるが、浪曲を通して学ぶことは多いと思う。
私のような浪曲ファンになって日の浅いものには新作はある意味新鮮に思えるのだ。
浪曲に対するとらえ方は人それぞれだと思うが、脈々と受け継がれた浪曲と言うジャンルの歴史があってこその浪曲だと思う。
先人が気づき上げた浪曲と言うものを守りつつ、新しい演題に挑みつつ、脈々と令和の時代も残ってゆくのだ。
浪曲と言うものは演じる人に寄って同じ外題でもまったく同じに聞こえない。
それと言うのも各々師匠の浪曲を学びつつ、自分の浪曲を確立してゆくのだと!
そこには物まねではない自分の本来の浪曲と言うものが生まれてゆくのだ。
師匠の教えを心に刻み、良いところは盗んで、そこに自分の浪曲と言うものを重ねてゆくのかも知れない。
物まねではいけないのだ。
ある意味自分の浪曲を確立することも必要だと思う。
そこには先人の浪曲師の教えを学び、自分の師匠の教えも学び、そこに自分の浪曲を確立してゆき、後世にまで浪曲と言うジャンルを受け継いで行く氏名のようなものもあると!
その昔、テレビもラジオも無い時代の娯楽は浪曲や講談や落語というジャンルだったかも知れない。
人々はそのようなものに日々の暮らしの中での癒しを求めたりしていたのだと思う。
今や各家庭にテレビやラジオは普及し、そういったものが娯楽の一つに数えられるようになった。
しかし、昨今テレビやラジオで浪曲や講談や落語の類は放送される日にちを時間も限られていることは、私のような浪曲ファンにとっては悲しいとしか言いようがない。

浪曲に恋して師匠に恋して!

2019年06月18日 | 介護
2019.6.18
このところ一般社団法人日本浪曲協会に所属している浪曲師で玉川太福さんと言う人と玉川奈々福さんと言う人が巷の注目を浴びている。
この2人は今や注目の浪曲師と言っても過言ではない。
奈々福さんはほとばしる浪曲とも言われている。
二人とも古典もやれば新作もやる。
太福さんはマイクが無くても良く通る声の持ち主です。
尚且つ毎回汗をかいての熱演です。
この二人の活躍で浪曲会もかなり活気づいてきたように思われる。
老人の趣味のような浪曲は確実に若いファンをつかんでいると!
昨年は奈々福さんが「文化庁文化交流使」として海外に出向いた。
曲師の沢村美舟さんとイタリア、スロベニア、オーストリア、ハンガリー、ポーランド、キルギス、ウズペキスタンなどを回って歩いた。
もはや浪曲と言うジャンルは日本だけにとどまらずに、文化交流の意味もかねて世界に羽ばたいていると言えよう。
この太福さんと奈々福さんの活躍で若いファンも増えたと思う。
浪曲師はこの二人にとどまらず、他の浪曲師も日々研鑽を積んで切磋琢磨していると思う。
私が思うには浪曲は古典がありの、その上に新作があるのだと思う。
しっかり浪曲師は古典も学びつつ、新作も学ぶのだと思う。
太福さんの手に汗握る熱演は毎回楽しみの一つと言っても過言ではない。
そこには聴く浪曲から見る浪曲の要素も含まれているのだ。
その証拠に「フーテンの寅さん」シリーズは映画を観たことがある人にはその場面がオーバーラップしてくるのだと!
奈々福さんも細身の体で熱演をされる一人です。
この奈々福さんがあの日本コロムビアから今年は歌手デビューを果たしました。
浪曲にはそうして常に新しい風が吹きこまれているのだと!
彼女の浪曲に対する姿勢もさることながら、コロムビアから歌手デビューをすると言うことに対してのレコード会社の力の入れようがすごいのだ。
「目指せ!紅白!」とさえも言われている。
この企画に対するレコード会社の力の入れようたるものが半端ないのだ。
そこには奈々福さんの新しい魅力を引き出そうとする意図が感じられる。
本当にこの二人の存在は若い浪曲ファンの心をある意味がっちりつかんでいると!
もはや浪曲はお年寄りの娯楽の域を超えたのだ。