ちいちゃんのひとりごと

ちいちゃんのひとりごとを勝手気ままに書いています。

銀座能楽堂に浪曲を聴きに行く

2021年03月31日 | 介護
昨日は延期に次ぐ延期になっていた銀座能楽堂の玉川奈々福師匠の浪曲を聴きに行った。
前読みで雲月師匠のお弟子さんの天中軒景友さんが出た。
この景友さんの浪曲が初めて私が聴いた頃から比べると格段に上達していた。
声、節、啖呵も素晴らしく、頭の部分でお客さんの心を掴むのも同に行ったものだった。
コロナ禍の中、出来た時間での練習の賜物というものだ。
奈々福師匠は三味線の沢村豊子師匠と息の合った浪曲を聴かせてくれた。
曲垣平九郎と度々平の話だが、声、節啖呵の見事な関東節を聴かせてくれた。
また、大井川を二頭の馬の手綱を持ち渡る動作は素晴らしかった。
この曲垣平九郎は出世の石段で有名だ。
あの現在の東京都港区にある愛宕神社の石段を馬で掛上る話してある。
ひとしきり奈々福師匠の浪曲を楽しんだ後は春風亭昇太さんとの対談だった。
昇太さんも浪曲が好きだと言う。
過去に浪曲を3回やったことがあると言う。
落語協会会長の柳亭市馬師匠とおやりになったと言うのだ。この市馬師匠は歌も歌われます。
いつだったか日本歌手協会の催しで歌われたのを聴いたことがあります。
昨日の奈々福師匠と昇太さんの話では市馬師匠の浪曲は歌謡浪曲になったようで、途中から歌が入り時間が延びたそうです。
その後、中入りを挟んで奈々福師匠が登場し、再び豊子師匠と吉原の椿太夫の浪曲をおやりになられました。
この椿太夫の浪曲は伊勢屋の跡取り息子とので、最後に椿太夫はまるで椿の花の如く死んで往くのです。
私も思わず話の筋書きに涙しました。
終演後は電車でさっさと帰ろうと思ったら、宇都宮線が人身事故で東京駅からしばらく動かないとのこと。
事前にわかっていれば銀座から日比谷線で帰ってきたのに、高崎線に乗り大宮で乗り換えて帰ってきたらかなり遅い時間になりました。
能楽堂で浪曲を聴く前に、行きたかったロシアの店の赤の広場にも行き、ロシアンティーの入った缶のマトリョーシカを買い、安いランチも食べ、お目当てのユニクロでTシャツにプリントもしてもらいました。
この缶のマトリョーシカに入ったロシアンティーは手土産にも良さそうですね。
手土産ですが、いちいち相手の好みを聞いて手土産は持参しません。
なぜならブランド品や高級品を要求されたら困るからです。
それとなく相手の好みそうな物を予測して持参します。
だいたい何度か顔見知りになった他人はそれとなく好みはリサーチし、把握しています。
初対面の他人には差し障りの無いものを差し上げます。
この次ぎは4月3日の土曜日に浅草の木馬亭に浪曲を聴きに行きます。
楽しみですね。

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